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第3章 過去と未来
始まりの地へ
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「……あッ!!」
閃いた。というより、思い出した。現実での、あの箱を開けた時の、日誌を取り出した手の感覚を。
上から順に、両手で板の裏側を探っていく。一段目、二段目、三段目……最後、四段目…………!
「あった!」
大学ノート二冊分の厚さの『何か』が、十字に貼られたガムテープと共に手に触れた。
焦らず、一度冷静に。下手に破れないよう、丁寧に剥がしていく。
「鍵見つかったんか!?」
「いや、鍵ではないけど、多分重要なやつ」
「もしかして……?」
「ああ……多分」
剥がした後のそれは間違いなく、あの時触った感覚と同じ。大きさ、重さ、そしてこの不自然に思ったガムテープ。これは、爺ちゃんに託されたノートだ。
少しだけ違和感を感じたのは、ノートの真ん中が気持ちボコっと膨らんでいる気がしたこと。でもそれはめくってみてすぐ理由が分かった。
こんなところに隠していたとは……。
「さっきの撤回。鍵、出てきた」
「ホンマか!?」
自転車の鍵と同程度のサイズ。恐らくこれは、サイドチェストの鍵に違いない。これで、あそこに酒があれば——。
「トシ、試してきて」
サクラは一度俺から鍵を受け取り、そのままトシに託す。トシは待ってましたとばかりに勢い良く駆け出し、角を曲がって行った。
「ふう……どうにかなりそうね」
安心したのか、サクラはそのまま地面にしゃがみ込んだ。
まだ全てが揃ったわけではないけど、ここまでずっと思うようにならなかったから無理もない。俺も無意識のうちに、空を見上げため息を漏らしていた。
「あとは、その日誌とやらに帰るヒントが載ってるんだっけ」
「そうだな……お爺さんの話通りなら」
最後に残る懸念は、ちゃんとそれを解読できるのかどうか。まあ、保存期間が二十五年短くなったと考えれば、少なくともあの時よりは読みやすくなっていることだろう。
「行こうサクラ。もう真っ暗なのは御免だ」
「待って。なんかドッと疲れて立てない」
「お前……そんなとこ座るなケツ汚れるぞ?」
「なに一丁前に保護者みたいなこと言ってんのよ。あとレディにケツとか言うな」
「はいはいオケツ汚れるから立ってくださいレディさん」
無言で手を伸ばすサクラにやや呆れながらも、俺はその手を取りゆっくりと引っ張った。小うるさい姉貴の時もあれば、逞しいお姉さんの時もあり、変なところでガキっぽい女子でもある。まったくもって不思議なヤツだ。
森を抜け、池の横を通り芝生に差し掛かると、タイミングを合わせるように玄関からトシが出てきた。高々と挙げたその右手には、布に包まれた『何か』が握られている。
すると、それを見てなのか、またしてもサクラは地面に体を預けた。大の字で空を見上げる姿を見るに、きっとサクラも確信したのだろう。その紫色の布は、俺も見覚えがある。
「やったな」
「おお。ご丁寧に横向きで仕舞われとったわい」
トシが布をめくると、顔を出したのは公園で見た容器そのもの。つまり、これでようやく、俺たちは探し続けていた酒を手に入れたわけだ。時間の経過は全く分からないけど、振り返れば長いようで短かった気がする。
「やっと、帰れるわね」
仰向けのまま、サクラが呟く。トシは真似するように芝生に寝転がった。二人から伝わってくる安堵は、俺の体からも力を吸い取った。
全身で感じる芝生は多分小学生以来だ。草の匂いを感じないのが現実と若干違うところだけど、不思議と『記憶』が嗅覚を働かせる。目の前に広がる桃色の夜空は、間違いなく今この瞬間でしか味わえないだろう。現実ではこの空を拝むことはまずできない。星も月も出ていない殺風景な空間なのに、改めて見ると、綺麗だ。
そこから暫くの間、俺たちは無言のまま夜空を眺めた。
不安と緊張から解放された反動なのか、脱力しきった体がただそれを望んでいた。早く現実に戻った方が良いことは分かっているのだけれど、来てからの時間を考えると今更ジタバタしてもさして変わりはしない。
「……いざ帰れるとなると、それはそれで寂しいのう」
徐にトシが呟く。声のトーンから、それは決して帰ることへの躊躇いを含んでいるものではなかった。トシがこの世界に来てからを振り返っての一言だろう。
「大丈夫。そのうち忘れるわよ、今日のことなんて」
「おまんど偉い冷めた事言うのう!」
「ふふ。じゃあ帰ったらこの日誌に記録でもつけておくことね」
「いや、わいあっちでそれ見たことねえぞ?二人は知っとんか?」
「私は知らないけど、ハルは見たらしいよ」
「何が書いとんじゃ?」
「いやあ、それがほぼ読めなかったって記憶しかない」
「ここじゃ絶妙に暗くて文字読めないのよねー。やっぱり……始まりの地に行きますか」
「「始まりの地?」」
「決まってるでしょ。『桜の公園』よ」
いつの間にか、寝転がっていたはずのサクラが目の前で手を伸ばし、俺が起き上がるのを待っている。さっきのお返しなのか何なのか、それを見て思わず笑みがこぼれてしまった。まったく……重労働を嫌がっていたのが懐かしい。
手を握り、立ち上がった瞬間の体は、些か軽くなったように感じた。
閃いた。というより、思い出した。現実での、あの箱を開けた時の、日誌を取り出した手の感覚を。
上から順に、両手で板の裏側を探っていく。一段目、二段目、三段目……最後、四段目…………!
