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鈴木の素性

夜更け

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「じゃあ、寝かしつけてきますね」

 柚菜ちゃんが目を擦る子供たちに歯ブラシを持たせ、洗面台の方に消えた。

「……百合子のことだけどよ……」

 タイミングを待っていたかのように幸田が呟き始めた。

「俺が呼んだんだよ」

 今更、嘘でした……かよ。

「やっぱり!! 
 しかも最初は二、三時間子供預かってって話だったのに、どんどんエスカレートするし。幸田さんの方は聞けば聞くほど色々出てくるじゃないですか!
 なんなんです?!」

 柚菜ちゃんは最近眠れてないんじゃないか? 
 知り合いや友人の出入りがあっても構わないのだが、やはり子供を預かるって………無理があるんじゃないのか?

「社会人の私たちは昼は仕事、夜は数少ない休憩の時間です。それも、繁忙期前の徹夜がない大事な休息です。そりゃ育児しながら働く方もいるけど、見ず知らずの人の子供ですよ?」

 麗はハイボールをじっと見つめたままだ。なんか言ってくれればいいのに!
 百合子さんはシングルマザーだったはずだ。その上宗教に嵌って子供を預けて……何してるんだよ!

「幸田さんが子供たちを預かるなら土日にでも預かったらいいじゃないですか! どうして平日なんですか!?」

 私が柚菜ちゃんなら泣くわ!一番遊ーーーびたい年頃だろうし…………。

「麗……何か言ってよ。柚菜ちゃん最近ずっと家にいるじゃん。可哀想だよ」

 だが怒りん坊のはずの麗は、酷く冷静にレモンを入れたばかりのハイボールにマドラーを刺すだけだった。
 そして、幸田を見据え口を開く。

「なるほど………そういう事なのね。
 あなた策士ね」

 ………?

「ハル、幸田はわざと平日の夜にして柚菜ちゃんをこの家に繋いでるのよ」

「はぁっ!!?  だからそれは最低じゃんっ!? 
 可哀想だって言ってるんだよ! 最近凄い隈だし、わかってて言ってる?
 幸田っ残念幸田!」

「やめなさいハル」

 振りかぶったティッシュ箱を麗が取り上げる。
 なんで庇うの!

「あなたと池田家には柚菜ちゃんに対しての契約があったようだけれど?」

「ああ…」

 勉強を教えるってやつか。今は来年度から定時制高校に行く予定だと本人からは聞いているものの、特に勉強してる気配ない。
 それより柚菜ちゃんの悪い夜遊びだ。まだ高一の年で……。いや、私も似たようなもんじゃん? そういう年頃なんだよ。

「じゃあ早く教えればいいじゃん!」

「ハル、あんたも考えなさい。今の彼女じゃ勉強に身が入らないわよ。あのままじゃ無理」

 麗がカタを取り持ったせいか、幸田は少し落ち着いたようにタバコに火をつけ、ゆっくりと肺に落とし込んでいく。

「意味わかんない」

 ちりちりと燃える音に、私も少し深く椅子に座り直した。

「私が柚菜ちゃんくらいの時は似たようなもんだったもん。普通だよ。そういう時期なんだよ」

「知ってる。
 お前も地元じゃ荒れてたらしいな」

 ウギギ………こいつ、ほんとに嫌い!

「そうですけど………今は真面目に働いてますよ~だ」

「なら、そのきっかけってなんだったんだ?」

「え………」

 思わず麗と視線が絡む。
 幸田は私の素性とエンゼルに来た目的は知らないはずだ。

「別に………進学もしないし。働こうかなぁって……思っただけですけど?」

「嘘だな。自分が変わるような、もしくは変わらなきゃならない何かがあったはずだ。エンゼルも規則は緩い会社だからな。落ち着くには不自然だと俺は予想してるけどな。
 あのな。悪い付き合いってのは楽しいんだよ。残念だけどな。
 だから柚菜の場合、あの不良連中と離してやることが一番だ。でも、ただ家にいろってのは聞くはずがねぇだろう」

 それで子供か。
 柚菜ちゃんのあの様子だと本当に子供好きなんだろうしな。
 悪縁を疎遠に変える為に……タスクをかける……?

「それにしても、百合子さんは常識無く感じます。それに対してはどう言うことですか?」

「実際はそっちの方が頭痛いな。
 山吹 百合子だが、教団を脱退するって言い出したんだよ。今は時期じゃないって言っても聞きゃしねぇ」

「宗教……って、辞めるのやっぱり大変なんですか?」

「雨宮絡みってのを忘れんな。
 夜逃げ同然で町から出るつもりらしいが、子供がいんだぜ? そんな大所帯で夜逃げなんて上手くいかねぇよ。学校だって転校手続きするだろうし、即バレすんだろ」

「それなのだけれど」

 麗はハイボールの入ってたはずのグラスにウィスキーを流し込みロックで流し込んだ。ほのかに赤い顔で幸田を睨む。

「何故今迄、黙っていたのかしら? 
 信者がお布施をしていて、雨宮次長が統括しているわけよね?
 池田家はどういうつもりなのかしら?
 だって柚菜ちゃんのお父様は過労死だったのでしょう?」

「それはな。池田老夫婦は雨宮の言う『ビジネスの仕方』を信じてしまった。
 正しくは池田の爺さんの持つインチキ霊能力の宣伝だな」

「え、宗教ってまさか拝む対象………既存の神様じゃないんですか?」

「ああ。あの爺さんが崇拝対象さ。死者の口寄せが出来るとかで」

 うさんくせぇ~!!

「その霊能力者が、一体………どう魚を捕まえるのかしら?」

「………簡単さ。
 遺族だよ。雨宮の部下が遺族に同情して、交霊出来る池田の爺さんに紹介する。それだけだ」

 それだと話がおかしくないか?
 幸田も交霊したい人がいたのか?

「幸田さんも仁恵さんも魚だったんですよね? 何か依頼したんですか?」

「いや、俺は雨宮の部下。
 つまり、魚ってのはな。池田家の宗教に関わってる雨宮の部下のことだ。
 信者じゃねぇ」

 隠語………宗教が水槽、勧誘者が魚……だったのか……。

「なら柚菜ちゃんのお父さんが魚だったってのは………」

「そうさ。あいつも勧誘してる一人だったんだよ。
 一人勧誘につき莫大な金が絡む。

 …………皆、必死さ。俺も、仁恵だってな……」

 幸田はギャンブルだろ? 自業自得だ。

「でも、仁恵さんが勧誘してる所は見たことないですよ?」

「ノルマがあるって事は、同時に罰則もあるってことだよ」

「罰則……………まさか……」

 仁恵が受けてきた仕打ちは池田家絡みなのか!

「幸田さん。霜山さんとはどう言った生活をされていたの?霜山さんは多くを語らなかったわ。
 入社当時付き合っていた、次第に冬野課長が家に入り浸るようになったとしか聞いてないの」

 そうだ。入社当時付き合っていた仁恵と同棲し続けたのはなんでなんだ?

「冬野か。あいつは水槽は知らない。ただ、雨宮が何かで稼いでることだけは嗅ぎつけてる。金の匂いってやつかね?
 それに考えても見ろ。佐伯からしたら冬野なんていつでもダメージを与えられるだろ。確かに冬野は権力はある。けれど、所詮雨宮の手の上の駒に過ぎない。鉄砲玉みたいなもんだ」

「答えになっていません。仁恵さんの話ですよ?」

 幸田は苦笑いでビールをガフガフと一気に流し込んだ。

「仁恵は………守ってやれなかった。俺と一緒にいた事で無理に魚になっちまって。
 冬野が来るようになった頃から、急に気持ちも冷めてさ。一般的な『大人の幸せ』ってなんだ? 結婚?育児?出世?
 どれも無理だと悟った。もう別れた方がお互いのためだと。寮にいたやつを一人、無理くり追い出して、そこに住まわせたが……」

「あのさ…………いや、なんでもないです」

 もっと出来たことってあったんじゃないの?
 情けない。
 結局、どう言い繕ったって、見捨てたようなものだ。

「責められても弁解しねぇ。
 ただ池田の爺さん絡みでは人がよく死ぬ。
 はぁ……俺もおめぇに影響されたんかな……錦総合病院からまっすぐ町を出ればよかったぜ!」

 ハイハイありがとうございます。
 しかし雨宮のあの強引さ。
 私も錦総合病院に入れられた時は、絶望感を味わった。
 あいつは恐ろしく残忍で、手段も手荒だ。

「とにかく、昨日言った通りだ。
 今の俺に首を突っ込むな。池田家は……何とかする」

 宗教………か。

 真面目に活動してるところもあるのだろうけど、あまりいい印象はないな。その上信者が何人も死んでるとは。
 自分の息子でさえ………。
 柚菜ちゃんは複雑だろうな。母屋に寄り付かないってことは、不幸中の幸いってところか……。

 問題は百合子さんか。
 老夫婦と幸田の様子を見た感じ、幸田もまだ魚のままだろう。
 私と幸田がシェアハウスにいることは筒抜けの筈だ。雨宮は様子見の最中だな。

 要は………宗教団体を壊滅させればいいんだよね?
 ………何年か前、宗教団体撲滅のニュースを見たけれど、結局信者が派生団体を作ってキリが無かったんだっけ?
 難しいんだろうな……。
 誰か………そういう情勢に詳しい人…………警察…? じゃないな。オカルトマニア? いや、ミイラ取りがミイラになるな。
 誰か………。

 そうだ!
 いるじゃないか!

 人一倍宗教の中に身を置く女性が。

 秋沢 海久かいきゅうさん。

 彼女なら宗教団体を潰す取っ掛りを知ってるかもしれない!
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