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第2章 佐野家
庭
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ここに来てまさか単独行動になるとはって感じだけど、この家の広さでは仕方がない。幸い、今のところウチみたいなトラップもなさそうだし一人でも問題はないだろう。
書斎を出ると、トシは右のドアを開けてリビングへと、続いてサクラは広縁の障子を豪快に開けて中へと入っていった。外から入る光が照らすその和室は簡素な雰囲気が漂っていて、広いながらも探索は楽そうだ。
残った俺は何処を探すべきか……そもそもあとは玄関と水回りと廊下くらいしかない。でも、水回りはトシが近づくなと言っていたから少なくとも一人で入るべきではないし、玄関に机の鍵なんて普通は置かないよなあ……。
迷いつつも、とりあえず俺は玄関へと足を向けた。
先程見た木彫りの衝立の後ろや靴箱の上、傘立ての中など、可能性のある場所を一通り調べてみるも、鍵らしいものは見当たらない。壁に掛かっている絵や飾りも同様で、特に手がかりはなし。やはり、ここで気になるのは衝立の和歌くらいか。
「サクラー、なんかあったー?」
遠くの方でやたらゴソゴソと音がするもんで気になって問いかけてみるも、暫くして「何もなーい」という乾いた返答。まあ、普通何かあったら騒ぎ出すか。やはりここは一番この家に詳しいトシを頼りにするしかない気がする……この薄暗い中で小さな鍵を見つけようってのがだいぶ非現実的な話だ。俺はそれより、鍵が見つからなかった場合の非常手段を模索するべきだろう。
壊さずに中を開ける方法……工具で解体とか、どうだ?天板を外せば一段目を確認できるし、こっちの方がよっぽど現実的じゃないか?流石にこんだけデカい家だし、工具が無いってことはないだろう。仕舞ってるとすれば……外かな?
「サクラー、俺ちょっと庭見てくるわ」
「へーい。気をつけなよ」
開けっぱなしの玄関を出ると、そこはまた別の世界に足を踏み入れたような気分になった。テーマパークのアトラクションに入って、また外に出てきたという表現が一番しっくりくるかもしれない。
薄暗さに慣れた目が今度は白桃霞む夜空に晒され、視界が広角になる。
「さて、どうしたものか」
一軒家であれば、DIYで使うような物は庭に置いてあるのが一般的なはず。現我が家の場合工具類は車庫の隅にまとめて放置されているから、ここが旧我が家であれば状況は似たようなものだろう。まあ、一括りに一軒家とは言っても敷地面積が桁違いだし、ここは平屋だから状況は変わるだろうが……というか、家が広い割に車が入って来れそうな道は無かった気がするけど、駐車場はあるのか?
あれこれ考えても仕方がない。取り敢えず、枯山水エリアを避けてまだよく見てない右から一周してみよう。別世界と言えど流石にあの美しく手入れされた場所を踏み進むには気が引ける。
天然の芝生の上を歩き、堂々とそびえ立つ松の木を目前に右に進路を変えると、先程小さく見えていた池が細長い形状で姿を現した。
所々、池を渡れるように湾曲した石橋が架かっていて、コンパクトながらも古風な日本庭園という印象を与える。正直なところ、こんな石橋無くてもジャンプしたら容易に渡れる程に幅は狭い。けれど、俺は何故だかその石橋を一々渡っては上から池を覗いてみたくなった。勿論そこに鍵がある可能性なんて微塵も感じていない。水槽があれば取り敢えず中を見渡すあれ……そう、ただの好奇心。
三つある橋を渡り、その度に確認したものの、生き物の姿は見られない。ここまで立派だと、逆に鯉どころかメダカ一匹すらいないのは不自然だ。桜を始めとした植物は至る所に生えているのに、それ以外の生き物は全然見当たらない。振り返ってみれば、この世界に来てからというもの、虫の一匹さえ見てないな。生き物というより、動物だけがいないのか……?
んー、そう考えると、一人でのんびりするには凄く居心地が良いかもしれない。どんだけ寝転がってても虫に刺されることないし、太陽は出てないから眩しくもないし。
池の終点にたどり着くと、まるでそれを設計したかのように家の角に差し掛かる。本当に良く出来た庭だ。
逆L字型の枯山水は広縁に、そして今居る逆側L字型の芝生、池はウッドデッキに面している。恐らく、位置的にこのウッドデッキの先はリビングで、家の角になっているこの部屋はさっきまで居た書斎だろう。
で、詰まるところこれが四方あるうちの最後の面、玄関から反対側の庭なんだけど——
「まるで森ね」
「うおぁッ!」
後ろから不意に発せられた声で、背筋がピンと張り、全身に鳥肌が走る。
「ちょっと、脅かさないでくれる?」
「いやそりゃこっちのセリフだっての」
振り向く必要もなくそれが誰なのかは声で分かった。けど、流石に虫一匹いない世界感に浸っていたところ声をかけられたら驚かずにはいられない。
「知らないうちにアンタが消えてたら、私の責任になるじゃん」
「和室は調べ尽くしたのかよ、サクラ」
「調べ尽くすってほど物が無いのよ。それより外はどんな感じ?」
「鍵があるとすればここかな。俺は鍵は諦めて工具を探してるけど」
サクラが表現した通り、最後の面はまさに『森』だ。観葉植物なんて可愛らしいものは無く、ぎっしりと敷き詰められた大柄の木々で外界を遮っている。空を見上げても、そこにあるのは伸びた枝と葉で出来た天然の遮光カーテン。
「そうか、だから真っ暗だったわけね」
「何処が?」
「アンタ一周してたんじゃないの?トイレよ。トシが言ってたでしょ」
「あ、そうか……!」
書斎の手前だから、ここはトイレや浴室に面しているんだ。よくよく壁を見てみると、高い位置に窓ガラスが幾つもある。だから木で遮っているわけか、外から見られないように。
書斎を出ると、トシは右のドアを開けてリビングへと、続いてサクラは広縁の障子を豪快に開けて中へと入っていった。外から入る光が照らすその和室は簡素な雰囲気が漂っていて、広いながらも探索は楽そうだ。
残った俺は何処を探すべきか……そもそもあとは玄関と水回りと廊下くらいしかない。でも、水回りはトシが近づくなと言っていたから少なくとも一人で入るべきではないし、玄関に机の鍵なんて普通は置かないよなあ……。
迷いつつも、とりあえず俺は玄関へと足を向けた。
先程見た木彫りの衝立の後ろや靴箱の上、傘立ての中など、可能性のある場所を一通り調べてみるも、鍵らしいものは見当たらない。壁に掛かっている絵や飾りも同様で、特に手がかりはなし。やはり、ここで気になるのは衝立の和歌くらいか。
「サクラー、なんかあったー?」
遠くの方でやたらゴソゴソと音がするもんで気になって問いかけてみるも、暫くして「何もなーい」という乾いた返答。まあ、普通何かあったら騒ぎ出すか。やはりここは一番この家に詳しいトシを頼りにするしかない気がする……この薄暗い中で小さな鍵を見つけようってのがだいぶ非現実的な話だ。俺はそれより、鍵が見つからなかった場合の非常手段を模索するべきだろう。
壊さずに中を開ける方法……工具で解体とか、どうだ?天板を外せば一段目を確認できるし、こっちの方がよっぽど現実的じゃないか?流石にこんだけデカい家だし、工具が無いってことはないだろう。仕舞ってるとすれば……外かな?
