75 / 108
箱庭
診断
しおりを挟む
中は小さな机、丸椅子が二脚。
他は書類もペンもベッドも………何も無い。
若様は電子カルテのコピーを開き私と対面した。
「さてと………!
琴乃さん、ちょっと抗うつ状態だね」
「抗うつ……?うつ病と違うんでか?」
「うつ病って言うのは、抗うつ状態が二週間続いてようやく付く診断名なんだよ。まぁ、例外もあるけど。
でも、今のところはまだ入院してから時間が経ってないしね」
それじゃあ、まるで二週間ここにいたら病名を付けるという宣告じゃないか。
幸田が言っていた新海建設の若手の話。
本当にこの医者は味方側なのか………?
「先生、私。どうすればいいんですか?」
「大丈夫です。入眠剤の他に、昼は軽い安定剤を出しましょう」
「拒否します」
「えっ!?」
若様がぽかんと私の方を振り向く。
「たとえ入院が長引いても、薬は増やさないでください。私は大丈夫です。
それともう一つお聞きしても?
私の病室の柚菜ちゃんと言う少女です…………ご両親のことは伺ったんですが……親族の方っていらっしゃるのですか?」
「……………………」
ブラフだ。
でも、あれだけ思考を奪うということは『話されちゃいけないこと』があるんだろう。
それは誰にだ?
ここは家族しか面会が許されていないのに。
「フゥー…………………参ったな…………。
海堂さんからは聞いていたけど、君………メンタル強いね。だからと言って、病気にならないわけじゃないけどさ」
海堂さん…………?
いや、駄目だ。
まだ顔に出すな。
「しかし………池田 柚菜さんか。あの子には関心を示して欲しくないな。
担当医は父だしね。
琴乃さんはすぐ退院でもと思っていたけれど……」
「それは随分、さっきの最初の話や印象と違いますね。
まるで今、あの子を引き合いに出して焦り始めたみたいに見えますが」
若様はへらりと笑うだけで真剣に話しているようではなかった。
「うーん、どうして彼女が気になるんだい?」
「…………可愛いから。
私女の子が好きなんです」
「…………………」
「ふふっ………」
「やめてよ……本気にしちゃったよ。ここは本当にそんな患者さんも来るからさぁ」
訳アリだろうな。
まだ十代中程だぞ?少し治療も過剰な気がするのだが。
それは素人判断なのか………?
「まぁ別にいいけどさ。池田さんは別として。
出来るよ!ここから出す方法」
「本当ですかっ!?」
「うん。カルテも真っ白に戻して入院も無かったことにね」
「あの、お願いします!!」
「そう?大丈夫?」
「………………?」
「ほら、『タダ』じゃないからさ」
金………………!?
「………どのくらいですか?」
「一律100万。これで入院歴が無くなるって、安いもんだと思うけどね!
『協力する』よ」
これだ。幸田が口やかましく、あくまで藤野宮側だ、と念を押した理由。
医院長の意志には反するだろうが、表立って対立しているわけじゃない。
自分の利益のために藤野宮側にいるだけだ。
「………………」
自分で出せない金じゃない………。
だが。どうなんだ。
興醒めだな。
若様以外はどうなんだ?
新開建設の派閥が割れているとは聞いていたが、親からイキって独立したがってる若手共も、こんな方法で皆稼ぎを上げているとしたら………………録な連中じゃない。
「まぁ、家族にでも話してみて決めていいよ!」
親にこんな話出来るわけ無いだろう!
「分かりました。検討します」
「まぁ、何か診断がついてもすぐ退院はさせるからさ!
その代わりと言っちゃなんだけど、池田 柚菜に関してはあまり関わらない方が………俺の担当じゃないしさぁ」
池田 柚菜………………。
漁業組合、藤野宮家、エンゼル社……一体どこと関わっているのか謎だ。
「あー、そういえばさぁ~。
うちに運ばれてきた患者で最近自殺で亡くなった方がいるんだけどね」
「はい………?」
何の話だ……?
「運ばれてきた時、君の会社で………労災って聞いたけど。
その人さぁ……………」
まさか………。
佐久間の事か………?
「お前が殺したようなもんじゃね?」
………!
「な………何を。私はここに運んできただけだし………うちの会社は救急車すら呼んで貰えません!だから………!」
突然何を言い出すのか……!
「一週間ここで入院したんだけど、何があったのか聞いたんだけどね」
「会議中の暴行は私も私の上司も関わっていません………」
そうじゃない。分かってる。
何故、縁故組にいたはずの佐久間があんな目にあったか?だ。
こいつが言っているのはソレだ。
仕向けたのは。
私だ。
「社内の噂では、部長の彼より発言力を持った方が多いですから。それ絡みだと聞いたのですが」
若様は閉じたカルテを向き俯いたまま私の言い分を聞いていた。
「…………そう。
俺は誰にも言ったりしないし、今更遺族にそんな話を蒸し返すなんてしないからさ!
ただ、運ばれてきた時と、奥さんの言い分が違ってたから………どっちかが嘘ついてんじゃないかと思ってさ!」
蒸し返すつもりは無い、か。
それはつまり………!
口止め料とでも言うところか!
「………考えすぎですよ先生」
「そうかな?ならいいんだけどねぇ」
畜生。
「診察は終わりですよね?
では、失礼しました」
なんでもないように。
なんでもないようにしながら。
喉の奥から背骨まで痛むくらい脈打つ心臓の音を抑えながら。
診察室を出る。
「はい。じゃあ考えといてね!」
世の中………金か。
百万…………足元見たような金額だな。
これが幸田なら三百と言われても驚かない。
佐久間は私が殺したなんて………言い掛かりもいいところだ。
確かに私はあの会議の日、秋沢惜しさに佐久間を生贄に……………。
……………したんだ。
したのは私だ。
でも、直接的な死因じゃない!
奥さんだって何も言わずに私を受け入れたし………。
受け入れた………?
まさか…………幸田の言っていた、あの場にいた裏切り者は…………奥さんの佐久間 菜々子さん…………?
違う。そんなことありえない。
「あ?珍しいじゃーん?な?言ったろ?
ここじゃ喋る相手でもいないとキツいって!」
『敵の話も聞け』か。
「ちょ………なんだお前………青い顔して」
これじゃ慰めて欲しいみたいじゃないか。
「ご心配なく。
そんなことより、幸田さん。
『あの場』にいた裏切り者って誰ですか?
それと、ここの副医院長は信用出来る人でしょうか?」
幸田は真顔で新聞を畳むと、座っていたソファから立ち上がり横にずれた。
「まぁ時間はあるし、お前から順に話せ。俺が答えるのはその後だ。いいな?」
他は書類もペンもベッドも………何も無い。
若様は電子カルテのコピーを開き私と対面した。
「さてと………!
琴乃さん、ちょっと抗うつ状態だね」
「抗うつ……?うつ病と違うんでか?」
「うつ病って言うのは、抗うつ状態が二週間続いてようやく付く診断名なんだよ。まぁ、例外もあるけど。
でも、今のところはまだ入院してから時間が経ってないしね」
それじゃあ、まるで二週間ここにいたら病名を付けるという宣告じゃないか。
幸田が言っていた新海建設の若手の話。
本当にこの医者は味方側なのか………?
「先生、私。どうすればいいんですか?」
「大丈夫です。入眠剤の他に、昼は軽い安定剤を出しましょう」
「拒否します」
「えっ!?」
若様がぽかんと私の方を振り向く。
「たとえ入院が長引いても、薬は増やさないでください。私は大丈夫です。
それともう一つお聞きしても?
私の病室の柚菜ちゃんと言う少女です…………ご両親のことは伺ったんですが……親族の方っていらっしゃるのですか?」
「……………………」
ブラフだ。
でも、あれだけ思考を奪うということは『話されちゃいけないこと』があるんだろう。
それは誰にだ?
ここは家族しか面会が許されていないのに。
「フゥー…………………参ったな…………。
海堂さんからは聞いていたけど、君………メンタル強いね。だからと言って、病気にならないわけじゃないけどさ」
海堂さん…………?
いや、駄目だ。
まだ顔に出すな。
「しかし………池田 柚菜さんか。あの子には関心を示して欲しくないな。
担当医は父だしね。
琴乃さんはすぐ退院でもと思っていたけれど……」
「それは随分、さっきの最初の話や印象と違いますね。
まるで今、あの子を引き合いに出して焦り始めたみたいに見えますが」
若様はへらりと笑うだけで真剣に話しているようではなかった。
「うーん、どうして彼女が気になるんだい?」
「…………可愛いから。
私女の子が好きなんです」
「…………………」
「ふふっ………」
「やめてよ……本気にしちゃったよ。ここは本当にそんな患者さんも来るからさぁ」
訳アリだろうな。
まだ十代中程だぞ?少し治療も過剰な気がするのだが。
それは素人判断なのか………?
「まぁ別にいいけどさ。池田さんは別として。
出来るよ!ここから出す方法」
「本当ですかっ!?」
「うん。カルテも真っ白に戻して入院も無かったことにね」
「あの、お願いします!!」
「そう?大丈夫?」
「………………?」
「ほら、『タダ』じゃないからさ」
金………………!?
「………どのくらいですか?」
「一律100万。これで入院歴が無くなるって、安いもんだと思うけどね!
『協力する』よ」
これだ。幸田が口やかましく、あくまで藤野宮側だ、と念を押した理由。
医院長の意志には反するだろうが、表立って対立しているわけじゃない。
自分の利益のために藤野宮側にいるだけだ。
「………………」
自分で出せない金じゃない………。
だが。どうなんだ。
興醒めだな。
若様以外はどうなんだ?
新開建設の派閥が割れているとは聞いていたが、親からイキって独立したがってる若手共も、こんな方法で皆稼ぎを上げているとしたら………………録な連中じゃない。
「まぁ、家族にでも話してみて決めていいよ!」
親にこんな話出来るわけ無いだろう!
「分かりました。検討します」
「まぁ、何か診断がついてもすぐ退院はさせるからさ!
その代わりと言っちゃなんだけど、池田 柚菜に関してはあまり関わらない方が………俺の担当じゃないしさぁ」
池田 柚菜………………。
漁業組合、藤野宮家、エンゼル社……一体どこと関わっているのか謎だ。
「あー、そういえばさぁ~。
うちに運ばれてきた患者で最近自殺で亡くなった方がいるんだけどね」
「はい………?」
何の話だ……?
「運ばれてきた時、君の会社で………労災って聞いたけど。
その人さぁ……………」
まさか………。
佐久間の事か………?
「お前が殺したようなもんじゃね?」
………!
「な………何を。私はここに運んできただけだし………うちの会社は救急車すら呼んで貰えません!だから………!」
突然何を言い出すのか……!
「一週間ここで入院したんだけど、何があったのか聞いたんだけどね」
「会議中の暴行は私も私の上司も関わっていません………」
そうじゃない。分かってる。
何故、縁故組にいたはずの佐久間があんな目にあったか?だ。
こいつが言っているのはソレだ。
仕向けたのは。
私だ。
「社内の噂では、部長の彼より発言力を持った方が多いですから。それ絡みだと聞いたのですが」
若様は閉じたカルテを向き俯いたまま私の言い分を聞いていた。
「…………そう。
俺は誰にも言ったりしないし、今更遺族にそんな話を蒸し返すなんてしないからさ!
ただ、運ばれてきた時と、奥さんの言い分が違ってたから………どっちかが嘘ついてんじゃないかと思ってさ!」
蒸し返すつもりは無い、か。
それはつまり………!
口止め料とでも言うところか!
「………考えすぎですよ先生」
「そうかな?ならいいんだけどねぇ」
畜生。
「診察は終わりですよね?
では、失礼しました」
なんでもないように。
なんでもないようにしながら。
喉の奥から背骨まで痛むくらい脈打つ心臓の音を抑えながら。
診察室を出る。
「はい。じゃあ考えといてね!」
世の中………金か。
百万…………足元見たような金額だな。
これが幸田なら三百と言われても驚かない。
佐久間は私が殺したなんて………言い掛かりもいいところだ。
確かに私はあの会議の日、秋沢惜しさに佐久間を生贄に……………。
……………したんだ。
したのは私だ。
でも、直接的な死因じゃない!
奥さんだって何も言わずに私を受け入れたし………。
受け入れた………?
まさか…………幸田の言っていた、あの場にいた裏切り者は…………奥さんの佐久間 菜々子さん…………?
違う。そんなことありえない。
「あ?珍しいじゃーん?な?言ったろ?
ここじゃ喋る相手でもいないとキツいって!」
『敵の話も聞け』か。
「ちょ………なんだお前………青い顔して」
これじゃ慰めて欲しいみたいじゃないか。
「ご心配なく。
そんなことより、幸田さん。
『あの場』にいた裏切り者って誰ですか?
それと、ここの副医院長は信用出来る人でしょうか?」
幸田は真顔で新聞を畳むと、座っていたソファから立ち上がり横にずれた。
「まぁ時間はあるし、お前から順に話せ。俺が答えるのはその後だ。いいな?」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる