10 / 160
第1章
10.『声』の正体
しおりを挟む
◆◆◆
「アマーリエ!」
サード邸に帰ると、顔を真っ赤にした父ダライ・サードが玄関で仁王立ちしていた。怒鳴り声と共に振られた腕に脇腹を殴打される。だが、痛みは一切なかった。寸前で張られた結界により衝撃が散らされ、負うはずであったダメージが無効化される。気付いた様子もなく、ダライは唾を飛ばして言い募った。
「神官府から連絡が来たぞ。レフィーが謹慎になったそうだな。しかも懲罰房だと? 可哀想に、あのか弱い子が……。何故お前が身代わりにならなかった! 役立たずの癖に!」
もはや聞き慣れた罵倒は、それでも錆びた刃のようにアマーリエの心を鈍く抉った。体へのダメージを霧散してくれる結界も、精神までは守れない。
(ああ、やっぱり八つ当たりされたわ。……お父様が愛しているのはミリエーナだけだもの)
弱まり切った霊威を子の代で回復するため、ダライは政略結婚を行い母ネイーシャを娶った。だが、アマーリエは微々たる霊威しか持たなかったため、期待外れとして蔑んだ。その分、サード家の基準では十分に強い霊威を持つミリエーナを救世主として溺愛している。
「我が家で最も強い力を持つのはレフィーだ。神に選ばれるならばあの子しかいないというのに……この大事な時に懲罰房行きとは、何と不憫な。元伯爵家たるサード家の栄誉を回復させる絶好の機会だというのに!」
憎悪を込めた目で、ダライはアマーリエを睨め付けた。
「お前が代われば良かったのだ。お前など神に選ばれるはずがないのだからな!」
死ぬまでどの神にも選ばれなかった霊威師は、昇天した後に従来通り四大高位神が適当な神に割り当てるという。アマーリエはそれでもいいと思っていた。下手に高望みなどしない方がいい。
「傷は治癒しておけ! それくらいならばお前の脆弱な霊威でもできるだろう!」
(別に怪我なんかしていないわよ)
先ほどの脇腹への一撃が見事に入ったと勘違いしている父を、アマーリエは冷めた目で見つめる。
「全く、この能無しが……!」
再度吐き捨て、ダライが足音荒く去って行った。
(今日からは邸での居場所がますます無くなるわね……)
重い溜め息を吐き出しながら自室に入ると、我が物顔でソファを占領する青年がいた。
「よぉ、帰ったか」
美しく整った顔立ちに鍛え上げられた長身、少し跳ねた短髪は艶のあるワインレッド。双眸は赤みが強い山吹色だ。金髪に青もしくは緑の瞳が常である帝国民には有り得ない色彩だ。黒髪に黒または焦げ茶の目の皇国民でもない。そもそも、彼は人ですらない。縦に裂けた瞳孔に尖った耳、鋭い牙がそれを証明している。
「ただいま、フレイム」
炎を意味する名を持つこの青年こそが、『声』の正体だ。父の拳からアマーリエを守る結界を張ってくれた張本人である。
「まーたバカ親父が怒鳴ってたな。ダミ声がここまで響いてたぜ。おまけに娘に手を上げるなんざ論外だ。お前はなーんにも悪いことしてねぇのにな」
軽い口調で言うフレイムだが、その眼の奥は笑っていない。ダライへの怒りが滲んでいる。最初にアマーリエが暴力を受けていることを知った時には、ダライを消し炭にしようとしていたが、それはダメだと必死で止めた。フレイムは不満そうに口をへの字に曲げていたが、アマーリエの意を汲んで密かに結界を張るだけに留めてくれている。
「なぁなぁ、決心して楽になっちまえよ。燃やそうぜ、あいつら」
小さな火球を幾つも出現させ、自身の前でクルクルと回して遊んでいるフレイムを、アマーリエはジトッとした目で睨んだ。
「燃やしません。そんなことをしても楽になりません。それよりフレイム、今日は守ってくれてありがとう。神官府での霊具暴走の件よ」
大爆発を起こした火炎霊具の暴威を逸らしてくれたのは、間違いなく彼の力だろう。
「良いってことよ。お前のためなら多少の苦労は何のその、なんだぜ」
案の定、フレイムは己の功績であると肯定した。さぁ褒めろ褒めろとばかりに胸を逸らす彼には申し訳ないが、若干冷たい声をぶつける。
「けれど――人前では力を使わないでと、何度もお願いしたわよね? せっかく守ってくれたのにこんなことを言うのは申し訳ないけれど、今日に関しては聖威師が同じ場所にいらっしゃったのよ。爆発が起きても防御して下さったと思うわ」
事実、佳良は結界を張ったと言っていた。
「私に危険が及ぶ確率は限りなく低かったの。なのにあからさまに分かる形で力を使うから、上の方々に睨まれてしまったわ。あなた、自分の存在を秘密にしておきたいのではなかったの? だから私も協力していたのに……自分から目立つようなことをしてどうするのよ」
フレイムの対面にポスンと腰を下ろして頬を膨らませると、彼はやや気まずそうな顔になって頬をかいた。
「あー……やっぱ勘付かれたかな」
「ええ、確実に。聖威師は気付いていらっしゃると思うわよ。……私の近くに神使がいるとね」
「アマーリエ!」
サード邸に帰ると、顔を真っ赤にした父ダライ・サードが玄関で仁王立ちしていた。怒鳴り声と共に振られた腕に脇腹を殴打される。だが、痛みは一切なかった。寸前で張られた結界により衝撃が散らされ、負うはずであったダメージが無効化される。気付いた様子もなく、ダライは唾を飛ばして言い募った。
「神官府から連絡が来たぞ。レフィーが謹慎になったそうだな。しかも懲罰房だと? 可哀想に、あのか弱い子が……。何故お前が身代わりにならなかった! 役立たずの癖に!」
もはや聞き慣れた罵倒は、それでも錆びた刃のようにアマーリエの心を鈍く抉った。体へのダメージを霧散してくれる結界も、精神までは守れない。
(ああ、やっぱり八つ当たりされたわ。……お父様が愛しているのはミリエーナだけだもの)
弱まり切った霊威を子の代で回復するため、ダライは政略結婚を行い母ネイーシャを娶った。だが、アマーリエは微々たる霊威しか持たなかったため、期待外れとして蔑んだ。その分、サード家の基準では十分に強い霊威を持つミリエーナを救世主として溺愛している。
「我が家で最も強い力を持つのはレフィーだ。神に選ばれるならばあの子しかいないというのに……この大事な時に懲罰房行きとは、何と不憫な。元伯爵家たるサード家の栄誉を回復させる絶好の機会だというのに!」
