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第1章
7.神官府の長
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(だ、大神官……)
神官たちの頂点に立つ大神官は、神官府の最高位だ。平神官にとっては雲の上の存在である。腰が引けるが、オーネリアに用事を与えてしまったのはアマーリエ自身だ。断りにくい。
「承りました」
小さく答えて書類を受け取ると、ちらりと隣に浮遊する小鳥を見る。
「それから、この鳥も付いて来てしまって。佳良様がお連れの鳥だったので、お返しした方がよろしいかと」
(オーネリア様がお辞儀をしていたもの。きっと鷹神が付けた守護か何かなんだわ)
そう思ったのだが、オーネリアの返事は予想を外れたものだった。
「その鳥が自ら付いて来られたのですね? ならば問題ありません。ご自由にしていただきなさい。お気が済めば皇宮にお帰りになるでしょう」
(え、いいのかしら。確かに、皇宮は隣にあるけれど)
帝国の帝城と皇国の皇宮は国境を挟んで隣接している。両国の都が国境越しに並んでいるのだ。
困惑するアマーリエに構わず、オーネリアは転移してこの場から消えた。残された神官たちも、気まずそうな顔で神像に一礼し、そそくさと神官府の中に戻っていく。
「……えっと……じゃああなたは好きにしてね」
紋入りの法衣を纏うオーネリアは、おそらく聖威師だ。その彼女が丁寧な口調を用いる鳥なのだから、相当に格が高いのだろう。神鳥かもしれない。言葉遣いを正した方がいいかとも思ったが、もはや今更なのでやめておく。アマーリエは小鳥に愛想笑いをし、書類を抱えて神官府の中に戻った。
「ピャイィ~」
パタパタと軽やかな羽音を響かせ、小鳥が間の抜けた声を上げながら後を追って来る。
(つ、付いて来るわ……どうしてなのよ)
思わず漏れそうになった胸中の言葉は、澄まし顔の下に呑み込んだ。
◆◆◆
「どうぞ」
西棟の最上階にて、書類を片手に持ち替えてノックをすると、すぐに応えが聞こえた。
「……失礼いたします」
(きゃあぁ!)
緊張で顔を強張らせつつ入室したアマーリエは、内心で悲鳴を上げた。高位の証である、濃色の神官衣を纏う者たちが集っていたからだ。
「神官アマーリエ・サードですね。あなたが来ると、オーネリア様から念話をいただいています」
執務デスクに座っていた金髪の青年が、優しい声で話しかけて来た。繊細な氷菓子のように整った、柔く儚げな美貌の持ち主だ。見ようによっては少女にも少年にも見える、不思議な容貌をしていた。穏和な光を放つ青い双眸がこちらを見据えている。
「私はフルード・レシス。大神官の地位を任されています」
「よ、よろしくお願……」
アマーリエが頭を下げようとする前に、フルードは視線を室内に巡らせ、何と自ら同席者の紹介をしてくれた。
「こちらは帝国神官長、アシュトン・イステンド様。私と共に神官府を統括してくれています」
まず示されたのは、デスク近くの窓際にいる金髪碧眼の小柄な青年。濃翠色の神官衣を纏い、窓枠の縁にもたれるようにして腰掛けている。線が細く、中性的な容姿をしていた。神官長は大神官と同等の地位にある。同クラスの神官が二名以上いる場合は、大神官と神官長が並んで頂点に立つ。
(神官府のツートップがそろっているなんて……)
さらに、応接セットのソファには、黒髪黒目の青年と女性もいる。
「こちらの方々は、皇国の大神官唯全当真様と、同じく皇国神官長の宗基恵奈様です」
おっとりとした眼差しの青年――当真が眦を下げ、隣の恵奈は淡い微笑を浮かべている。
彼らは全員が刺繍入りの衣を着込んでいた。つまり聖威師だ。居並ぶ雲上人たちの視線に慄きながらも、アマーリエは執務デスクの前で一礼する。
「ご丁寧にご紹介いただき、ありがとうございます。先日より帝国神官府に勤めております、アマーリエ・サードと申します。大事なお話し中に申し訳ありません」
「少し歓談していただけですので、気にしないで下さい」
フルードが穏やかに言う。確かに、大神官たちは思い思いの場所でリラックスしている様子だった。デスクや窓枠横のサイドテーブル、ソファのテーブルには飲み物の入ったカップがある。書類や筆記具の類はなく、会議というより皆で談笑していたように感じた。
「オーネリア様からお預かりした報告書を届けに上がりました」
「ありがとう、こちらで引き取ります」
両手で書類を受け取ったフルードに、アシュトンが小さく咳払いした。
「大神官、デスクに置かせればいいのです。自ら私たちの紹介までする必要もありません。あなたは下の者に優しすぎる」
「はぁ、すみませんアシュトン様」
「大神官の地位にある者が簡単に謝ってはいけません。それから、同格の私たちに敬称は不要です。前から幾度も幾度も申し上げていることですよ」
「つい癖で、すみませ……いえ、分かりました」
キビキビと苦言を呈するアシュトンと、肩をすぼめて小さくなるフルード。当真と恵奈がその様子を見ながらクスクス笑っている。帝国語は完全に理解できているのだろう。初代皇帝の時代から一心同体であった帝国と皇国では、互いの文化や言語などを学ぶ教育が必修化されている。
(書類は渡したのだから、私は退室してもいいわよね)
