夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

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序章 始まりの旅

遺言

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 春の訪れを前に、爺ちゃんが死んだ。九十歳にしては割と元気だったし、最期まで人生を全うできた方だと思う。ただ、死ぬ数日前に言われたことだけは、ずっと頭に引っかかっている。

「ハル坊、お前は、今幾つかのう?」

「……十五だよ。春から高校生」

「そうかあ。……遂に同い年になったかあ」

 寝たきりの爺ちゃんが天井を見ながらそう呟く姿は、見るに耐えなかった。天井の先の空を見ているようにしか、見えなかったから。

「ハル坊、実はのう……儂はずっと、隠しとったことがある」

「え?なに……?」

「……誰にも、言うてはならんぞ」

 その前置きの後、弱々しい手招きを受けた俺は、爺ちゃんの口元まで耳を寄せた。

「儂は昔、不思議な体験をしたことがある。今思えば、不思議な、長い夢じゃった」

「夢?」

「あの桜には、不思議な力がある」

「あの桜って……前からよく話してたやつ?」

 爺ちゃんは、俺が小さい頃から口酸っぱく言っていたことがある。

 公園に咲く一本の桜の木、あれは特別なものだから決して傷つけてはいけない、と。

 小学生の頃は毎年花見に連れて行かされ、その度に理由は教えないくせにそれだけやたら脳に擦り込まれた。そもそも、家から一キロくらい離れているあの公園にわざわざ行かないし、傷つける理由なんて皆無なのに。

「あれは、遥か昔、ご先祖様が植えたものなんじゃ」

「あ、えっ?……そう、なんだ」

「ハル坊、あの桜の下に、儂の宝物を埋めてある」

「宝物?」

「……儂が死んだ後で、それをお前にくれてやろう。儂はもう、次の桜はきっと見れん。お前に託す」

 これが、実質俺に残された爺ちゃんからの遺言だった。

 父さんも母さんもこのことはきっと知らない。宝物……もし値打ちのあるものなら、俺が易々と受け取っていいわけでもないと思うんだが。いやそもそも、爺ちゃんがボケてるだけで実際はないかもしれない。でも、『託す』と言われてしまった以上確かめないわけにもいかないか……。


 葬儀が終わっておよそ一週間後。俺は爺ちゃんの『遺言』を果たすべく、目的の公園に赴いた。

 その、通称『桜の公園』は、例の桜の木が一本、ブランコが二台、正方形の砂場が一つの小さな公園だ。規模は小さいものの、割と最近になってマンション開発が進んだせいか、昼間は小さい子がよく遊んでいる。で……それの何が問題かって、児童たちに混じって大きな餓鬼が桜の木の下を掘り起こしている構図。流石にそれは不審すぎるから、俺は日が暮れた後決行することにした。

 日時は、二〇二四年三月三十一日の午後七時。今年度内に済ませておきたいという申し訳程度のケジメから今日という日に決行してるわけだけど、珍しいことに桜はまだ八分咲きってところだ。爺ちゃんがよく「開花時期が早くなってる」と言っていたし、例年なら確かにもう満開時期は過ぎている。
 つまり本来なら、爺ちゃんは最期にこの桜を観て眠りにつける筈だった。そう思うと、少し残念だな。

 桜の根元を一目見ても、掘ったような形跡は何処にもない。もう少し詳細に訊いておけば良かったと後悔したところで仕方がないが、この土を掘るって作業は思いの外背筋にくる。明日は間違いなく筋肉痛だろう。

 ブランコ側、砂場側をそれぞれ掘り進めてこちらはハズレ。春の夜の微風に吹かれながらも、額には汗が滲み出てくる。そして、掘り起こした分埋める作業が待っていると思うと今更後悔しなくもない。

 と、三箇所目にして遂に「カンッ」という金属音と共に不自然な手応えを感じた。すかさず、木柄のショベルから樹脂柄のスコップに持ち替えて周りを慎重に掘り進める。

「これか……」

 出てきたのは、何の変哲もない角缶。銀色一色のアルミ、いや重さ的にブリキか?中身の重心には偏りを感じるから、重いものと軽いものが入っているように思える。見た目は煎餅でも入っていそうだけど実際は違うようだ。

 きっとこれが爺ちゃんの『宝物』……。とりあえず、一目散に中身を確認したい気持ちを抑え、開けた三箇所を再度埋めて体裁を整える。今お巡りさんが来たら俺はどう見ても泥棒の類。折角頑張って志望校に合格したのに、入学前に前科持ちなんて事態は意地でも避けたい。


「よし」

 既に背筋の筋肉に痛みを感じ始めながら、公園灯がより照らすブランコに腰掛ける。何だか、玉手箱を開ける浦島太郎の気持ちが分かる気がしなくもない。両手で上蓋を挟み、箱の自重でいよいよそれを解放する。

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