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29.儀式の始まり

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 すっかり日が落ちた空は、生憎あいにくの曇天だった。重く垂れ込めた雲がびっしりと広がり、今にも雨が降り出しそうだ。

 星降の儀式は、皇宮と帝城の共同敷地である屋外の斎場さいじょうにて、両国合同で行われる。上空に浮かぶ形で設置された天威師用の席には、忘我ぼうがの美貌を持つ黒髪黒目と金髪碧眼の男女数名が座していた。
 だが、あの少女のような皇帝と、その息子である太子の姿はない。

 斎場の下方は広場となっており、奥の数段高くなった位置に巨大な祭壇がある。祭壇には溢れんばかりの供物が盛られていた。山海の幸、酒肴、果物、絹、宝玉などが積み上げられている。周囲は満開の花や宝飾品で豪奢に飾り立てられていた。

 緊張感と高揚感が漂う中、精緻な刺繍が施された正装を纏う聖威師の一団が、先頭に立って広場に入場した。まだ少年少女にしか見えない者たちも混じっている。後に続くのは皇国と帝国の王と王妃、そして王族だ。神格を持つ聖威師の方が、人である王より上位であるため、この順序となる。
 王族のさらに後ろには、霊威師の中で位が高い神官や大臣が続く。中位以下の神官は、広場を囲むようにして儀式を見守るだけだ。

 聖威師たちが祭壇のある場所まで昇り、片膝を付く。王族も含めたその他の者は、下に控えて平伏した。神が降りる場に上がることができるのは、同じく神格を有する者だけだ。
 祭壇の目の前で、濃い緋色の法衣を纏う恵奈と、深翠の法衣を着込んだフルードが声を揃えた。

「天の神々よ照覧しょうらんあれ。どうかこの地上に御光が降り注ぎ、生きとし生けるものに慈悲があらんことを」

 瞬間、曇天が裂けた。まるでカーテンを開くように、分厚い雲が一気に取り払われ、満天の夜空が現れる。
 煌めく星々の輝きを背負い、遥かな天から数条の光が落ちて来た。流星のごとき閃光は真っ直ぐに祭壇めがけて飛来し、地上近くで軌道を変えると、一条ごとに分かれて聖威師たちに向かった。
 フルードにじゃれつくように纏わり付いた光は、狼へと変貌する。

セイン・・・、元気にしておったか。会いたかったぞ』
「はい、狼神ろうしん様」

 フルードが微笑んだ。その横では、恵奈に寄り添った光が女神の姿になって顕現した。白と青、銀の衣をなびかせる真っ白な女神だ。

『恵奈、変わりはありませんか』
「雪神様のご温情を持ちまして」

 淑やかに答える恵奈。アシュトンには薄い羽衣を絡ませた妙齢の女神が、当真には孔雀の神が、佳良には鷹の神が、オーネリアには雫を周囲に浮かべた男神が、喜色を帯びて話しかけている。他の聖威師にも、それぞれに寵を与えているであろう神が駆け寄っていた。
 どの神も神威が色を帯びている。全柱が高位神だ。

 神々は己の愛し子に寄り添いつつ、祭壇にある食物を一口つまんだり、花を手に取って戻したり、宝玉や絹に触れたりしている。これにより、供物は神々のお下がりという扱いになり、後祭で参加者に分けられることになる。

 見守る神官たちの視線が、にわかに熱気を帯びる。どうにか自分たちを神使として見出して欲しいと必死だ。既に選び出されている者を除き、全員が壇上に視線を向けていた。

 だが、当の神々は己が愛する聖威師しか眼中にない。上方の天威師には思慕と崇敬を込めて深く礼をしたものの、その後はひたすら自身の愛し子の側に張り付いている。
 文字通り首を長くしている神官たちを見かねたか、フルードと恵奈が口を開いた。

「狼神様、本日は斎場に様々な趣向を凝らしております。天界の美しさとは比べるべくもありませんが、精一杯の供物や花々、装飾を用意いたしました。ご覧いただけますでしょうか」
「よろしれば雪神様方をご案内させていただきたく」
『セインが共におるのならそれも良い』
『あなたが案内してくれるならば受けましょう』

 愛し子の申し出を快諾した神々が、聖威師に先導され壇上を降りて来る。それは、斎場にひしめく神官たちに近付くということでもあった。神の目に留まる機会を与えてやりたいという、聖威師たちの配慮だろう。

「こ、こっちにいらっしゃるぞ!」

 シュードンが興奮を隠し切れない声で言う。聖威師たちは、各々の神と共に斎場内に散らばった。その中で、佳良と、彼女の横で羽ばたく鷹神がこちらに向かっている。

「頑張れ俺、鷹神様に選ばれれば永久に安泰だ!」

 拳を握り締めるシュードンの近くで、アマーリエもさすがに緊張して唾を飲み込んだ。

 その時――少し離れた場所からざわめきが広がった。
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