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素性 私は……

到着

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「ふー………ふー………」

 駄目!

 ありえない!ありえない!

 正座したままテーブルの上の茶を見つめる。
 茶の中に金箔が浮いてる!

 それにしても豪邸だぞ。
 豪邸と言っても、藤野宮家やテレビに映る芸能人のお宅とか…………そういう種類の豪邸では無い。

 梁や柱の趣よ。
 古民家と言うには高貴すぎる!
 畳や廊下のフローリングは新しいが骨組み自体は古めかしいものだ。
 おそらく一度、解体して建て直したのか、柱はそのままに内装をリフォームしたのか。

 そんな事より。
 そんな事よりだ!!

「あ、あの、どうぞこれ………御家族で召し上がって下さい………う、うちの母が好きでよく買ってくるんです。
 お口に合うか分かりませんが……」

 通された座敷に座っていたのは秋沢ではなく、恐らく秋沢の父親だった。
 初老の男で、着物姿のせいか余計に迫力が増している。
 普段着なのか?
 最近のヤクザ屋さんは一般人のように見えて実は………とか、そんなのガセだった!
 ガチガチにマジモンだ……!

「これはこれは、お気遣いなく…………」

「いえ………」

 何か、話をした方がいいよな?
 世間話とかくらい。

 馴れ馴れしい!とか怒られたら?
 あぁ!!!もう~。もう~!!

「こういう家業は大変そうですね!」

 もう言っちゃえ!
 大丈夫だろう、勘だけど!

 初老の父親は「ふはは」と笑い、湯呑みに手を伸ばす。

「まぁ、そう緊張せずに。
 仕事は大変ですね。その通りです」

「あ、へぇ~……」

 広げなきゃ!
 ほら、なんか!大変だって!!
 ほら、頑張れ自分!

「せ、詮索するつもりはないんです!
 えと、知り合いにあまりこの業界の方とか居ないので」

「あぁ。そうでしたか。
 普段もまぁ、若いのの面倒見たり…そんなんですが、まぁ~正月はくたびれるねぇ!」

 正月っ!!

 組の連中が押し寄せて挨拶しに来て、ぶっとい封筒のお年玉を………!!!

「社内での透はなっていますかな?」

「勿論です!」

 そうだ。
 私がここに何をしに来たかは変わらないんだ!シャキッとしなくては!

「実は、うちの社内は揉め事が多くて、それで私が他の部所の上司の機嫌を損ねちゃいまして………。病院に強制的に……」

「なんてむごい事を……!」

「いえ、それでですね!
 秋沢課長が自分の身を犠牲にして、助けてくれたんです!
 本日はそのお礼と、現場の状況確認の為にお伺いしたんです」

「そうですか。では今、病み上がりで?」

「はい。病院から真っ直ぐ………でも、体は問題ないんです!大丈夫です」

 私の言葉を聞き流しながら、父親は背後の襖をコンコンと叩いだ。

「はい」

 誰っ!!?

 えっ!?そこに人がいるの?
 護衛か!!
 私はそんな怪しい者では……!!
 そんな事より秋沢はどこに行ったんだよ!

山女魚やまめ寿司に十人前な」

「かしこまりました」

 寿司っ!?
 回らない寿司屋の注文!!

「病院食では味気ない生活だったでしょう。
 昼もちょうどいい時間になりますから、食べていきなさい」

「あは…!
 う、うわぁ~お気遣い有難うございます!嬉しいです」

 なんで迎えの時間を午前にしたんだよ。昼を狙ってくる客みたいじゃん!泣きそう!しかも、この男と秋沢が来ても十人前は頼みすぎだ……え、まさか若い衆も同席とかっ!?
 た、大変だ。お酌するじゅっ順番とか、取り合いになったら!
 早く来てくれ~!

 そこへ茶を運んできた時とは別の女性が部屋へ来た。

「まぁ、まぁ!琴乃さんね!
 主人がいつもお世話になっております」

 秋沢の奥さんか!
 綺麗な人だっ!

「とんでもないです!
 こちらこそ、お世話になってます!」

 ショートボブの黒髪にナチュラルメイク。現在三十六歳の秋沢よりは歳下かな。

「妻の海久かいきゅうです」

 か……かい……?変わった名前だな。

「琴乃 春子です。本日はお招き頂いてありがとうございます」

「いいんですよ。私たちに出来ることがあったらなんでも言ってね」

 この人を目当てに若いやからが…………。
 とてもそんなふうには見えないし、なんなら想像より清潔感があって朗らかな感じだった。

「ふふふ。もしかして緊張してる?
 えいっ」

「ひゃっ!」

 奥さんが痺れた足の裏をほじくって来た。
 驚きと緊張で思わず飛び上がってしまう。

「えぇ?!」

「…………………っ」

 体勢を立て直せずに畳の上にひっくり返っあ。
 な、情けない!

「ひ……酷っ………」

「足崩せばいいのに!ごめんね。
 本当に痺れてるとは………」

「い、いえ…………くっ……」

 どうにもこうにも、少し動いただけで全身が炭酸飲料のようだ。

「す……!すみません。お見苦しいところを……!」

海久みく……起こしてあげなさい」

 完全に私のお見苦しいもんが父親に丸見えなはずだが、今触られたら足が!

「ゆっくり!ゆっくり起こすから!」

「すみません………は、恥ずかしい……」

「私のせいね……ごめんね」

 奥さんが私の傍に来て背に手を回し起こそうと抱きつく。
 その時に、頭がパニックに陥った。

「えっ!?」

 抱きつかれた目の前に奥さんの胸元が近づく。アクセサリーだと思っていたネックレス…………これは数珠?
 父親の座布団の横には、畳まれた別の羽織ものが。
 確か……!

「あ!えっと……あの、お坊さんのあの、アレ!!
 け………袈裟けさ!?」

「あぁ!如法にょほえね!」

 じゃあ、ここは………………………!
 お寺…………………!!!?

「えっ!?秋沢さん家って寺なんですか!?」

「はぁっ?君、知らないで来たのかい?」

「嘘~、だってここの山を知らない人なんて………」

 起き上がり、自分の顔が熱くなっていく。

「もしかして、ここ『お不動さん』のところですか?」

「そうよ。どこだと思ったのぉ?」

 奥さんが閉まっていた障子を開け放つ。
 大きな硝子窓の外に小さな日本庭園があり、その先、建物と建物の隙間から人集りが見えた。
 観光客だ。

「わ………分かりませんでした。
 うちの家族はこの山を……多分、反対側から通ってくるんです………」

「そっか、泉駅の方から来たのね?
 それはびっくりするわよ」

「不安な時はしっかり言葉にして伝えなさい。何かあったらどうしてたんだい」

 何かあったと思ったよ……。

「いやもう…………ほんとに……。
 って、事は。奥様は女性の……?」

「私?そうよ。尼僧なの。これでも女子高生の頃は取材とかも来たのよ!ふふふ。
 それにしても、本当に聞いてなかったのね。透君たらも~」

 いやいや。
 もう、多分あの運転手が悪い!
 わざと濁して遊んでたんじゃないのか?

 あっ!後ろ走ってた車の男は坊主か!
 スキンヘッドの怖い人かと思ったよ!

「あの道は、今の道路ができる前に使ってたのよ。細かったでしょう?
 今使ってるのはここに就労してるお坊さんと私たち一家くらいね」

「お坊さん………って、通勤するんですか?」

「場所によるけどね。
 うちは家族だけでは回らないし、売店なんかもあるからお願いしてるのよ」

「お坊さんって、就職なんですか!?」

「そりゃあ、家が寺じゃねぇ奴はまず寺で働くからなぁ」

 それもそうか。

 ここは初詣や厄祓い等で県内外からも人が絶えないお不動尊。何も無くても日中は観光客で溢れて賑やかな場所だった。
 まさか、ここが秋沢の家とは!

 奥さんが僧侶という事はここは奥さんの実家か?秋沢は会社員だもんな………?

 そわそわしていると廊下から足音が近付いてきた。

「あ、ちわッス!」

「慎也!?」

 襖から顔を出したのは慎也だった。
 彼を先頭に、栗本、秋沢、そして佐伯次長が現れた。
 秋沢が私を見て、手を叩いて腹を抱える。

「わははは!いやー待たせた!
 うはは~久々にお前の顔を見る気がするな!」

「秋沢さん………」

 笑い事じゃないのだが、それは秋沢も同じだ。F棟に戻って来れるのか?

「お陰様で退院出来ました………。
 ご迷惑をおかけしました」

「いいんだ琴乃。すぐ帰れてよかったよ。
 そうだなぁ。ネコは、すまんな……お前アレ気に入ってたもんなぁ~」

 秋沢はなんだか執拗に私がネコロボ好きだと勘違いしてくるが、まぁ余計なことは言わないでおこう。

「透君、立ち話もなんだから、まずほら!座って座って!」

 奥さんが座布団を広げ、丁度全員腰を下ろしたタイミングで寿司屋が来た。

「では皆さんごゆっくり」

 父親が退席する。
 もしかして話し相手になってくれる為に座ってたのかな……?

 隣に佐伯次長が座る。

「どれが好きだ?」

「何がですかっ!?」

「急がないと取られちまうぞ?」

「ネ………ネコがですか!?」

「………寿司だよ。お前大丈夫か?」

 回ってない寿司。
 ついでに私の頭の中も回ってないっ!!
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