50 / 160
第1章
50.邪神の事情③
しおりを挟む
見えないボールを乗せるように手の平を揺らし、ラミルファはクスクスと笑った。
『本当にタイミングが良かった。もしレフィーがずっと帝国神官府に……聖威師の目が届くところにいれば。神使選定で神官府全体の気が混乱状態になっていなければ。聖威師がレフィーだけと個別に向き合う機会があれば。そうすれば、レフィーの気の混濁と、その奥にある魂の澱みに気付かれていた。そうなれば早期に対処されてしまったかもしれない』
実際は、ミリエーナは長年属国におり、聖威師と個別に対面する機会などなかった。また、神使を選定するために天から次々に使役が降り、その強力な波動が神官府の中で複雑に交差している時でもあった。加えて神官たちも前代未聞の状況にひどく動揺し、大半が己の気を刺々しく逆立たせていた。
それらが重なった結果、ミリエーナの気の濁りが紛れて分かりにくくなってしまったのだ。聖威師はもちろん天威師とて、神格を抑えている状態では万能ではない。条件が重なれば見過ごしが起こることもある。火炎霊具爆発の一件で気が付いた時には、もう遅かった。
『とはいえ、ヒヤリとする場面はあった。帝国の神官府に出勤するようになったレフィーが、聖威師の一人と直に接触してしまったから。あれで勘付かれかけた。まぁ仮誓約が間に合ったから良かったが』
チラと佳良を見て放たれた台詞に、アマーリエは初めて彼女と会った日のことを思い出した。
あの時、ミリエーナは他の神官数人と共に佳良の元に乗り込み、その体にしがみついていた。そして、佳良は無言で眉を跳ね上げた。いきなり飛び付かれた不快感を示したのだと思っていたが、もしやミリエーナの魂の波動がよろしくないことを朧げにでも察しかけたのかもしれない。
だが、それを他の聖威師たちに報告して対策を検討している時間はなかった。あの後すぐ後に火炎霊具の爆発が起こり、ミリエーナは仮誓約を結んでしまったのだから。もしかしたら、ミリエーナが佳良と接触したことが、ラミルファを急がせる結果になったのかもしれない。
『そして僕は星降の儀で降臨し、見事に本誓約にこぎつけたわけだ』
嬉しそうに話す内容に、しかし、フレイムは納得していない表情を浮かべた。
「何でわざわざ星降の儀の日を選んだ? もしも土壇場でバカ妹に正体を気付かれれば、聖威師の主神に助けを求められちまうだろ』
確実にミリエーナを手に入れたいならば、他の神がいない場で本誓約をした方が良かったはずだ。当然の疑問に、ラミルファは子どものように無邪気な顔で笑った。
『神々の中でも最高峰に位置するこの僕が寵児を得る、記念すべき瞬間だ。相応の大きな舞台で実行するべきだと思った。最高だったよ、あの瞬間は僕が主役だったのだから』
それを聞いたアマーリエは脱力した。要するに、ただ目立ちたかったのか。大祭である星降の儀は、彼の舞台装置に使われたのだ。フレイムがぽりぽりと頰をかいた。
「あー……じゃあ、結局9年前と同じ姿で降りたのは何でだ?」
『僕を見た時の反応で確かめたかったからだ。愛し子とその家族が、薄々でも僕の正体を察しているか否か。もし予想通り、僕が悪神だと気付いていないようなら、それはそれで面白い。騙して遊んでやろうと思った。例えば、多くの神官が憧れる高位神、ルファリオンの振りをしてみるとか』
「おい、それ……もし悪神だと察知されてたらどうするつもりだったんだよ」
結果的には予想が当たっており、ルファリオンだと信じ込ませる遊びは成功した。だが、それは結果論だ。
「お前って思考も言動も結構ガバガバだよな。バカ家族たちが何一つ気付いてなかったから、全部成功したってだけで」
呆れ声でやれやれと首を振るフレイム。返答は高らかな嗤いだった。
『本当にタイミングが良かった。もしレフィーがずっと帝国神官府に……聖威師の目が届くところにいれば。神使選定で神官府全体の気が混乱状態になっていなければ。聖威師がレフィーだけと個別に向き合う機会があれば。そうすれば、レフィーの気の混濁と、その奥にある魂の澱みに気付かれていた。そうなれば早期に対処されてしまったかもしれない』
実際は、ミリエーナは長年属国におり、聖威師と個別に対面する機会などなかった。また、神使を選定するために天から次々に使役が降り、その強力な波動が神官府の中で複雑に交差している時でもあった。加えて神官たちも前代未聞の状況にひどく動揺し、大半が己の気を刺々しく逆立たせていた。
それらが重なった結果、ミリエーナの気の濁りが紛れて分かりにくくなってしまったのだ。聖威師はもちろん天威師とて、神格を抑えている状態では万能ではない。条件が重なれば見過ごしが起こることもある。火炎霊具爆発の一件で気が付いた時には、もう遅かった。
『とはいえ、ヒヤリとする場面はあった。帝国の神官府に出勤するようになったレフィーが、聖威師の一人と直に接触してしまったから。あれで勘付かれかけた。まぁ仮誓約が間に合ったから良かったが』
チラと佳良を見て放たれた台詞に、アマーリエは初めて彼女と会った日のことを思い出した。
あの時、ミリエーナは他の神官数人と共に佳良の元に乗り込み、その体にしがみついていた。そして、佳良は無言で眉を跳ね上げた。いきなり飛び付かれた不快感を示したのだと思っていたが、もしやミリエーナの魂の波動がよろしくないことを朧げにでも察しかけたのかもしれない。
だが、それを他の聖威師たちに報告して対策を検討している時間はなかった。あの後すぐ後に火炎霊具の爆発が起こり、ミリエーナは仮誓約を結んでしまったのだから。もしかしたら、ミリエーナが佳良と接触したことが、ラミルファを急がせる結果になったのかもしれない。
『そして僕は星降の儀で降臨し、見事に本誓約にこぎつけたわけだ』
嬉しそうに話す内容に、しかし、フレイムは納得していない表情を浮かべた。
「何でわざわざ星降の儀の日を選んだ? もしも土壇場でバカ妹に正体を気付かれれば、聖威師の主神に助けを求められちまうだろ』
確実にミリエーナを手に入れたいならば、他の神がいない場で本誓約をした方が良かったはずだ。当然の疑問に、ラミルファは子どものように無邪気な顔で笑った。
『神々の中でも最高峰に位置するこの僕が寵児を得る、記念すべき瞬間だ。相応の大きな舞台で実行するべきだと思った。最高だったよ、あの瞬間は僕が主役だったのだから』
それを聞いたアマーリエは脱力した。要するに、ただ目立ちたかったのか。大祭である星降の儀は、彼の舞台装置に使われたのだ。フレイムがぽりぽりと頰をかいた。
「あー……じゃあ、結局9年前と同じ姿で降りたのは何でだ?」
『僕を見た時の反応で確かめたかったからだ。愛し子とその家族が、薄々でも僕の正体を察しているか否か。もし予想通り、僕が悪神だと気付いていないようなら、それはそれで面白い。騙して遊んでやろうと思った。例えば、多くの神官が憧れる高位神、ルファリオンの振りをしてみるとか』
「おい、それ……もし悪神だと察知されてたらどうするつもりだったんだよ」
結果的には予想が当たっており、ルファリオンだと信じ込ませる遊びは成功した。だが、それは結果論だ。
「お前って思考も言動も結構ガバガバだよな。バカ家族たちが何一つ気付いてなかったから、全部成功したってだけで」
呆れ声でやれやれと首を振るフレイム。返答は高らかな嗤いだった。
18
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

黒豚辺境伯令息の婚約者
ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。
ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。
そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。
始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め…
ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。
誤字脱字お許しください。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない
猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました
2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました
※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です!
殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。
前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。
ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。
兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。
幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。
今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。
甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。
基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。
【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】
※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる