夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

文字の大きさ
上 下
17 / 34
第3章 過去と未来

未来への責任

しおりを挟む
 衝撃の一言。一瞬、奈落の底に突き落とされた気分になった。
 俺たちが目指していたものの先に、まだ『何か』があるのか、と。

「どういうこと?」

「さてな……残念ながら、迂闊にあれこれ教えるわけにはいかんのだ。お前たちがそれを見てこっちに来ていないのであれば尚更な」

 どういうことなのか、話の筋が全く見えてこない。でも一つだけ……何となく分かるのは、このお爺さんは決して俺たちに意地悪をしているわけじゃないってこと。そういう感じの口調ではない。


「……未来が変わる、かもしれないから?」

 
 サクラは独り言のように呟いた。


「おお、どうやら未来の子供は昔よりずっと賢いようだな。その通りだ」

 麦わら帽子が、小さく前後に揺れる。

 サクラは振り返らなかった。ただずっと、お爺さんの見えない表情を見据えるように、真っ直ぐな目を向けている。

「でも、どうして……未来が変わるって分かるんだ?」

 俺が問うと、お爺さんは少し考える仕草を見せた。どこまで話そうか、といった具合だろう。暫くして、その悩ましげな雰囲気を解いて、口を開いた。

「儂は子供の頃に……何度かこの世界へ来た。それこそ、お前たちと同じ年頃だ。この世界は素晴らしい。現実を忘れ、一人の時間を過ごせる。何より、過去と未来の時間旅行ができる。あまりに非現実的で、あまりに美しい。
 儂はこの世界に取り憑かれた。その時の経験を元に書いたのがあの日誌だ。儂が見つけたこの世界の法則はあれに書いておる。
 だがな、一つだけ儂は見落としておった。この旅の恐ろしさを」

 一息置いて、続ける。

「時間旅行というものは、その時代の景観をただ愉しむだけであれば何の問題もない。懐かしさを感じるであったり、目新しさに心を躍らせたり、その程度であれば、だ。
 だがな……もしそこに『強い感情』が表れたら、どうなると思う?例えば、『この未来は変えたい』なんてヤツだ。そんなもの、自分では制御出来まい。感情とは勝手に抱くものだ。そしてそれを現実に持ち帰ったとしよう。その次の時間旅行で、全く何も変化が無いと思うかね?」

「……何かが、変わっていたってこと?」

「そうだ。なにも変わるのは変えたいところだけではない。その他の未来までも、大きく変わった。儂はその時……大いに恐怖したよ」

 恐怖……?変えたくない未来が変わったらそれはショックだろうけど、恐怖とはまた違うような……。

「罪悪感、的な?」

「勿論それもある。だがな、一番の恐怖はのに変わっていたことだ。
 儂はあくまで、未来を知り、負の感情を抱いただけで、現実に帰ったらさも変わらない生活を送るただのガキ。特段の行動を起こすことは出来ん。それなのに変わっていたのだ。
 事の重大さが分かるか?感情ひとつで生まれてくるはずだった人間の芽を摘んだ可能性だってある、ということだ。それで儂は、この世界に来るのをやめた。『未来を知る』という行為が、時として未来を壊すことに繋がる。それを知った上でこの世界へ来れるほど、儂は愚かにはなれなかった」

「…………」

「これで分かったであろう。、未来は変わるのだよ、良くも悪くも。だから、儂は多くは語れんのだ。ここでのお前たちの行動は、お前たちの意思で決めるしかない。お前たちの現実が、儂の助言を受けた上で成り立っておると言い切れない以上な」

 この世界に来ること自体、大きな責任が伴うということか。そして今まさに、俺たちはその瞬間に立ち会っている、と。


「なるほど!じゃあ少なくとも、私たちはあなたに感謝しなくちゃいけないわね」


 ポンと手を叩き放ったサクラの第一声は、とても重苦しい話を聞いた後のそれではなかった。

「いや、サクラ何を言ってんだよ——」

「だってそうでしょ?もしこの人が未来を変えなかったら、私ら生まれてない可能性あるって事じゃん」

「……あっ!言われてみれば、そうなのか……?」

 サクラの言葉に流石のお爺さんも驚いたのか「ハハハハ!」と声高らかに笑ってみせた。確かに、の話をすればサクラの言う通りだ。

「これは一本取られた。そうよのう……そう解釈もできなくはない。未来の子供はえらく肯定的に捉えてくれるものだな」

「未来というより、きっとそういう教育を受けたせいね」

 少し誇らしげなサクラを後ろから見ていて、何故だか俺も嬉しくなった。こうなると、話半分に聞いていた『都会のお姉さん』ってのも、あながちバカにはできないのかもしれない。場所が違えば教育も変わるのだろうか。


「あれ、でも……よくよく考えてみたら、それならどうして今ここにいるの?」

「あ、確かに」

 そうだ……うっかり見落としていたけれど、子供の頃にやめたと言い、大人になった今、ここに存在しているのは明らかに辻褄が合わないぞ?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

【完結】ツインクロス

龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...