「あった!」
大学ノート二冊分の厚さの『何か』が、十字に貼られたガムテープと共に手に触れた。
焦らず、一度冷静に。下手に破れないよう、丁寧に剥がしていく。
「鍵見つかったんか!?」
「いや、鍵ではないけど、多分重要なやつ」
「もしかして……?」
「ああ……多分」
剥がした後のそれは間違いなく、あの時触った感覚と同じ。大きさ、重さ、そしてこの不自然に思ったガムテープ。これは、爺ちゃんに託されたノートだ。
少しだけ違和感を感じたのは、ノートの真ん中が気持ちボコっと膨らんでいる気がしたこと。でもそれはめくってみてすぐ理由が分かった。
こんなところに隠していたとは……。
「さっきの撤回。鍵、出てきた」
「ホンマか!?」
自転車の鍵と同程度のサイズ。恐らくこれは、サイドチェストの鍵に違いない。これで、あそこに酒があれば——。
「トシ、試してきて」
サクラは一度俺から鍵を受け取り、そのままトシに託す。トシは待ってましたとばかりに勢い良く駆け出し、角を曲がって行った。
「ふう……どうにかなりそうね」
安心したのか、サクラはそのまま地面にしゃがみ込んだ。
まだ全てが揃ったわけではないけど、ここまでずっと思うようにならなかったから無理もない。俺も無意識のうちに、空を見上げため息を漏らしていた。
「あとは、その日誌とやらに帰るヒントが載ってるんだっけ」
「そうだな……お爺さんの話通りなら」
最後に残る懸念は、ちゃんとそれを解読できるのかどうか。まあ、保存期間が二十五年短くなったと考えれば、少なくともあの時よりは読みやすくなっていることだろう。
「行こうサクラ。もう真っ暗なのは御免だ」
「待って。なんかドッと疲れて立てない」
「お前……そんなとこ座るなケツ汚れるぞ?」
「なに一丁前に保護者みたいなこと言ってんのよ。あとレディにケツとか言うな」
「はいはいオケツ汚れるから立ってくださいレディさん」
無言で手を伸ばすサクラにやや呆れながらも、俺はその手を取りゆっくりと引っ張った。小うるさい姉貴の時もあれば、逞しいお姉さんの時もあり、変なところでガキっぽい女子でもある。まったくもって不思議なヤツだ。
森を抜け、池の横を通り芝生に差し掛かると、タイミングを合わせるように玄関からトシが出てきた。高々と挙げたその右手には、布に包まれた『何か』が握られている。
すると、それを見てなのか、またしてもサクラは地面に体を預けた。大の字で空を見上げる姿を見るに、きっとサクラも確信したのだろう。その紫色の布は、俺も見覚えがある。
「やったな」
「おお。ご丁寧に横向きで仕舞われとったわい」
トシが布をめくると、顔を出したのは公園で見た容器そのもの。つまり、これでようやく、俺たちは探し続けていた酒を手に入れたわけだ。時間の経過は全く分からないけど、振り返れば長いようで短かった気がする。
「やっと、帰れるわね」
仰向けのまま、サクラが呟く。トシは真似するように芝生に寝転がった。二人から伝わってくる安堵は、俺の体からも力を吸い取った。
全身で感じる芝生は多分小学生以来だ。草の匂いを感じないのが現実と若干違うところだけど、不思議と『記憶』が嗅覚を働かせる。目の前に広がる桃色の夜空は、間違いなく今この瞬間でしか味わえないだろう。現実ではこの空を拝むことはまずできない。星も月も出ていない殺風景な空間なのに、改めて見ると、綺麗だ。
そこから暫くの間、俺たちは無言のまま夜空を眺めた。
不安と緊張から解放された反動なのか、脱力しきった体がただそれを望んでいた。早く現実に戻った方が良いことは分かっているのだけれど、来てからの時間を考えると今更ジタバタしてもさして変わりはしない。
「……いざ帰れるとなると、それはそれで寂しいのう」
徐にトシが呟く。声のトーンから、それは決して帰ることへの躊躇いを含んでいるものではなかった。トシがこの世界に来てからを振り返っての一言だろう。
「大丈夫。そのうち忘れるわよ、今日のことなんて」
「おまんど偉い冷めた事言うのう!」
「ふふ。じゃあ帰ったらこの日誌に記録でもつけておくことね」
「いや、わいあっちでそれ見たことねえぞ?二人は知っとんか?」
「私は知らないけど、ハルは見たらしいよ」
「何が書いとんじゃ?」
「いやあ、それがほぼ読めなかったって記憶しかない」
「ここじゃ絶妙に暗くて文字読めないのよねー。やっぱり……始まりの地に行きますか」
「「始まりの地?」」
「決まってるでしょ。『桜の公園』よ」
いつの間にか、寝転がっていたはずのサクラが目の前で手を伸ばし、俺が起き上がるのを待っている。さっきのお返しなのか何なのか、それを見て思わず笑みがこぼれてしまった。まったく……重労働を嫌がっていたのが懐かしい。
手を握り、立ち上がった瞬間の体は、些か軽くなったように感じた。
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