アシュトンが横やりを入れたせいで下がるタイミングを見失ったアマーリエが、思い切って足を退きかけた時。
ドォンと爆発音が響き、床がグワンと揺れた。
神官たちの頂点に立つ大神官は、神官府の最高位だ。平神官にとっては雲の上の存在である。腰が引けるが、オーネリアに用事を与えてしまったのはアマーリエ自身だ。断りにくい。
「承りました」
小さく答えて書類を受け取ると、ちらりと隣に浮遊する小鳥を見る。
「それから、この鳥も付いて来てしまって。佳良様がお連れの鳥だったので、お返しした方がよろしいかと」
(オーネリア様がお辞儀をしていたもの。きっと鷹神が付けた守護か何かなんだわ)
そう思ったのだが、オーネリアの返事は予想を外れたものだった。
「その鳥が自ら付いて来られたのですね? ならば問題ありません。ご自由にしていただきなさい。お気が済めば皇宮にお帰りになるでしょう」
(え、いいのかしら。確かに、皇宮は隣にあるけれど)
帝国の帝城と皇国の皇宮は国境を挟んで隣接している。両国の都が国境越しに並んでいるのだ。
困惑するアマーリエに構わず、オーネリアは転移してこの場から消えた。残された神官たちも、気まずそうな顔で神像に一礼し、そそくさと神官府の中に戻っていく。
「……えっと……じゃああなたは好きにしてね」
紋入りの法衣を纏うオーネリアは、おそらく聖威師だ。その彼女が丁寧な口調を用いる鳥なのだから、相当に格が高いのだろう。神鳥かもしれない。言葉遣いを正した方がいいかとも思ったが、もはや今更なのでやめておく。アマーリエは小鳥に愛想笑いをし、書類を抱えて神官府の中に戻った。
「ピャイィ~」
パタパタと軽やかな羽音を響かせ、小鳥が間の抜けた声を上げながら後を追って来る。
(つ、付いて来るわ……どうしてなのよ)
思わず漏れそうになった胸中の言葉は、澄まし顔の下に呑み込んだ。
◆◆◆
「どうぞ」
西棟の最上階にて、書類を片手に持ち替えてノックをすると、すぐに応えが聞こえた。
「……失礼いたします」
(きゃあぁ!)
緊張で顔を強張らせつつ入室したアマーリエは、内心で悲鳴を上げた。高位の証である、濃色の神官衣を纏う者たちが集っていたからだ。
「神官アマーリエ・サードですね。あなたが来ると、オーネリア様から念話をいただいています」
執務デスクに座っていた金髪の青年が、優しい声で話しかけて来た。繊細な氷菓子のように整った、柔く儚げな美貌の持ち主だ。見ようによっては少女にも少年にも見える、不思議な容貌をしていた。穏和な光を放つ青い双眸がこちらを見据えている。
「私はフルード・レシス。大神官の地位を任されています」
「よ、よろしくお願……」
アマーリエが頭を下げようとする前に、フルードは視線を室内に巡らせ、何と自ら同席者の紹介をしてくれた。
「こちらは帝国神官長、アシュトン・イステンド様。私と共に神官府を統括してくれています」
まず示されたのは、デスク近くの窓際にいる金髪碧眼の小柄な青年。濃翠色の神官衣を纏い、窓枠の縁にもたれるようにして腰掛けている。線が細く、中性的な容姿をしていた。神官長は大神官と同等の地位にある。同クラスの神官が二名以上いる場合は、大神官と神官長が並んで頂点に立つ。
(神官府のツートップがそろっているなんて……)
さらに、応接セットのソファには、黒髪黒目の青年と女性もいる。
「こちらの方々は、皇国の大神官唯全当真様と、同じく皇国神官長の宗基恵奈様です」
おっとりとした眼差しの青年――当真が眦を下げ、隣の恵奈は淡い微笑を浮かべている。
彼らは全員が刺繍入りの衣を着込んでいた。つまり聖威師だ。居並ぶ雲上人たちの視線に慄きながらも、アマーリエは執務デスクの前で一礼する。
「ご丁寧にご紹介いただき、ありがとうございます。先日より帝国神官府に勤めております、アマーリエ・サードと申します。大事なお話し中に申し訳ありません」
「少し歓談していただけですので、気にしないで下さい」
フルードが穏やかに言う。確かに、大神官たちは思い思いの場所でリラックスしている様子だった。デスクや窓枠横のサイドテーブル、ソファのテーブルには飲み物の入ったカップがある。書類や筆記具の類はなく、会議というより皆で談笑していたように感じた。
「オーネリア様からお預かりした報告書を届けに上がりました」
「ありがとう、こちらで引き取ります」
両手で書類を受け取ったフルードに、アシュトンが小さく咳払いした。
「大神官、デスクに置かせればいいのです。自ら私たちの紹介までする必要もありません。あなたは下の者に優しすぎる」
「はぁ、すみませんアシュトン様」
「大神官の地位にある者が簡単に謝ってはいけません。それから、同格の私たちに敬称は不要です。前から幾度も幾度も申し上げていることですよ」
「つい癖で、すみませ……いえ、分かりました」
キビキビと苦言を呈するアシュトンと、肩をすぼめて小さくなるフルード。当真と恵奈がその様子を見ながらクスクス笑っている。帝国語は完全に理解できているのだろう。初代皇帝の時代から一心同体であった帝国と皇国では、互いの文化や言語などを学ぶ教育が必修化されている。
(書類は渡したのだから、私は退室してもいいわよね)
アシュトンが横やりを入れたせいで下がるタイミングを見失ったアマーリエが、思い切って足を退きかけた時。
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