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第1章
2.婚約拒否されています
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◆◆◆
――神々が自身の使いを選定する。
突如として世界を駆け巡ったその報に、人類は大きな衝撃を受けた。
◆◆◆
統一暦3014年10の月、上旬。
「ちょっとアマーリエ! まだできないの!?」
苛立ちを帯びた怒鳴り声が、広々とした食堂に反響した。
「もう少し待ってミリエーナ、この飾りを付けたら仕上げだから」
愛くるしい顔をしかめて腕組みしているのは妹のミリエーナ。きめ細かい金髪が明かりを弾いて輝いている。いつもよりも威勢がいいのは、豪勢なコース料理をデザートまでしっかり食べ終えた後だからだろうか。
《いつもながらやかましい小娘だな。よし、燃やしてやるぜ》
脳裏に木霊する声を無視し、椅子に腰かけたアマーリエは一瞬だけミリエーナを見上げた。だが、すぐに手元の絹に視線を戻す。幾日もかけて縫い上げたドレスは、あと少しで完成しようとしていた。
「ドレス一着縫うだけで何をぐずぐずしているのよ。そんなザマだから18歳にもなって婚約者の一人も決まらないんじゃない! このままじゃ行き遅れコースまっしぐらね」
険しい顔で時計を確認していたミリエーナが、腕組みしてこちらを睨め付けた。
「ねえアマーリエ、分かってるの? 私はあんたより遥かに優秀な神官なの。神々のお目に留まるべき存在なのよ。なのに、あんたがトロいせいで出遅れたらどうしてくれるのよ」
白い指がひったくるようにドレスを取り上げた。
「あ! 待って、まだ……」
「もういいわ、飾りの一つや二つなくたってどうってことないわよ」
言い捨てた妹はさっと布地に目を走らせ、満足げに頷く。
「うん、まあまあの出来じゃない。じゃあ着替えてくるわね」
バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、アマーリエは嘆息した。付けそびれた花飾りが手の中に寂しく残されている。
「あの子ったらイライラして……」
《あーあ、バカな小娘だ。最後の飾りを付けてバランスが取れるドレスだったのになぁ。気が短いのは損だな。やっぱり俺が燃やし散らしてやるか。ボボォーッとな!》
《はいはいダメよ、燃やさないで》
頭の中に直接届く心地よい声を軽くあしらいながら、走り去った妹に思いを馳せる。
《焦るのも仕方ないわよ。神の御使いになれるかもしれないんだもの》
上手くその栄誉に浴することができれば、地上にいるうちから永劫の幸福が保証される。
《生前から神使に選ばれるなんて、私には夢のまた夢だけれどね》
《ん? そんなことねえぞ。お前は神が好む清廉な魂を持ってるぜ》
《またいつものお世辞ね。リップサービスは間に合っているわ》
《いや、本当に……》
《はいはい、分かりました!》
なおも言い募ろうとする声を遮断し、一つ息を吐いて床を見つめる。
(私は期待なんてしない。……出しゃばって前みたいになるのはもうたくさんよ)
冷めた心でひとりごち、アマーリエはテーブルに目を向けた。ポツンと置かれているのは自分の食事。冷めたスープと固いパンだけだ。もそもそしたパンをちぎって口に含みながら思う。
(私は神使も婚約も、何も望まないわ)
妹の言う通り、自分に未だ婚約者はいない。破棄されたわけでも解消されたわけでもなく、それ以前の『婚約拒否』である。幼い頃からそうだった。打診してもしても、返って来るのは断りの手紙ばかり。ミリエーナの婚約者であるグランズ子爵家の嫡男シュードンに至っては、アマーリエのことを面と向かって『能無し』呼ばわりして来る。
見る目の無い奴らばかりだと『声』はバカにしていたが、これが現実だ。昔はどうにかしてどこぞの家と繋げようと躍起になっていた父も、今では匙を投げている。
(そもそも、神官としての力も最弱の私なんかと婚約したい人はいないわよね)
自虐気味に笑い、アマーリエは乾いた声で呟いた。
