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第1章
6.神使選定
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神々が、自身に仕える神使を選び出す。
今から一か月前、突如として神官府に降りて来たその託宣が始まりだった。
霊威師は死後天に招かれ、神に仕える神使として悠久の時を過ごす。徴を発現しない一般人の場合、死後は地上で転生して新たな命に生まれ変わるが、神と繋がる霊威師はそうではない。神の近くに侍るという栄誉を賜り、崇高な神威を浴することが許される。
――しかし。実はここには重大な問題がある。果たしてどの神の神使として取り立てられるのか、ということだ。この世界には非常に多くの神が存在する。中には気性の荒い神や冷酷な神、非道な神もいるのだ。
どの神にどの霊威師を割り当てるかは四大高位神の裁量だ。地上で生きている間は、運を天に任せて祈ることしかできなかった。
だが、件の託宣でその状況がひっくり返った。四大高位神が直々に言葉を下したのだ。今後、神使は各々の神に自分で選ばせる。神々あるいは神々が代理で遣わす使役のお気に召す霊威師がいれば、あらかじめ神使として指名しておくことにさせる、と。
当然、神官たちは蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、少しでも良い神の指名を得ようと必死になっている。男女を問わず美しく着飾り、歌舞音曲にいそしみ、当たりを引き寄せようとしているのだ。
「バカみたいだわ。神様の選定基準なんて誰にも分からないのに。身綺麗にしたからって良い神の目に留まるとは限らないじゃない」
ぼやきながら両手を伸ばし、せっせと翼を動かして飛んでいる小鳥を包む。ふわふわした毛が指をくすぐった。
「まあ、あなたフカフカねぇ」
「ピキュイ?」
くりくりした漆黒の目を動かし、小鳥がキョトンと首を傾げた。
その時だった。
「……ちょっと、押さないでよ!」
外から苛立った声が響いた。廊下の窓越しに覗くと、幾人かの神官が人気のある神をかたどった像の前で祈りを捧げていた。全員下級神官だ。険しい顔で言い合いをしている。
「何よ、あなたさっきからずっと像の前にいるじゃない。代わりなさいよ!」
「次は俺の番だろう、お前こそどけよ!」
皆、自分こそが神像の正面で祈りを捧げたいらしい。おそらく神に自分を売り込んでいるのだ。神は像を介してではなく天から見ているのだから、場所は関係ない気もするが。
止めようと外に出たアマーリエだが、柳眉を逆立てて睨み合う神官たちの中に割り込んでいけない。今にも掴み合いに発展しそうな様子をハラハラと眺めていると、鋭い鞭のような声が飛んだ。
「何をしているのですか、みっともない真似はおよしなさい!」
神官たちが凍り付く。同時に、淡い金髪を後ろで団子状にまとめた妙齢の美女が、庭に面した回廊に現れる。その身に纏うのは深い翠の神官衣で、波紋の刺繍が施されていた。
(良かった、高位の神官だわ!)
「オーネリア様!」
皆が一斉に姿勢を正して頭を下げた。アマーリエの手からすり抜けた小鳥がパタパタと中空に舞い上がる。それを認めたオーネリアは、何故か小鳥に向かって礼をした。次いで神官たちに向き直る。
「急用から戻ってみればこの有り様とは、何と見苦しい。いくら神がお許しとはいえ、限度があります」
冷ややかな声が耳朶を打つ。神託によれば、神へのアピールは禁止されておらず、むしろ我こそはと思う者は積極的に売り込んでも良いらしい。その一環として、神官衣ではなく豪奢なドレスに華美な装飾品を着けることも許容される。
「自身の行い次第では、醜悪なものを好む神のお目に留まることもあるのですよ」
俯いていた神官たちが一斉に顔を強張らせる。神々の中には、邪神、妖神、鬼神といった負を司る悪神たちも存在するのだ。
「万一悪神に目を付けられたら……」
「負の神の使いになるなんて嫌よ!」
「そんなの生き地獄だわ。散々な扱いを受けるんでしょう」
慌てて襟元を正す皆を横目に、アマーリエはオーネリアに駆け寄った。一礼してから声をかける。
「あの……先日より帝国神官府に転属いたしました、アマーリエ・サードと申します。お帰りになったばかりのところ、申し訳ありません。実は、皇国の途来佳良神官が、帝国の神官たちに囲まれてしまっています。神への取りなしを依頼されているようで」
「何ですって?」
オーネリアが顔色を変えた。視線を虚空に投げ、一つ頷く。
「報告を感謝します。場所を特定しましたので、すぐに向かいます」
そして、脇に抱えていた書類の束に視線を落とす。
「すまないけれど、これを大神官の部屋まで持って行ってくれますか。急務の報告書です。神官府の西棟最上階、突き当たりの部屋にお願い」
今から一か月前、突如として神官府に降りて来たその託宣が始まりだった。
霊威師は死後天に招かれ、神に仕える神使として悠久の時を過ごす。徴を発現しない一般人の場合、死後は地上で転生して新たな命に生まれ変わるが、神と繋がる霊威師はそうではない。神の近くに侍るという栄誉を賜り、崇高な神威を浴することが許される。
――しかし。実はここには重大な問題がある。果たしてどの神の神使として取り立てられるのか、ということだ。この世界には非常に多くの神が存在する。中には気性の荒い神や冷酷な神、非道な神もいるのだ。
どの神にどの霊威師を割り当てるかは四大高位神の裁量だ。地上で生きている間は、運を天に任せて祈ることしかできなかった。
だが、件の託宣でその状況がひっくり返った。四大高位神が直々に言葉を下したのだ。今後、神使は各々の神に自分で選ばせる。神々あるいは神々が代理で遣わす使役のお気に召す霊威師がいれば、あらかじめ神使として指名しておくことにさせる、と。
当然、神官たちは蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、少しでも良い神の指名を得ようと必死になっている。男女を問わず美しく着飾り、歌舞音曲にいそしみ、当たりを引き寄せようとしているのだ。
「バカみたいだわ。神様の選定基準なんて誰にも分からないのに。身綺麗にしたからって良い神の目に留まるとは限らないじゃない」
ぼやきながら両手を伸ばし、せっせと翼を動かして飛んでいる小鳥を包む。ふわふわした毛が指をくすぐった。
「まあ、あなたフカフカねぇ」
「ピキュイ?」
くりくりした漆黒の目を動かし、小鳥がキョトンと首を傾げた。
その時だった。
「……ちょっと、押さないでよ!」
外から苛立った声が響いた。廊下の窓越しに覗くと、幾人かの神官が人気のある神をかたどった像の前で祈りを捧げていた。全員下級神官だ。険しい顔で言い合いをしている。
「何よ、あなたさっきからずっと像の前にいるじゃない。代わりなさいよ!」
「次は俺の番だろう、お前こそどけよ!」
皆、自分こそが神像の正面で祈りを捧げたいらしい。おそらく神に自分を売り込んでいるのだ。神は像を介してではなく天から見ているのだから、場所は関係ない気もするが。
止めようと外に出たアマーリエだが、柳眉を逆立てて睨み合う神官たちの中に割り込んでいけない。今にも掴み合いに発展しそうな様子をハラハラと眺めていると、鋭い鞭のような声が飛んだ。
「何をしているのですか、みっともない真似はおよしなさい!」
神官たちが凍り付く。同時に、淡い金髪を後ろで団子状にまとめた妙齢の美女が、庭に面した回廊に現れる。その身に纏うのは深い翠の神官衣で、波紋の刺繍が施されていた。
(良かった、高位の神官だわ!)
「オーネリア様!」
皆が一斉に姿勢を正して頭を下げた。アマーリエの手からすり抜けた小鳥がパタパタと中空に舞い上がる。それを認めたオーネリアは、何故か小鳥に向かって礼をした。次いで神官たちに向き直る。
「急用から戻ってみればこの有り様とは、何と見苦しい。いくら神がお許しとはいえ、限度があります」
冷ややかな声が耳朶を打つ。神託によれば、神へのアピールは禁止されておらず、むしろ我こそはと思う者は積極的に売り込んでも良いらしい。その一環として、神官衣ではなく豪奢なドレスに華美な装飾品を着けることも許容される。
「自身の行い次第では、醜悪なものを好む神のお目に留まることもあるのですよ」
俯いていた神官たちが一斉に顔を強張らせる。神々の中には、邪神、妖神、鬼神といった負を司る悪神たちも存在するのだ。
「万一悪神に目を付けられたら……」
「負の神の使いになるなんて嫌よ!」
「そんなの生き地獄だわ。散々な扱いを受けるんでしょう」
慌てて襟元を正す皆を横目に、アマーリエはオーネリアに駆け寄った。一礼してから声をかける。
「あの……先日より帝国神官府に転属いたしました、アマーリエ・サードと申します。お帰りになったばかりのところ、申し訳ありません。実は、皇国の途来佳良神官が、帝国の神官たちに囲まれてしまっています。神への取りなしを依頼されているようで」
「何ですって?」
オーネリアが顔色を変えた。視線を虚空に投げ、一つ頷く。
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そして、脇に抱えていた書類の束に視線を落とす。
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