上 下
20 / 34
第3章 過去と未来

始まりの地へ

しおりを挟む
「……あッ!!」

 閃いた。というより、思い出した。現実での、あの箱を開けた時の、日誌を取り出した手の感覚を。


 上から順に、両手で板の裏側を探っていく。一段目、二段目、三段目……最後、四段目…………!


「あった!」

 大学ノート二冊分の厚さの『何か』が、十字に貼られたガムテープと共に手に触れた。
 焦らず、一度冷静に。下手に破れないよう、丁寧に剥がしていく。

「鍵見つかったんか!?」

「いや、鍵ではないけど、多分重要なやつ」

「もしかして……?」

「ああ……多分」

 剥がした後のそれは間違いなく、あの時触った感覚と同じ。大きさ、重さ、そしてこの不自然に思ったガムテープ。これは、爺ちゃんに託されたノートだ。
 少しだけ違和感を感じたのは、ノートの真ん中が気持ちボコっと膨らんでいる気がしたこと。でもそれはめくってみてすぐ理由が分かった。
 
 こんなところに隠していたとは……。

「さっきの撤回。鍵、出てきた」

「ホンマか!?」

 自転車の鍵と同程度のサイズ。恐らくこれは、サイドチェストの鍵に違いない。これで、あそこに酒があれば——。

「トシ、試してきて」

 サクラは一度俺から鍵を受け取り、そのままトシに託す。トシは待ってましたとばかりに勢い良く駆け出し、角を曲がって行った。

「ふう……どうにかなりそうね」

 安心したのか、サクラはそのまま地面にしゃがみ込んだ。
 まだ全てが揃ったわけではないけど、ここまでずっと思うようにならなかったから無理もない。俺も無意識のうちに、空を見上げため息を漏らしていた。

「あとは、その日誌とやらに帰るヒントが載ってるんだっけ」

「そうだな……お爺さんの話通りなら」

 最後に残る懸念は、ちゃんとそれを解読できるのかどうか。まあ、保存期間が二十五年短くなったと考えれば、少なくともあの時よりは読みやすくなっていることだろう。

「行こうサクラ。もう真っ暗なのは御免だ」

「待って。なんかドッと疲れて立てない」

「お前……そんなとこ座るなケツ汚れるぞ?」

「なに一丁前に保護者みたいなこと言ってんのよ。あとレディにケツとか言うな」

「はいはいオケツ汚れるから立ってくださいレディさん」

 無言で手を伸ばすサクラにやや呆れながらも、俺はその手を取りゆっくりと引っ張った。小うるさい姉貴の時もあれば、逞しいお姉さんの時もあり、変なところでガキっぽい女子でもある。まったくもって不思議なヤツだ。


 森を抜け、池の横を通り芝生に差し掛かると、タイミングを合わせるように玄関からトシが出てきた。高々と挙げたその右手には、布に包まれた『何か』が握られている。

 すると、それを見てなのか、またしてもサクラは地面に体を預けた。大の字で空を見上げる姿を見るに、きっとサクラも確信したのだろう。その紫色の布は、俺も見覚えがある。

「やったな」

「おお。ご丁寧に横向きで仕舞われとったわい」

 トシが布をめくると、顔を出したのは公園で見た容器そのもの。つまり、これでようやく、俺たちは探し続けていた酒を手に入れたわけだ。時間の経過は全く分からないけど、振り返れば長いようで短かった気がする。

「やっと、帰れるわね」

 仰向けのまま、サクラが呟く。トシは真似するように芝生に寝転がった。二人から伝わってくる安堵は、俺の体からも力を吸い取った。

 全身で感じる芝生は多分小学生以来だ。草の匂いを感じないのが現実と若干違うところだけど、不思議と『記憶』が嗅覚を働かせる。目の前に広がる桃色の夜空は、間違いなく今この瞬間でしか味わえないだろう。現実ではこの空を拝むことはまずできない。星も月も出ていない殺風景な空間なのに、改めて見ると、綺麗だ。
 
 そこから暫くの間、俺たちは無言のまま夜空を眺めた。
 不安と緊張から解放された反動なのか、脱力しきった体がただそれを望んでいた。早く現実に戻った方が良いことは分かっているのだけれど、来てからの時間を考えると今更ジタバタしてもさして変わりはしない。

「……いざ帰れるとなると、それはそれで寂しいのう」

 徐にトシが呟く。声のトーンから、それは決して帰ることへの躊躇いを含んでいるものではなかった。トシがこの世界に来てからを振り返っての一言だろう。

「大丈夫。そのうち忘れるわよ、今日のことなんて」

「おまんど偉い冷めた事言うのう!」

「ふふ。じゃあ帰ったらこの日誌に記録でもつけておくことね」

「いや、わいあっちでそれ見たことねえぞ?二人は知っとんか?」

「私は知らないけど、ハルは見たらしいよ」

「何が書いとんじゃ?」

「いやあ、それがほぼ読めなかったって記憶しかない」

「ここじゃ絶妙に暗くて文字読めないのよねー。やっぱり……始まりの地に行きますか」

「「始まりの地?」」

「決まってるでしょ。『桜の公園』よ」

 いつの間にか、寝転がっていたはずのサクラが目の前で手を伸ばし、俺が起き上がるのを待っている。さっきのお返しなのか何なのか、それを見て思わず笑みがこぼれてしまった。まったく……重労働を嫌がっていたのが懐かしい。
 手を握り、立ち上がった瞬間の体は、些か軽くなったように感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

切り抜き師の俺、同じクラスに推しのVtuberがいる

星宮 嶺
青春
冴木陽斗はVtuberの星野ソラを推している。 陽斗は星野ソラを広めるために切り抜き師になり応援をしていくがその本人は同じクラスにいた。 まさか同じクラスにいるとは思いもせず星野ソラへの思いを語る陽斗。 陽斗が話をしているのを聞いてしまい、クラスメイトが切り抜きをしてくれていると知り、嬉しさと恥ずかしさの狭間でバレないように活動する大森美優紀(星野ソラ)の物語

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

僕のペナントライフ

遊馬友仁
キャラ文芸
〜僕はいかにして心配することを止めてタイガースを愛するようになったか?〜 「なんでやねん!? タイガース……」 頭を抱え続けて15年余り。熱病にとりつかれたファンの人生はかくも辛い。 すべてのスケジュールは試合日程と結果次第。 頭のなかでは、常に自分の精神状態とチームの状態が、こんがらがっている。 ライフプランなんて、とてもじゃないが、立てられたもんじゃない。 このチームを応援し続けるのは、至高の「推し活」か? それとも、究極の「愚行」なのか? 2023年のペナント・レースを通じて、僕には、その答えが見えてきた――――――。

処理中です...