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37.後祭

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 ◆◆◆

 翌日の神官府では、我が物顔で府内を闊歩かっぽするミリエーナが、慌てて道を開け頭を下げる神官たちを見て優越感に浸っていた。
 彼女の後ろにはシュードンが小判鮫こばんざめのごとく引っ付いている。シュードンは結局どの神にも選ばれなかったらしい。

「最高の気分だわ! 聖威師になったんだからこれからは贅沢し放題よね! 専用の邸ももらえるんでしょう。宝石もドレスも美食も、全部私のものよ! 最高級のダイヤモンドが欲しいわ!」

 その生き生きとした表情には、今朝まで酔いつぶれて爆睡していた面影はない。

(今までだって十分に豪勢な暮らしをしていたじゃない)

 少し離れた場所から見つめるアマーリエが半眼になっていると、横に立つフレイムがぼそりと呟いた。

『聖威師になったってのにさもしい奴だな。あんまりうるせえと消し炭にしてやるぞ。ダイヤモンドのもとって知ってるか? あれって実は炭と同じなんだぜ』
『フレイム、お願いだからじっとしていて!』

 アマーリエにしか姿も声も認識できないようにしているフレイムに、必死に頼み込む。一晩ぐっすり眠ったおかげか、気分は多少回復していた。デリバリーの料理が残っていたおかげで、朝食を用意せずに済んだことも僥倖だった。

『それでだ、アマーリエ。お前に聞きたい……というか、話したいことがあるんだが』
『ああ、今朝もそう言っていたわね。ごめんなさい、起きるのが遅かったから時間がなくて、後にしてと言ってしまったけれど……今話せることなの?』
(一体何かしら。フレイムだって神使選定のお役目で忙しいはずなのに)

 今日は星降の儀式の後祭こうさいの日。神官たちが一堂に会するため、神使選びをしやすいはずだ。
 なお、ラモスとディモスは邸で留守番をしているが、アマーリエに何かあればすぐ駆け付けられるよう霊威のアンテナを張っておくと言っていた。昨日の泣き腫らした様子で、相当心配をさせてしまったらしい。

『他の奴がいない所で話したい。時間も少しかかるかもしれねえな』
『それならここでは無理ね。もう後祭が始まるし、その後でもいい?』

 念話でコソコソと話していると、ミリエーナが鬱陶しそうな顔でシュードンを振り返った。

「ねえシュードン、いつまで付いて来るつもり? いい加減離れてよ。というかアンタ、今日来て良かったの? グランズ家の回忌の日なんでしょう」
「ああ、俺はレフィーの婚約者なんだから後祭の方に参加しろって言われたんだ。ほら、レフィーは聖威師になったし――」
「アンタとの婚約なら破棄するわ」
「……え?」

 あまりにもあっさりと言い放たれた言葉に、シュードンが凍り付く。アマーリエとフレイムも会話を中断し、唖然とミリエーナを見つめた。

「……は、はは、冗談言わないでくれよ。いきなり驚くじゃないか」
「冗談なんか言うはずないでしょ。本気よ」
「本気って……な、何でだよ!?」
「当然じゃない。私は聖威師になったのよ。たかが子爵家のアンタなんかと釣り合わないじゃない。私はルファ様の神妃にしていただくんだから。アンタはアマーリエとでもくっついてれば?」

 汚物を見るような目で突き放され、シュードンが真っ青になってミリエーナに縋り付く。

「そんな、待ってくれよレフィー!」
「私のシークレットネームを気安く呼ばないで」

 ピシャリと言い放ち、ミリエーナはシュードンの手を振り払ってツカツカと歩き去って行った。
 衝撃と恥辱に唇を震わせているシュードンがこちらに気付いて八つ当たりして来る前にと、アマーリエはそっと所を移動した。

『あーあ、バカ婚約者の奴、捨てられちまったな。ちょっといい気味だぜ』
『そんなこと言わないの。今のはミリエーナに誠意がないわよ。さすがに酷すぎるわ』

 声なき声で会話しながら、後祭のために主祭と同じ斎場に行くと、帝国と皇国の神官が集まり始めていた。ダライとネイーシャの姿もある。ネイーシャは属国の神官であり、帝国の神官府に転属してはいないが、今日はミリエーナが聖威師になった関係で入場を許されていた。

 聖威師の一団は前列に並んでいるが、ミリエーナは昨日寵を得たばかりなので、今日は霊威師たちと同じ場所で待機することになっていた。

『俺以外の使役がいねえな』

 軽く場内を見回したフレイムが呟く。意外な言葉に、アマーリエは目を瞬かせる。

(どうしてかしら。選定にはうってつけの場なのに)

 他の神々も、神使を選び出すための使役を送り込んでいるはずなのに、誰も来ていないのだろうか。
 何故だろうと思っている間に定刻になった。王族や官僚も含めた参加者が集まり、アシュトンと当真が開会を宣言する。

 後祭では、主祭の日に天の神々への献上品として並べた品を、お下がりとして皆で分配することになっている。
 ミリエーナを除く聖威師の手により、祭壇上の食物が切り分けられ、飲み物が盃に注がれ、宝玉が一粒ずつバラされ、絹が裁断され、花が一輪ずつより分けられる。
 それらが配られ、皆の手に行き渡った時。

 悪夢の再現がもう一度起こった。

 天が左右に割れ、あの光が降り注いだのだ。
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