憎悪を込めた目で、ダライはアマーリエを睨め付けた。
「お前が代われば良かったのだ。お前など神に選ばれるはずがないのだからな!」
死ぬまでどの神にも選ばれなかった霊威師は、昇天した後に従来通り四大高位神が適当な神に割り当てるという。アマーリエはそれでもいいと思っていた。下手に高望みなどしない方がいい。
「傷は治癒しておけ! それくらいならばお前の脆弱な霊威でもできるだろう!」
(別に怪我なんかしていないわよ)
先ほどの脇腹への一撃が見事に入ったと勘違いしている父を、アマーリエは冷めた目で見つめる。
「全く、この能無しが……!」
再度吐き捨て、ダライが足音荒く去って行った。
(今日からは邸での居場所がますます無くなるわね……)
重い溜め息を吐き出しながら自室に入ると、我が物顔でソファを占領する青年がいた。
「よぉ、帰ったか」
美しく整った顔立ちに鍛え上げられた長身、少し跳ねた短髪は艶のあるワインレッド。双眸は赤みが強い山吹色だ。金髪に青もしくは緑の瞳が常である帝国民には有り得ない色彩だ。黒髪に黒または焦げ茶の目の皇国民でもない。そもそも、彼は人ですらない。縦に裂けた瞳孔に尖った耳、鋭い牙がそれを証明している。
「ただいま、フレイム」
炎を意味する名を持つこの青年こそが、『声』の正体だ。父の拳からアマーリエを守る結界を張ってくれた張本人である。
「まーたバカ親父が怒鳴ってたな。ダミ声がここまで響いてたぜ。おまけに娘に手を上げるなんざ論外だ。お前はなーんにも悪いことしてねぇのにな」
軽い口調で言うフレイムだが、その眼の奥は笑っていない。ダライへの怒りが滲んでいる。最初にアマーリエが暴力を受けていることを知った時には、ダライを消し炭にしようとしていたが、それはダメだと必死で止めた。フレイムは不満そうに口をへの字に曲げていたが、アマーリエの意を汲んで密かに結界を張るだけに留めてくれている。
「なぁなぁ、決心して楽になっちまえよ。燃やそうぜ、あいつら」
小さな火球を幾つも出現させ、自身の前でクルクルと回して遊んでいるフレイムを、アマーリエはジトッとした目で睨んだ。
「燃やしません。そんなことをしても楽になりません。それよりフレイム、今日は守ってくれてありがとう。神官府での霊具暴走の件よ」
大爆発を起こした火炎霊具の暴威を逸らしてくれたのは、間違いなく彼の力だろう。
「良いってことよ。お前のためなら多少の苦労は何のその、なんだぜ」
案の定、フレイムは己の功績であると肯定した。さぁ褒めろ褒めろとばかりに胸を逸らす彼には申し訳ないが、若干冷たい声をぶつける。
「けれど――人前では力を使わないでと、何度もお願いしたわよね? せっかく守ってくれたのにこんなことを言うのは申し訳ないけれど、今日に関しては聖威師が同じ場所にいらっしゃったのよ。爆発が起きても防御して下さったと思うわ」
事実、佳良は結界を張ったと言っていた。
「私に危険が及ぶ確率は限りなく低かったの。なのにあからさまに分かる形で力を使うから、上の方々に睨まれてしまったわ。あなた、自分の存在を秘密にしておきたいのではなかったの? だから私も協力していたのに……自分から目立つようなことをしてどうするのよ」
フレイムの対面にポスンと腰を下ろして頬を膨らませると、彼はやや気まずそうな顔になって頬をかいた。
「あー……やっぱ勘付かれたかな」
「ええ、確実に。聖威師は気付いていらっしゃると思うわよ。……私の近くに神使がいるとね」
27
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

黒豚辺境伯令息の婚約者
ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。
ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。
そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。
始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め…
ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。
誤字脱字お許しください。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない
猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました
2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました
※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です!
殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。
前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。
ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。
兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。
幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。
今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。
甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。
基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。
【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】
※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる