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素性 私は……

じいちゃん家

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 困惑する栗本を連れ、竹垣のそばを歩く。

「でかい家だな」

「無駄に広いよねぇ……」

 曲がり角まで来てようやく見慣れた姿が。

「退院おめでとう」

「ありがとう麗。
 早速なんだけれど、そこが祖父の家なの」

「そう……随分と土地持ちなのね。

 それで?送ってきた『春子あなたの正体』ってどう言う事なの?」

 静かにキレかかっている麗に栗本が頭を下げる。

「あ、どうも。
 春子の縁故入社の話で……なんか俺の勘違いだったみたいでこんな騒ぎにですね……」

 正しくは出田の、だがな。

「まったく………私は縁故組の人間じゃないよ。
 夏野社長の娘である麗が縁故組に興味が無いように………私もまた似たもの同士なんだよ。
 麗、私ね。縁故入社だったの。
 でも周りに今まで隠してた」

「火のないところに煙は立たないわよ」

 麗は眉ひとつ動かない。
 こう言うところは本当に、天秤の使い方が上手い人間だ。

「縁故入社である事より、周囲に言わなかった理由は何なのかしら?」

 それを伝えるために呼んだ。

「麗に隠し事はしないよ。
 でもこの話をするのはまだ時期じゃないと判断してたの。
 けれど、出田さん夫婦は待ってくれないみたいでね……遣いに栗本をけしかけて来た」

 栗本はバツが悪そうに側溝の中を覗いてぷらぷらしていた。

 竹垣の途切れた先はハーレーの停まっている現代的なガレージと、巨木で組まれた門が建っている。

「祖父の話を聞いた方が早いと思うから。
 行こ」

 二人を玄関先まで招く。
 庭の化粧石の上を、モンシロチョウがついついと次の花を求めて飛び交っている。

 道路からの外観は竹垣のせいで和風っぽく見えるが、その家自体は実に現代的な造りなのだ。このお隣さんは。

「ちょっ、ちょっと!」

「え、ここじゃないの?」

「違うよ。この豪邸の裏の家だよ」

 ハーレーのあるお屋敷をスルーした私に二人は困惑していたようだった。

「こんな、人の家の庭を通っていいの?」

「うん。大丈夫」

 裏に回ると小さな木造平屋が姿を現す。

「ここだよ」

「お、おう。なんて言うか古めかしい的なヤツ」

「庶民的で……落ち着く感じがいいわね」

 無理すんな! しょぼい家だ、でいいよ。

 部屋数、わずか八畳二間に台所、風呂という小さな小屋だ。インターホンなんか勿論ない。
 目の前の大きなお屋敷のおかげで玄関も日当たり悪く、庭も苔むしている。

「じいちゃーん。来たよ~!!」

 しばらくして声が返ってくる。

「春ちゃんいらっしゃい!
 手が離せないの! 入ってくれる?」

 婆ちゃんだ。

「分かった~!!」

 麗と栗本は始終キョロキョロしていた。

「上がって」

 廊下を上がってすぐのところに茶の間がある。炬燵があるせいか歩くスペースがあまりなく、もたついている栗本に麗がお小言を言っていた。

 確か戸棚にみかんがあったはず。

「この目の前の家の人がさ、家建てる時……この家までの横道を作るか相談になったんだ。
 でもここは祖父母しか住んでないし、この家がいらなくなったら道なんていらないだろうって事になってさ。
 じゃあうちの庭を突っ切って歩いていいですよって事になったんだよ」

「そ、そういう事……。
 でも、いくらお二人だけの住居でも、お隣さんの庭を来客や郵便屋さんなんかも通るんでしょ? 嫌じゃないのかしら……」

 とりあえず、みかんをごろごろとテーブルに転がす。

「どうだろうね? 無償で譲った土地だからねぇ」

「? 譲った?」

「うん。元々この辺り全部、うちの爺ちゃんの土地だから」

「この辺って…………?」

「この辺はこの辺だよ。
 あ、爺ちゃん!」

 襖が開き、隣の部屋から爺ちゃんが姿を現す。

「おー、春子。そちらさんは?」

「あ、栗本と申します!」

 栗本が頭を下げる。
 一方、麗は一瞬躊躇ったな。

「お邪魔してます……夏野 麗です」

「……………あぁ………そう……。
 まぁまぁ、今婆ちゃんがお茶持ってくるからね」

 爺ちゃんは気まずそうにしている麗を見下ろし、勘づいた様子だったが特に掘り下げる様子はなかった。
 そのまま座椅子にもたれかかった。

「春子、その後どうだ?
 彼らも社員さんか?」

「栗本は同期。麗は大学生で私の一つ上だよ。
 エンゼルは予想以上にキツいよ。
 私が病院に入院した話、お父さんから聞いた?」

「うん~まぁ。ろくでもねぇ奴もいるもんだなぁ」

 反応薄いなぁ。
 私は確かに覚悟して入社した。
 けど、当時高校生の私が想像しえる範囲のものではなかった。

「ねぇ、爺ちゃん。
『水槽』って知ってる? 何か噂とかない?」

 爺ちゃんは煙たそうに私に手を振り、麗に視線を向けた。

「あんた………あの人の娘さんかい?」

「あ………はい」

「そうかぁ………何年ぶりだか……。
 お父さんを恨んではいないだろうねぇ?」

「え…………?」

 全員がなんとなく動揺した。
 だってなんだか、麗の親………夏野社長の話となると、私たちも話題にしにくい気がして。

「まぁなぁ……。確かに社長が頼りねぇんではしょうがねぇだろうが、聞いた限りじゃその部下共もやりたい放題らしいじゃないか?
 思うに最早、夏野君だけが悪者じゃねぇんだろうさ」

「………父を知っているんでしょうか?」

「知ってるよ! 知ってるも何も、昔はここにも顔を出してたんだよ?娘さんもね。
 多分あんたじゃないのかい?」

「えっ!!?」

 麗が自分で驚いている。
 子供まで連れてきていたとは私も初耳だが、麗本人も覚えてないのだから小さな時なんだろう。

「爺ちゃん、その時私もいた?」

「いや、お前は今の家に別居してからだからな………」

 私は元々ここに住んでいたが、母と祖母の折り合いが悪く、今の家を建てて引っ越したのだ。
 就学前の事だが、そうか。あのまま私がここに住んでたら、ここで麗に会えてたのかもしれないのか……。

「申し訳ございません……記憶に無くて……。
 ………あの、父とはどういった……?」

「あ、そうだ。
 爺ちゃん、私が入社した理由とかで疑ってる人がいるんだよ。それでここに来たの」

「春子っ! お前のことなんか後だろう。少し黙りなさい。
 まずはお嬢さんに説明しないとならない事があるようだよ」

「びっくりしたー!」

 ご、ごめんなさい。

 一方、麗は不安そうに狭い室内を見回し、やがて再び考え込んだ。本当に覚えてないんだろうな。

「おーい茶はまだかー!?」

 奥から祖母の「うるさいっ」という声が響いた。
 ガスが弱ってきてるからなぁ。湯がすぐに沸かないんだろう。

「すぐそこにコンビニがあったろ?」

「はい」

「あそこらに、昔のエンゼル社があったんだよ」

 爺ちゃんが語り始めた。
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