「サクラー、俺ちょっと庭見てくるわ」
「へーい。気をつけなよ」
開けっぱなしの玄関を出ると、そこはまた別の世界に足を踏み入れたような気分になった。テーマパークのアトラクションに入って、また外に出てきたという表現が一番しっくりくるかもしれない。
薄暗さに慣れた目が今度は白桃霞む夜空に晒され、視界が広角になる。
「さて、どうしたものか」
一軒家であれば、DIYで使うような物は庭に置いてあるのが一般的なはず。現我が家の場合工具類は車庫の隅にまとめて放置されているから、ここが旧我が家であれば状況は似たようなものだろう。まあ、一括りに一軒家とは言っても敷地面積が桁違いだし、ここは平屋だから状況は変わるだろうが……というか、家が広い割に車が入って来れそうな道は無かった気がするけど、駐車場はあるのか?
あれこれ考えても仕方がない。取り敢えず、枯山水エリアを避けてまだよく見てない右から一周してみよう。別世界と言えど流石にあの美しく手入れされた場所を踏み進むには気が引ける。
天然の芝生の上を歩き、堂々とそびえ立つ松の木を目前に右に進路を変えると、先程小さく見えていた池が細長い形状で姿を現した。
所々、池を渡れるように湾曲した石橋が架かっていて、コンパクトながらも古風な日本庭園という印象を与える。正直なところ、こんな石橋無くてもジャンプしたら容易に渡れる程に幅は狭い。けれど、俺は何故だかその石橋を一々渡っては上から池を覗いてみたくなった。勿論そこに鍵がある可能性なんて微塵も感じていない。水槽があれば取り敢えず中を見渡すあれ……そう、ただの好奇心。
三つある橋を渡り、その度に確認したものの、生き物の姿は見られない。ここまで立派だと、逆に鯉どころかメダカ一匹すらいないのは不自然だ。桜を始めとした植物は至る所に生えているのに、それ以外の生き物は全然見当たらない。振り返ってみれば、この世界に来てからというもの、虫の一匹さえ見てないな。生き物というより、動物だけがいないのか……?
んー、そう考えると、一人でのんびりするには凄く居心地が良いかもしれない。どんだけ寝転がってても虫に刺されることないし、太陽は出てないから眩しくもないし。
池の終点にたどり着くと、まるでそれを設計したかのように家の角に差し掛かる。本当に良く出来た庭だ。
逆L字型の枯山水は広縁に、そして今居る逆側L字型の芝生、池はウッドデッキに面している。恐らく、位置的にこのウッドデッキの先はリビングで、家の角になっているこの部屋はさっきまで居た書斎だろう。
で、詰まるところこれが四方あるうちの最後の面、玄関から反対側の庭なんだけど——
「まるで森ね」
「うおぁッ!」
後ろから不意に発せられた声で、背筋がピンと張り、全身に鳥肌が走る。
「ちょっと、脅かさないでくれる?」
「いやそりゃこっちのセリフだっての」
振り向く必要もなくそれが誰なのかは声で分かった。けど、流石に虫一匹いない世界感に浸っていたところ声をかけられたら驚かずにはいられない。
「知らないうちにアンタが消えてたら、私の責任になるじゃん」
「和室は調べ尽くしたのかよ、サクラ」
「調べ尽くすってほど物が無いのよ。それより外はどんな感じ?」
「鍵があるとすればここかな。俺は鍵は諦めて工具を探してるけど」
サクラが表現した通り、最後の面はまさに『森』だ。観葉植物なんて可愛らしいものは無く、ぎっしりと敷き詰められた大柄の木々で外界を遮っている。空を見上げても、そこにあるのは伸びた枝と葉で出来た天然の遮光カーテン。
「そうか、だから真っ暗だったわけね」
「何処が?」
「アンタ一周してたんじゃないの?トイレよ。トシが言ってたでしょ」
「あ、そうか……!」
書斎の手前だから、ここはトイレや浴室に面しているんだ。よくよく壁を見てみると、高い位置に窓ガラスが幾つもある。だから木で遮っているわけか、外から見られないように。
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