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9.分かっている?

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 ◆◆◆

「この愚か者!」

 大神官室に怒号が弾け、勢いよく振り下ろされたオーネリアの手がシュードンの頬を打つ。

「ぎゃあぁ!」
(い、痛そうだわ……)

 成り行きで共に連れて来られたアマーリエはそっと肩を竦めた。

「勝手に霊具を持ち出すとはどういう了見ですか! 二等以上の霊具は、許可を得た者か一定以上の力を持つ神官でなければ使用禁止です。……保管庫は施錠してあったはずなのに、どのようにして持ち出したのやら」

 情けない声を上げて吹き飛んだシュードンは捨て置き、オーネリアはミリエーナにも鋭い一瞥《いちべつ》を投げかける。

「同格の霊具が衝突すれば、相互作用で今回のような爆発を引き起こすこともあるのです。真逆の属性の霊具をぶつけるならば、格上のものを用いなくては。神官府の講義で習ったはずでしょう」

 大抵の霊具には、そのような相互干渉を防止する安全装置が付けられる。しかし、今回は火炎霊具の方が作成途中だったため、まだ安全装置が装着されていなかった。

「私は神の御意思に従って事態を解決しようとしただけですわ! 神の思し召しだったんですのぉ!」

 殊勝な顔をした妹がウルウルと瞳に涙を溜めて訴えるが、効果があるはずもない。

「お黙りなさい。何を訳の分からぬことを。その上、皇国の神官まで巻き込むなど有り得ません。佳良様は、60年来に及ぶ私の恩師だというのに」

 憤然としたオーネリアの言葉に、アマーリエは目を点にした。

(ろ、60年来? ……この方々、一体おいくつなの!?)

 神格を授かった聖威師は老化しなくなるため、外見からは実年齢が判別できない。皆20代にしか見えないが、実際はもっと長い時を生きているようだ。

(佳良様がサード家のことをご存じだったのは、年代が上だったから……?)
「シュードン・グランズ。ミリエーナ・サード。両名はしばし懲罰房ちょうばつぼうにて謹慎するように」

 アシュトンが告げ、パチンと指を鳴らすと、シュードンとミリエーナの姿が消えた。懲罰房に転移させたのだろう。デスクに座っていたフルードが立ち上がると、佳良に頭を下げた。

「このたびは誠に申し訳ございませんでした。皇国の前神官長たるお方のお手をわずらわせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます」
「謝罪は必要ありません。あなた方の意図を無視し、独断で動いたのはこちらですので」

 涼しい顔で言う佳良の肩には、あの桃色の小鳥がちょこんと乗っている。アマーリエの身を伏せさせ、爆発から守ってくれた恩人……いや、恩鳥だ。

「あなた方ならばもっと早く動けていたはず。わざと泳がせていましたね」

 静かに言った佳良の言葉に、フルードはおっとりと微笑んだ。

「一応言っておきますと、アシュトン様はすぐに駆け付けようとしました。止めたのは私です」

 優しい眼差しが、つか底冷えするような光を放つ。

「考え無しに動けばどのようなことになるか、その身で実感させた方が本人のためになると思ったもので。浅慮な者は痛い目にわなければ分からないでしょうから」
「それは同意です」

 あっさり賛同した様子を見るに、転移を使うのではなくわざわざ走って飛び蹴りしたのは、あえてだったのかもしれない。だが、佳良はすぐに続けた。

「しかし、爆発の直撃を受けていれば生命自体が危うかったでしょう」
「当然、彼らの命は守ります。四肢の何本かは吹き飛んでいたかもしれませんが、本人たちが反省したならば治癒で復元するつもりでした。いえ、規律を乱す者は手足の一つも失くしたままの方が大人しくなっていいかもしれませんね」

 温厚な眼差しと口調のまま放たれるフルードの言葉に、佳良はどこか悲しげな表情を浮かべた。小鳥が小さな目でフルードを見ている。

(結構過激なのね……)

 帝国人は苛烈で好戦的な者が多い。穏やかでのんびりしているのは皇国人だ。
 フルードがふと気配を和らげた。

「もちろん佳良様のお気持ちも拝察いたします。神官たちの心身を守ることは私の務めですし。……最も、あなたに関しては守る必要も無かったようですが」

 最後はアマーリエに目をやっての言葉だった。

(え?)
「遠視で確認していました。炎は見事にあなたを避けて流れていったのです。幸運でしたね。いやぁ、良かった良かった」
(うっ……)

 笑顔で告げたフルードを肯定するように、佳良も頷いた。

「シュードン、ミリエーナ、そしてアマーリエの三名には私が結界を張りましたが、アマーリエに関しては防御がなくとも炎は逸れていたでしょう。あなたは本当に恵まれていますよ」

 アシュトンと当真、恵奈までもがクスクスしながら同調する。

「つくづく運の良い。だがこれに味を占めないように」
「うん、まさに奇跡のようだったね」
「今後は危ないことをしては駄目よ」

 オーネリアは無言でじぃっとこちらを見ている。頰に背に冷たい汗が流れるのを感じながら、アマーリエはどうにか口を開く。

「そ、そうなのです。昔から悪運だけは強くて……」

 引き攣った返事を絞り出すと、聖威師たちも頷いて再びはははふふふと笑った。はっきりと空々しく。
 何だろう、和やかなはずなのに怖い。

 ――本当のことは分かっているのだぞ。

 そう言われているようだった。早く退室したいと願いながら、アマーリエは床の継ぎ目を見つめて唇を持ち上げ続けた。
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