26 / 202
第1章
26.漆黒の神炎
しおりを挟む
(……え?)
アマーリエは咄嗟に状況が掴めず、唖然と形代を眺める。一瞬後、シュードンの悲鳴が弾けた。
「なっ…………ぎゃああぁぁあっちゃああぁ! 熱い熱い熱うぅい!!」
両腕を振り回して迸らせた絶叫に、アマーリエとミリエーナは飛び上がった。室内が一気に修羅場と化す。
「お、落ち着いてシュードン! 形代を消すか、自分との同調を停止させるのよ!」
急いで声をかけるが、本人は熱さで全く聞いていない。
「た、助けてくれ! み、水、水ぅ! あぁぁ上手く召喚できない!」
ここで応えたのはミリエーナだった。両腕を頭上にかざし、威勢よく告げる。
「ふふん、私の出番ね! 出でよ、氷水よ!」
霊威が発動し、氷塊混じりの水が召喚されると滝のように降り注いだ――シュードンの頭上に。
「ぎゃー冷たああぁ! ……あづいいぃ! 冷たい! あつーい!」
交互に叫ぶシュードンがびしょ濡れの姿で床をもんどりうつ。形代は相変わらず燃えている。
「ミリエーナ、水は形代にかけないと! 本人をずぶ濡れにしてどうするの!」
「わ、分かってるわよ! ちょっと間違えただけじゃない」
ミリエーナが再度水を召喚し、形代にかけた。だが、黒炎はますます激しく燃え上がる。シュードンの金切り声が大きくなり、ミリエーナの顔に焦りが浮かんだ。
「そんな、どうして消えないの!? 霊威を込めた霊水なのよ!?」
アマーリエは七転八倒するシュードンに向かって叫んだ。
「シュードン、聞こえている!? 形代との同調を止めて! シュードン!」
だが、声が届いている気配はない。
(仕方ないわ)
アマーリエは意を決して黒炎を睨んだ。
(一か八か……形代を破ったら強制解除できるかもしれない!)
高温を覚悟し、燃える形代に手を伸ばした時だった。
室内の大気が白みを帯びた淡い黄色に染まり、部屋中に虹色の粒子が弾けて舞い踊った。一陣の風が吹き、フッと炎が消える。
「ぎゃあああぁ……あれ?」
ジタバタと四肢を動かしていたシュードンが瞬きする。
「た、助かった……一体何が――へ?」
目を白黒させながら辺りを見回していた動きが、アマーリエとミリエーナの背後を見て止まった。
「え?」
アマーリエとミリエーナはそろって振り返る。そして硬直した。
いつの間にか、部屋の扉が開いている。そこに、華奢な痩身を持つ小柄な少女が佇んでいた。その容貌は、完璧という表現すら生ぬるく思えるほどに完成されたものだった。美の極致を超える、人の域など軽く凌駕した麗姿。
漆黒の双眸が、底知れぬ意思を宿してアマーリエたちを見据えた。
「大事ないか」
天上の宝珠を転がしたような声が放たれる。可憐な外見からすると、思いの外低い声音だった。
細い体に纏っていた黄白色の外套を払い、少女が音もなく一歩踏み出した。瞳と同じ色をした柔らかな長髪が揺れる。
気が付けば、アマーリエは無意識に足を引き、床に額を打ち付けるようにして平れ伏していた。シュードンがゴムボールのごとく跳ね起き、体を丸めてその場に這いつくばる。ミリエーナも崩れ落ちるように両膝を付いてうずくまった。
ただ佇んでいるだけの少女が、その存在だけで全てを圧倒し、平伏させている。
「楽にせよ」
気怠げな美声が聞こえた瞬間、体が軽くなった。だが、素直に身を起こす気にはなれない。アマーリエが床を見つめたまま息を殺していると、シュードンのかすれ声が耳に届いた。
「こ……皇帝、様……お助け下さったのですか。お慈悲に心より御礼申し上げます」
アマーリエは咄嗟に状況が掴めず、唖然と形代を眺める。一瞬後、シュードンの悲鳴が弾けた。
「なっ…………ぎゃああぁぁあっちゃああぁ! 熱い熱い熱うぅい!!」
両腕を振り回して迸らせた絶叫に、アマーリエとミリエーナは飛び上がった。室内が一気に修羅場と化す。
「お、落ち着いてシュードン! 形代を消すか、自分との同調を停止させるのよ!」
急いで声をかけるが、本人は熱さで全く聞いていない。
「た、助けてくれ! み、水、水ぅ! あぁぁ上手く召喚できない!」
ここで応えたのはミリエーナだった。両腕を頭上にかざし、威勢よく告げる。
「ふふん、私の出番ね! 出でよ、氷水よ!」
霊威が発動し、氷塊混じりの水が召喚されると滝のように降り注いだ――シュードンの頭上に。
「ぎゃー冷たああぁ! ……あづいいぃ! 冷たい! あつーい!」
交互に叫ぶシュードンがびしょ濡れの姿で床をもんどりうつ。形代は相変わらず燃えている。
「ミリエーナ、水は形代にかけないと! 本人をずぶ濡れにしてどうするの!」
「わ、分かってるわよ! ちょっと間違えただけじゃない」
ミリエーナが再度水を召喚し、形代にかけた。だが、黒炎はますます激しく燃え上がる。シュードンの金切り声が大きくなり、ミリエーナの顔に焦りが浮かんだ。
「そんな、どうして消えないの!? 霊威を込めた霊水なのよ!?」
アマーリエは七転八倒するシュードンに向かって叫んだ。
「シュードン、聞こえている!? 形代との同調を止めて! シュードン!」
だが、声が届いている気配はない。
(仕方ないわ)
アマーリエは意を決して黒炎を睨んだ。
(一か八か……形代を破ったら強制解除できるかもしれない!)
高温を覚悟し、燃える形代に手を伸ばした時だった。
室内の大気が白みを帯びた淡い黄色に染まり、部屋中に虹色の粒子が弾けて舞い踊った。一陣の風が吹き、フッと炎が消える。
「ぎゃあああぁ……あれ?」
ジタバタと四肢を動かしていたシュードンが瞬きする。
「た、助かった……一体何が――へ?」
目を白黒させながら辺りを見回していた動きが、アマーリエとミリエーナの背後を見て止まった。
「え?」
アマーリエとミリエーナはそろって振り返る。そして硬直した。
いつの間にか、部屋の扉が開いている。そこに、華奢な痩身を持つ小柄な少女が佇んでいた。その容貌は、完璧という表現すら生ぬるく思えるほどに完成されたものだった。美の極致を超える、人の域など軽く凌駕した麗姿。
漆黒の双眸が、底知れぬ意思を宿してアマーリエたちを見据えた。
「大事ないか」
天上の宝珠を転がしたような声が放たれる。可憐な外見からすると、思いの外低い声音だった。
細い体に纏っていた黄白色の外套を払い、少女が音もなく一歩踏み出した。瞳と同じ色をした柔らかな長髪が揺れる。
気が付けば、アマーリエは無意識に足を引き、床に額を打ち付けるようにして平れ伏していた。シュードンがゴムボールのごとく跳ね起き、体を丸めてその場に這いつくばる。ミリエーナも崩れ落ちるように両膝を付いてうずくまった。
ただ佇んでいるだけの少女が、その存在だけで全てを圧倒し、平伏させている。
「楽にせよ」
気怠げな美声が聞こえた瞬間、体が軽くなった。だが、素直に身を起こす気にはなれない。アマーリエが床を見つめたまま息を殺していると、シュードンのかすれ声が耳に届いた。
「こ……皇帝、様……お助け下さったのですか。お慈悲に心より御礼申し上げます」
22
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。

家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした
桜月雪兎
ファンタジー
アバント伯爵家の次女エリアンティーヌは伯爵の亡き第一夫人マリリンの一人娘。
彼女は第二夫人や義姉から嫌われており、父親からも疎まれており、実母についていた侍女や従者に義弟のフォルクス以外には冷たくされ、冷遇されている。
そんな中で婚約者である第一王子のバラモースに婚約破棄をされ、後釜に義姉が入ることになり、冤罪をかけられそうになる。
そこでエリアンティーヌの素性や両国の盟約の事が表に出たがエリアンティーヌは自身を蔑ろにしてきたフォルクス以外のアバント伯爵家に何の感情もなく、実母の実家に向かうことを決意する。
すると、予想外な事態に発展していった。
*作者都合のご都合主義な所がありますが、暖かく見ていただければと思います。

断罪された大聖女は死に戻り地味に生きていきたい
花音月雫
ファンタジー
幼い頃に大聖女に憧れたアイラ。でも大聖女どころか聖女にもなれずその後の人生も全て上手くいかず気がつくと婚約者の王太子と幼馴染に断罪されていた!天使と交渉し時が戻ったアイラは家族と自分が幸せになる為地味に生きていこうと決心するが......。何故か周りがアイラをほっといてくれない⁉︎そして次から次へと事件に巻き込まれて......。地味に目立たなく生きて行きたいのにどんどん遠ざかる⁉︎執着系溺愛ストーリー。

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です
土広真丘
ファンタジー
三千年の歴史を誇る神千皇国の皇帝家に生まれた日香。
皇帝家は神の末裔であり、一部の者は先祖返りを起こして神の力に目覚める。
月の女神として覚醒した双子の姉・月香と比較され、未覚醒の日香は無能のすっぽんと揶揄されている。
しかし実は、日香は初代皇帝以来の三千年振りとなる太陽の女神だった。
小説家になろうでも公開しています。
2025年1月18日、内容を一部修正しました。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる