2 / 202
第1章
2.婚約拒否されています
しおりを挟む
◆◆◆
――神々が自身の使いを選定する。
突如として世界を駆け巡ったその報に、人類は大きな衝撃を受けた。
◆◆◆
統一暦3014年10の月、上旬。
「ちょっとアマーリエ! まだできないの!?」
苛立ちを帯びた怒鳴り声が、広々とした食堂に反響した。
「もう少し待ってミリエーナ、この飾りを付けたら仕上げだから」
愛くるしい顔をしかめて腕組みしているのは妹のミリエーナ。きめ細かい金髪が明かりを弾いて輝いている。いつもよりも威勢がいいのは、豪勢なコース料理をデザートまでしっかり食べ終えた後だからだろうか。
《いつもながらやかましい小娘だな。よし、燃やしてやるぜ》
脳裏に木霊する声を無視し、椅子に腰かけたアマーリエは一瞬だけミリエーナを見上げた。だが、すぐに手元の絹に視線を戻す。幾日もかけて縫い上げたドレスは、あと少しで完成しようとしていた。
「ドレス一着縫うだけで何をぐずぐずしているのよ。そんなザマだから18歳にもなって婚約者の一人も決まらないんじゃない! このままじゃ行き遅れコースまっしぐらね」
険しい顔で時計を確認していたミリエーナが、腕組みしてこちらを睨め付けた。
「ねえアマーリエ、分かってるの? 私はあんたより遥かに優秀な神官なの。神々のお目に留まるべき存在なのよ。なのに、あんたがトロいせいで出遅れたらどうしてくれるのよ」
白い指がひったくるようにドレスを取り上げた。
「あ! 待って、まだ……」
「もういいわ、飾りの一つや二つなくたってどうってことないわよ」
言い捨てた妹はさっと布地に目を走らせ、満足げに頷く。
「うん、まあまあの出来じゃない。じゃあ着替えてくるわね」
バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、アマーリエは嘆息した。付けそびれた花飾りが手の中に寂しく残されている。
「あの子ったらイライラして……」
《あーあ、バカな小娘だ。最後の飾りを付けてバランスが取れるドレスだったのになぁ。気が短いのは損だな。やっぱり俺が燃やし散らしてやるか。ボボォーッとな!》
《はいはいダメよ、燃やさないで》
頭の中に直接届く心地よい声を軽くあしらいながら、走り去った妹に思いを馳せる。
《焦るのも仕方ないわよ。神の御使いになれるかもしれないんだもの》
上手くその栄誉に浴することができれば、地上にいるうちから永劫の幸福が保証される。
《生前から神使に選ばれるなんて、私には夢のまた夢だけれどね》
《ん? そんなことねえぞ。お前は神が好む清廉な魂を持ってるぜ》
《またいつものお世辞ね。リップサービスは間に合っているわ》
《いや、本当に……》
《はいはい、分かりました!》
なおも言い募ろうとする声を遮断し、一つ息を吐いて床を見つめる。
(私は期待なんてしない。……出しゃばって前みたいになるのはもうたくさんよ)
冷めた心でひとりごち、アマーリエはテーブルに目を向けた。ポツンと置かれているのは自分の食事。冷めたスープと固いパンだけだ。もそもそしたパンをちぎって口に含みながら思う。
(私は神使も婚約も、何も望まないわ)
妹の言う通り、自分に未だ婚約者はいない。破棄されたわけでも解消されたわけでもなく、それ以前の『婚約拒否』である。幼い頃からそうだった。打診してもしても、返って来るのは断りの手紙ばかり。ミリエーナの婚約者であるグランズ子爵家の嫡男シュードンに至っては、アマーリエのことを面と向かって『能無し』呼ばわりして来る。
見る目の無い奴らばかりだと『声』はバカにしていたが、これが現実だ。昔はどうにかしてどこぞの家と繋げようと躍起になっていた父も、今では匙を投げている。
(そもそも、神官としての力も最弱の私なんかと婚約したい人はいないわよね)
自虐気味に笑い、アマーリエは乾いた声で呟いた。
「さて、食べたら私も行かないと。末端でも神官なのだから」
――神々が自身の使いを選定する。
突如として世界を駆け巡ったその報に、人類は大きな衝撃を受けた。
◆◆◆
統一暦3014年10の月、上旬。
「ちょっとアマーリエ! まだできないの!?」
苛立ちを帯びた怒鳴り声が、広々とした食堂に反響した。
「もう少し待ってミリエーナ、この飾りを付けたら仕上げだから」
愛くるしい顔をしかめて腕組みしているのは妹のミリエーナ。きめ細かい金髪が明かりを弾いて輝いている。いつもよりも威勢がいいのは、豪勢なコース料理をデザートまでしっかり食べ終えた後だからだろうか。
《いつもながらやかましい小娘だな。よし、燃やしてやるぜ》
脳裏に木霊する声を無視し、椅子に腰かけたアマーリエは一瞬だけミリエーナを見上げた。だが、すぐに手元の絹に視線を戻す。幾日もかけて縫い上げたドレスは、あと少しで完成しようとしていた。
「ドレス一着縫うだけで何をぐずぐずしているのよ。そんなザマだから18歳にもなって婚約者の一人も決まらないんじゃない! このままじゃ行き遅れコースまっしぐらね」
険しい顔で時計を確認していたミリエーナが、腕組みしてこちらを睨め付けた。
「ねえアマーリエ、分かってるの? 私はあんたより遥かに優秀な神官なの。神々のお目に留まるべき存在なのよ。なのに、あんたがトロいせいで出遅れたらどうしてくれるのよ」
白い指がひったくるようにドレスを取り上げた。
「あ! 待って、まだ……」
「もういいわ、飾りの一つや二つなくたってどうってことないわよ」
言い捨てた妹はさっと布地に目を走らせ、満足げに頷く。
「うん、まあまあの出来じゃない。じゃあ着替えてくるわね」
バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、アマーリエは嘆息した。付けそびれた花飾りが手の中に寂しく残されている。
「あの子ったらイライラして……」
《あーあ、バカな小娘だ。最後の飾りを付けてバランスが取れるドレスだったのになぁ。気が短いのは損だな。やっぱり俺が燃やし散らしてやるか。ボボォーッとな!》
《はいはいダメよ、燃やさないで》
頭の中に直接届く心地よい声を軽くあしらいながら、走り去った妹に思いを馳せる。
《焦るのも仕方ないわよ。神の御使いになれるかもしれないんだもの》
上手くその栄誉に浴することができれば、地上にいるうちから永劫の幸福が保証される。
《生前から神使に選ばれるなんて、私には夢のまた夢だけれどね》
《ん? そんなことねえぞ。お前は神が好む清廉な魂を持ってるぜ》
《またいつものお世辞ね。リップサービスは間に合っているわ》
《いや、本当に……》
《はいはい、分かりました!》
なおも言い募ろうとする声を遮断し、一つ息を吐いて床を見つめる。
(私は期待なんてしない。……出しゃばって前みたいになるのはもうたくさんよ)
冷めた心でひとりごち、アマーリエはテーブルに目を向けた。ポツンと置かれているのは自分の食事。冷めたスープと固いパンだけだ。もそもそしたパンをちぎって口に含みながら思う。
(私は神使も婚約も、何も望まないわ)
妹の言う通り、自分に未だ婚約者はいない。破棄されたわけでも解消されたわけでもなく、それ以前の『婚約拒否』である。幼い頃からそうだった。打診してもしても、返って来るのは断りの手紙ばかり。ミリエーナの婚約者であるグランズ子爵家の嫡男シュードンに至っては、アマーリエのことを面と向かって『能無し』呼ばわりして来る。
見る目の無い奴らばかりだと『声』はバカにしていたが、これが現実だ。昔はどうにかしてどこぞの家と繋げようと躍起になっていた父も、今では匙を投げている。
(そもそも、神官としての力も最弱の私なんかと婚約したい人はいないわよね)
自虐気味に笑い、アマーリエは乾いた声で呟いた。
「さて、食べたら私も行かないと。末端でも神官なのだから」
26
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

断罪された大聖女は死に戻り地味に生きていきたい
花音月雫
ファンタジー
幼い頃に大聖女に憧れたアイラ。でも大聖女どころか聖女にもなれずその後の人生も全て上手くいかず気がつくと婚約者の王太子と幼馴染に断罪されていた!天使と交渉し時が戻ったアイラは家族と自分が幸せになる為地味に生きていこうと決心するが......。何故か周りがアイラをほっといてくれない⁉︎そして次から次へと事件に巻き込まれて......。地味に目立たなく生きて行きたいのにどんどん遠ざかる⁉︎執着系溺愛ストーリー。

聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。
彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。
メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。
※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。
※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。
※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る
月
ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。
能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。
しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。
——それも、多くの使用人が見ている中で。
シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。
そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。
父も、兄も、誰も会いに来てくれない。
生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。
意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。
そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。
一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。
自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら
たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。
その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。
しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。
奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。
これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる