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第4章 旅の終わり
日誌の中身
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「いやー、眩しいのう!」
公園の入り口に立つと、ここがこの世界の中心であることを改めて実感する。桜の木そのものが光源であり、この異世界を形成する核になっているのだと、今は思う。
「それ口癖?別に眩しくはないでしょうよ。んーでも、こんなに綺麗だったかな?」
「元々ほぼ満開だったからなあ……でも言われてみると確かに」
そういや、爺ちゃんが昔よく言っていた口癖がある。『桜の見頃は一瞬だ』と。満開の瞬間はあっという間で、次に瞬きをしたら『それ』は過ぎているものだ、と。もしかすると、もうすぐその瞬間が来るのかもしれない。
近づくにつれて、その輝きは木の内側から滲み出ているように見えてきた。まるで、生命の泉のように。無風の中落ちる花びらは、その力強い息吹を受け取っているからであろう。目の前で舞うそれら一枚一枚が、地面に落ちる最期まで、強く輝いている。
「懐かしいな。ここを掘ったのがまさか今日のことだとは」
トシが、掘りっぱなしの穴を覗き込んでしみじみと呟く。そういえば、序盤トシの体力には驚かされたっけ。
「てかそこ埋めてないじゃん。直しとかないと」
「え、埋めるんか?」
「私らが戻ったらそこ永遠に穴空いたままでしょ。『来た時よりも美しく』が日本人のマナーよ」
「おまっ、他人ん家の倉庫散々荒らしといて何言っとんじゃ」
そう言いながらショベルを取りに行くトシが、何ともトシらしい。
「さて、その間にコレを解読しないと」
対してサクラは、木の真下に座るとそのままもたれ掛かり日誌を眺め始めた。まるで、休日に公園で読書を嗜む大人のようだ。優雅な割には表紙には変なの——ガムテープ——が付いてるけど。
「どう?読めるか?」
「……全然分かんない。達筆すぎる」
上から覗き込むと、そこには見覚えのある『暗号』がびっしり。残念ながら、二十五年前とは言えど保存状態云々の次元ではなかった。読めないものは読めない。
でも、サクラは冷静に、一ページ一ページを丁寧に眺めていく。そこに読めるか読めないかは関係ない。何でも良いから手がかりを見つけるんだ、そんな真剣な目をしている。
暫くすると、十数ページはめくったであろう右手が、その動きを止め、めくって戻ってを繰り返し始めた。まだ日誌の半分も行かない辺りだろうか。
「なんかあった?」
「……多分だけど、ここで人が変わった」
「え?」
サクラが繰り返すそのページを見ても、俺にはその違いがいまいち分からない。まあ言われてみればほんの少し読みやすくなった気がしなくもないけども、結局のところ読めないことに変わりはない。
「持ち主が変わったのかな?」
「んー……引き継いだんでしょうね」
引き継いだ、か……俺が爺ちゃんから託されたのと同じように……?
となれば、この日誌自体は恐らく、俺の祖先が代々受け継いでいると考えて良いだろう。爺ちゃんが若かりし頃に酒とセットで偶々見つけた、なんてことじゃない限り。
でもトシは中三の段階でこの日誌を知らなくて、ただ酒は家で見つけているから、まあ多分この推理は間違ってないだろう。しかも、遺言を聞いたとき『桜の木を植えたのはご先祖様だ』みたいなこと爺ちゃん言ってたし。……言ってたよな?
気になるのは、この日誌が何世代に渡って受け継がれているのか。
そして何より、この異世界に来るには『この酒』じゃないとダメなのか。
偶々持っていた酒を飲んでこの世界を知ったご先祖が日誌を書いたのかもしれないし、この酒だけが特別なのかもしれない。まあ、解読出来ない以上全て憶測にしかならないけども。
あれ、でも……仮にこの酒が特別だった場合、現実で飲み干したらもうこの異世界には来れないってことにならないか?それに、この酒は佐野家で受け継いでるわけだから、サクラがこれを飲んでいる……ということになり……?
——もしかしてコイツ、身内!?
「ハル!!」
「うェイ!!」
タイミング良く過去一番の大声を上げるサクラに、俺は全力で驚かされた。飛び跳ねた衝撃でなのか、先程の思考がまるで白紙に戻ったかのように我に返る。
サクラの方を向くと、サクラは俺を呼んだくせに視線は変わらず真下を向いていた。その、膝に置かれた見開きのページを、ただじっと見つめている。
「何か、分かったのか?」
「……あれからまた人が変わったっぽいんだけど」
「ほう……?」
「…………」
結局無言になるサクラの視線を追うように、俺はしゃがんでそのページを覗いた。
どうせ俺には読めないだろう。そんなお気楽な気持ちで見た一文目——
俺は、目を見開いた。
『次の者に託するが為、我が経験を此処に記す。』
「これ……」
それは、決して現実で読み飛ばして良い内容ではなかった。まさに、これは俺たち未来の人間の為に書かれた、この異世界の……説明書だ。
公園の入り口に立つと、ここがこの世界の中心であることを改めて実感する。桜の木そのものが光源であり、この異世界を形成する核になっているのだと、今は思う。
「それ口癖?別に眩しくはないでしょうよ。んーでも、こんなに綺麗だったかな?」
「元々ほぼ満開だったからなあ……でも言われてみると確かに」
そういや、爺ちゃんが昔よく言っていた口癖がある。『桜の見頃は一瞬だ』と。満開の瞬間はあっという間で、次に瞬きをしたら『それ』は過ぎているものだ、と。もしかすると、もうすぐその瞬間が来るのかもしれない。
近づくにつれて、その輝きは木の内側から滲み出ているように見えてきた。まるで、生命の泉のように。無風の中落ちる花びらは、その力強い息吹を受け取っているからであろう。目の前で舞うそれら一枚一枚が、地面に落ちる最期まで、強く輝いている。
「懐かしいな。ここを掘ったのがまさか今日のことだとは」
トシが、掘りっぱなしの穴を覗き込んでしみじみと呟く。そういえば、序盤トシの体力には驚かされたっけ。
「てかそこ埋めてないじゃん。直しとかないと」
「え、埋めるんか?」
「私らが戻ったらそこ永遠に穴空いたままでしょ。『来た時よりも美しく』が日本人のマナーよ」
「おまっ、他人ん家の倉庫散々荒らしといて何言っとんじゃ」
そう言いながらショベルを取りに行くトシが、何ともトシらしい。
「さて、その間にコレを解読しないと」
対してサクラは、木の真下に座るとそのままもたれ掛かり日誌を眺め始めた。まるで、休日に公園で読書を嗜む大人のようだ。優雅な割には表紙には変なの——ガムテープ——が付いてるけど。
「どう?読めるか?」
「……全然分かんない。達筆すぎる」
上から覗き込むと、そこには見覚えのある『暗号』がびっしり。残念ながら、二十五年前とは言えど保存状態云々の次元ではなかった。読めないものは読めない。
でも、サクラは冷静に、一ページ一ページを丁寧に眺めていく。そこに読めるか読めないかは関係ない。何でも良いから手がかりを見つけるんだ、そんな真剣な目をしている。
暫くすると、十数ページはめくったであろう右手が、その動きを止め、めくって戻ってを繰り返し始めた。まだ日誌の半分も行かない辺りだろうか。
「なんかあった?」
「……多分だけど、ここで人が変わった」
「え?」
サクラが繰り返すそのページを見ても、俺にはその違いがいまいち分からない。まあ言われてみればほんの少し読みやすくなった気がしなくもないけども、結局のところ読めないことに変わりはない。
「持ち主が変わったのかな?」
「んー……引き継いだんでしょうね」
引き継いだ、か……俺が爺ちゃんから託されたのと同じように……?
となれば、この日誌自体は恐らく、俺の祖先が代々受け継いでいると考えて良いだろう。爺ちゃんが若かりし頃に酒とセットで偶々見つけた、なんてことじゃない限り。
でもトシは中三の段階でこの日誌を知らなくて、ただ酒は家で見つけているから、まあ多分この推理は間違ってないだろう。しかも、遺言を聞いたとき『桜の木を植えたのはご先祖様だ』みたいなこと爺ちゃん言ってたし。……言ってたよな?
気になるのは、この日誌が何世代に渡って受け継がれているのか。
そして何より、この異世界に来るには『この酒』じゃないとダメなのか。
偶々持っていた酒を飲んでこの世界を知ったご先祖が日誌を書いたのかもしれないし、この酒だけが特別なのかもしれない。まあ、解読出来ない以上全て憶測にしかならないけども。
あれ、でも……仮にこの酒が特別だった場合、現実で飲み干したらもうこの異世界には来れないってことにならないか?それに、この酒は佐野家で受け継いでるわけだから、サクラがこれを飲んでいる……ということになり……?
——もしかしてコイツ、身内!?
「ハル!!」
「うェイ!!」
タイミング良く過去一番の大声を上げるサクラに、俺は全力で驚かされた。飛び跳ねた衝撃でなのか、先程の思考がまるで白紙に戻ったかのように我に返る。
サクラの方を向くと、サクラは俺を呼んだくせに視線は変わらず真下を向いていた。その、膝に置かれた見開きのページを、ただじっと見つめている。
「何か、分かったのか?」
「……あれからまた人が変わったっぽいんだけど」
「ほう……?」
「…………」
結局無言になるサクラの視線を追うように、俺はしゃがんでそのページを覗いた。
どうせ俺には読めないだろう。そんなお気楽な気持ちで見た一文目——
俺は、目を見開いた。
『次の者に託するが為、我が経験を此処に記す。』
「これ……」
それは、決して現実で読み飛ばして良い内容ではなかった。まさに、これは俺たち未来の人間の為に書かれた、この異世界の……説明書だ。
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