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15.フレイムとの出会い

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 ◆◆◆

「それもおかしいと思うんだよなぁ」
「……!」

 フレイムの声に、アマーリエは沈んでいた回想の底から浮上した。

「な、何が?」
「だから、お前が神に嫌われたって話だよ。俺はお前の気は綺麗だと思うぜ。根っこから澄んでいて歪みがない。この境遇で育ったのに奇跡みたいなもんだ。何で神はお前を拒絶したんだ。よほど見る目がない無能な神だったのか?」
「そんなはずはないわ。有色の神威をお持ちの高位神だったわよ。気は落ち着いた暗めの赤色で、黄土色か茶色も混じっていたわ。白髪に灰緑の目で、ものすごく綺麗な少年の姿をしていたの」
「落ち着いた赤黄色の神威を持つ少年の神……そんな奴いたかな。変化へんげでもしてたのか? くそ、今は神威が使えねえから過去視も上手くできねえし」
「とにかく、私が神から疎まれたことは事実だもの。神官としては致命的だわ。お父様とお母様に冷遇されるのもミリエーナにバカにされるのも当然よ。……フレイムは私との出会いが特殊だったから、色眼鏡で見ているだけ」

 フレイムは火神の命令により、神格を抑えて天界から降臨した。神々が神使を自分で選ぶというのは、天にとっても初となる試みだ。ついては、火神の神使となるに相応しい逸材がいないか、地上に降りて直に確認してくるよう指示を受けたのだという。

 だが、力を極限まで抑制したせいで上手く動けなくなり、人界で消耗し行動不能になってしまった。
 小さな子犬の姿に変化したまま雨の中で行き倒れていたところを、たまたま通りかかったアマーリエが助けた。ちょうどサード家が帝国に帰って来てすぐの頃だったのだ。ラモスとディモスを疎んじている家族の前で、新たに動物を拾ったと言えば責め立てられるのが分かっていたため、密かに邸にかくまうことにした。それがフレイムとの邂逅だった。

(片手で抱えられるくらいの子犬が、ポンと人型になってお礼を言って来たんだもの、驚いたわよ)

 その後、フレイムはすぐに聖威を使うコツをつかんで回復した……のだが、恩を感じたのかアマーリエに敬称無しで自身の名を呼ぶことを許し、側に付き纏うようになった。
 昼間は神官府をうろついて内密に神使の選定を行い、その合間にアマーリエの様子を視ながら念話でちょっかいをかけて来る。夕刻になるとこの部屋に戻って来て朝までごろごろするのだ。ラモスとディモスも彼に懐いている。

 なお、神使の選定を極秘にしている理由は、最高神の一柱である火神の使いを選ぶと公にすれば、大騒ぎになってしまうためだという。現在は、アマーリエ以外の者には見付からないように姿と気配を消している。

(けれど今日の霊具爆発の一件で、聖威師には存在を気付かれてしまったかもしれないわ)

 頭と胃が痛い――と思いながらこめかみを揉んでいると、フレイムもやれやれとばかりに髪をかき上げた。

「バカにされて当然って……そんなことねぇよ。お前は自己評価が低い」

 溜め息と共に細められた山吹色の双眸が、ふと真剣な光を宿した。

「なあ、アマーリエ。前も言ったが、俺の神使になる気はないか」
「何を言っているのよ。私がフレイムの使いになれるはずがないじゃない」
「神使に相応しいか否かを決めるのは神だ。神がとするならそれは実現する」
「やめて。私なんかを神使にしたらフレイムの恥になるわ。あなたがどうしてもと言うから、こうして親しい口調で話をさせてもらっているけれど、本当は私ごときにそんなこと許されないのよ」

 かつて美しい少年神から投げつけられた激しい拒絶が、未だ心に焼き付いている。父と母の前で、祖父母の前で、皆の前で、いいところを見せたかった。サード家の娘として求められた役割を立派に果たしたかった。
 その思いごと粉微塵こなみじんに打ち砕かれた、あの苦い経験。
 自分がフレイムのような高位神に選ばれるはずがない。

「私は天界の片隅で雑用でもやらせていただければそれで十分。高位の神のお側にはべるなんておそれれ多いことだわ」
(上の神の近くに行けば、また罵られるかもしれないもの……)

 ぐっと唇を噛み、アマーリエはソファから立ち上がった。

「さぁ、もう夕食の支度をしないと。今夜はミリエーナが懲罰房にいるから、作るのはお父様とお母様の分だけね」

 サード家で最も豪勢な食事にありついているのは、溺愛されているミリエーナだ。彼女の分の食事を作らなくていいのは助かる。

「ぐずぐずしていたらまたお父様に怒鳴られるわ。私は着替えたらそのまま厨房に行くから、フレイムはゆっくりしていて。ラモスとディモスも、お父様たちに見えない所でなら好きにしてくれていいわ」

 時間を気にしながら言うと、フレイムが眉間にしわを寄せた。

「なぁ、何回も言ってるけどよ、食事中の様子も視ててやるよ。どうせ辛く当たられてるんだろ? 俺がしっかり監視して、バカ両親がバカな真似したら締め上げてやる」

 一段低くなった声と、怒りがにじむ双眸。本気で案じてくれていることが伝わる様子に、アマーリエの心が温かくなった。だが、ぐっと堪えて首を横に振る。

「大丈夫、しなくて良いわ。私の方も何回も言っているでしょう。これは私の家の問題なの。フレイムを巻き込めない。……本当に大丈夫。レベルの低い嫌味を言われるくらいだから」
(視られたら大変だわ。フレイムったら、お父様が私を怒鳴って殴るのを初めて見た時、問答無用で消し炭にしようとしたんだもの。あの時は何とか必死で止めたけれど)

 ダライとネイーシャに情など残っていないが、さすがに丸焦げにされてしまえとまでは思わない。

「怪我をさせられないように、結界を纏わせて守ってくれているでしょう。それで十分よ。逐一ちくいち視たり監視したりまではしなくていいから」
「だが――」
「私に恩義を感じているなら、言うことを聞いて。お願い」

 しっかりと目を合わせて強く言うと、山吹色の双眸が僅かに揺らいだ。

「…………分かったよ。仕方ねえなぁ。本当に無理だと思ったらいつでも呼ぶんだぞ。心の中で強く念じれば俺に届くようにしてあるから」
「ええ、約束するわ」

 不承不承ながらの譲歩を引き出し、今日も何とか説得できたと安堵する。

「本当にお願いだから、絶対に視ないでね。こっそり視みるのも無し。お願いよ」

 念押しも込めて言い置き、アマーリエは更衣室に行くために部屋を出た。
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