夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

文字の大きさ
上 下
18 / 34
第3章 過去と未来

未練

しおりを挟む
「ああ、流石鋭いのう」

 お爺さんは立ち上がり、ゆっくり伸びをしてみせる。

「ちょっとした未練があってのう。最後の時間旅行をしているところだ」

「未練……?」

「これも詳しくは話せないがな。なに、お前たちが気にすることはない。今までの話で察しがつくだろうが、未来と違って過去を知ることは問題ない。知ったところで過去は過去。変えることはできん。それに……」

 桃色の夜空を見上げ、儚くもはっきりと言い放った。


「儂はここで生涯を終えるつもりじゃ」


 さらっと言い放ったその言葉の意味をイマイチ咀嚼しきれず、俺は頭に『?』が浮かんだ。

 ここで生涯を終える——。

 こことは、この異世界のこと?

 つまり、ここで、残りの人生を過ごす……と?

 
 ポカンとする俺を他所目に、サクラは勢いよく立ち上がった。

「どういうこと?」

「そのまんまの意味じゃ。現実にはもう戻らん。……いや、『戻れない』と言った方が正しいかもしれんな」
 
 戻れない……?

「……日誌に書いてないんじゃが、この旅には大きなリスクが二つある。一つは、片方の世界に居る間、もう片方の記憶が曖昧になること。時代が遠ければ遠いほどその傾向がある。もう一つは、この世界でをすると、またぐ前の記憶が薄れること。これも同様に、遠ければ遠いほど。そして、跨げば跨ぐほど、じゃ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ——!」

 いきなり重要な情報が多すぎる。一つ目はつまり、この異世界にいる間は現実世界の記憶が曖昧になりやすいってことで……わざわざ『片方』と表現したってことは、もし現実に帰ったらここでの記憶がまた曖昧になる、と?

 もう一つの『時間跨ぎ』とは何だ?時間を跨ぐ……跨ぐ……あ、この異世界に居る状態で、別の時代に飛ぶってことか!?……いや、そんなことできるのか?

「つまり、あなたは今、記憶が薄れて現実に戻る方法が分からないってこと?」

「まあ、そんなところじゃ」

「いや、でも、さっきお爺さん知ってる口ぶりじゃなかったか?」

「ふふ……厳密に言うと戻る方法は分かる。が、肝心なのはそこじゃない」

 どういうことだ……?さっぱりわからない。

「なるほど」

「いや分かったんかい」

「でも、それなら見過ごすわけにはいかないわ。あなたが帰らないとまた未来が変わる可能性あるじゃない」

「……安心せい。儂のはもう十分育っておる。儂が老衰で死のうが意識不明のまま死のうが、それは些末な問題に過ぎん」

 今サラッと言ったけど、こっちに居る間、現実の自分は意識不明ってことになるのか?寝てる状態と意識不明はだいぶ意味合いが変わってくるぞ……俺が発見されて今頃大騒ぎになっていないといいが。

 サクラは、何処か納得がいかない様子で悩ましげに溜息を漏らす。

「その口調だと、仮に戻れるとしても戻る気ないわよね?」

「……察しが良くて助かる。先も言ったが、まだ未練が残っていてな」

「だから、その未練ってなんだ——」

 と、その時。遠くの方から「ハルー!サクラー!」という声が聞こえてきた。この声は、今度こそ間違いなくトシだ。
 
 それに反応してか、桃色の夜空を眺めていたお爺さんは「おっと」と我に返ったように視線を俺たちに戻す。

「語れないと言いっておきながら、ついつい喋り過ぎた。過去の人間に会うのは流石にマズいのでな、話はここまでじゃ」

 お爺さんは後を振り向き、そのままゆっくりと歩き始めた。夜空が照らす空間から身を隠すように、庭の奥へと進んで行く。

「待って!一つだけ教えて」

 サクラが小さい声で叫んだ。

「あの倉庫に鍵を掛けたのは、あなた?」

 お爺さんは、しばらくその返答を濁した。無言で、何処へ繋がっているのかも分からない庭の奥へとただ歩き続けた。そして——

「お前たちが本当に帰るならば、その答えはきっと分かるはずじゃ」

 その一言を最後に、お爺さんは完全に俺たちの視界から消えた。


「……なるほどねえ」

 親指を唇に当て何か思い耽る様子のサクラ。
 俺はその横顔を、ポカンと口を開けたまま、ぼんやりと眺めることしかできなかった。俺には何が『なるほど』なのか、全然理解できない。一体あの会話のどの部分で何を導き出そうとしているのか。つい最近まで勉強していた入試の論説文なんかよりよっぽど難解。だからこそ、今目の前にいるこの『お姉さん』が、凄く逞しく見える。

「とりあえず、追うか?」

「いや、下手に追ってトシが接触するのはマズい気がする。いい?お爺さんの話は一旦ことにするわよ」

「お、おお……?」

 どうやら、サクラなりの本能的な危機管理が働いたのだろう。俺の取捨選択と多分同じ。ならばそれは、きっと正しい判断だ。



「こんなところにおったか!まったく、探したぞ」

 声が聞こえてから三、四分が経ったころ、池側から回ってきたトシがようやく姿を現した。よく考えたら返事をしてないってのもあるけど、半周するのに数分かかるってのがこの家の広さをまた物語っている。

「和室は何も無かったから、ハルと庭の探索してたわ。そっちは何か見つかった?」

「おお!実はのう、鍵は無かったんじゃが、すげーもん見つけたぞ!」

 そう言ってトシは、何やら手に持っていた厚紙のようなものを俺たちの前に広げた。

「こ、これ……」

 俺は、思わず息を呑んだ。それは、現実に戻るにはさほど必要のない情報かもしれない。けれど、俺たちの状況を理解するには一番必要な情報だ。

「カレンダーじゃ!わいも見た時はびっくりしたぞ!腰抜けるかと思ったわ」


 それは、ありふれたA3サイズのマンスリーカレンダー。日本の何処かの写真が大きく写り、その下にやや大きく
『4月』という表記。そして、その右端——。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後はネットで待ち合わせ

星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】 高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。 何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。 翌日、萌はルビーと出会う。 女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。 彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。 初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

#消えたい僕は君に150字の愛をあげる

川奈あさ
青春
旧題:透明な僕たちが色づいていく 誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...