「さて、食べたら私も行かないと。末端でも神官なのだから」
――神々が自身の使いを選定する。
突如として世界を駆け巡ったその報に、人類は大きな衝撃を受けた。
◆◆◆
統一暦3014年10の月、上旬。
「ちょっとアマーリエ! まだできないの!?」
苛立ちを帯びた怒鳴り声が、広々とした食堂に反響した。
「もう少し待ってミリエーナ、この飾りを付けたら仕上げだから」
愛くるしい顔をしかめて腕組みしているのは妹のミリエーナ。きめ細かい金髪が明かりを弾いて輝いている。いつもよりも威勢がいいのは、豪勢なコース料理をデザートまでしっかり食べ終えた後だからだろうか。
《いつもながらやかましい小娘だな。よし、燃やしてやるぜ》
脳裏に木霊する声を無視し、椅子に腰かけたアマーリエは一瞬だけミリエーナを見上げた。だが、すぐに手元の絹に視線を戻す。幾日もかけて縫い上げたドレスは、あと少しで完成しようとしていた。
「ドレス一着縫うだけで何をぐずぐずしているのよ。そんなザマだから18歳にもなって婚約者の一人も決まらないんじゃない! このままじゃ行き遅れコースまっしぐらね」
険しい顔で時計を確認していたミリエーナが、腕組みしてこちらを睨め付けた。
「ねえアマーリエ、分かってるの? 私はあんたより遥かに優秀な神官なの。神々のお目に留まるべき存在なのよ。なのに、あんたがトロいせいで出遅れたらどうしてくれるのよ」
白い指がひったくるようにドレスを取り上げた。
「あ! 待って、まだ……」
「もういいわ、飾りの一つや二つなくたってどうってことないわよ」
言い捨てた妹はさっと布地に目を走らせ、満足げに頷く。
「うん、まあまあの出来じゃない。じゃあ着替えてくるわね」
バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、アマーリエは嘆息した。付けそびれた花飾りが手の中に寂しく残されている。
「あの子ったらイライラして……」
《あーあ、バカな小娘だ。最後の飾りを付けてバランスが取れるドレスだったのになぁ。気が短いのは損だな。やっぱり俺が燃やし散らしてやるか。ボボォーッとな!》
《はいはいダメよ、燃やさないで》
頭の中に直接届く心地よい声を軽くあしらいながら、走り去った妹に思いを馳せる。
《焦るのも仕方ないわよ。神の御使いになれるかもしれないんだもの》
上手くその栄誉に浴することができれば、地上にいるうちから永劫の幸福が保証される。
《生前から神使に選ばれるなんて、私には夢のまた夢だけれどね》
《ん? そんなことねえぞ。お前は神が好む清廉な魂を持ってるぜ》
《またいつものお世辞ね。リップサービスは間に合っているわ》
《いや、本当に……》
《はいはい、分かりました!》
なおも言い募ろうとする声を遮断し、一つ息を吐いて床を見つめる。
(私は期待なんてしない。……出しゃばって前みたいになるのはもうたくさんよ)
冷めた心でひとりごち、アマーリエはテーブルに目を向けた。ポツンと置かれているのは自分の食事。冷めたスープと固いパンだけだ。もそもそしたパンをちぎって口に含みながら思う。
(私は神使も婚約も、何も望まないわ)
妹の言う通り、自分に未だ婚約者はいない。破棄されたわけでも解消されたわけでもなく、それ以前の『婚約拒否』である。幼い頃からそうだった。打診してもしても、返って来るのは断りの手紙ばかり。ミリエーナの婚約者であるグランズ子爵家の嫡男シュードンに至っては、アマーリエのことを面と向かって『能無し』呼ばわりして来る。
見る目の無い奴らばかりだと『声』はバカにしていたが、これが現実だ。昔はどうにかしてどこぞの家と繋げようと躍起になっていた父も、今では匙を投げている。
(そもそも、神官としての力も最弱の私なんかと婚約したい人はいないわよね)
自虐気味に笑い、アマーリエは乾いた声で呟いた。
「さて、食べたら私も行かないと。末端でも神官なのだから」
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