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箱庭
急患
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「で?おめぇはなんでここにいんの?」
「こっちのセリフですけど」
幸田………さっき『また明日』と言ったよな?
昼食のカレーを持ち、迷いなくそばに来た。
まぁ、元からヘラヘラとしている印象のあるやつだし、黙っていられないのだろう。
「それより幸田さん。鬱病とか………診断されない方法ってあります?」
「は?おめぇのどこが鬱病なの?笑わせんな。俺が鬱病になりてぇくらいだよ!」
「はぁ。
言っちゃなんですけど、『敵の話も聞け』はこっちのセリフです。
それを貫いていれば、あの場で社長の娘に暴言吐く事もなかったでしょ」
「言うね小娘風情が。それを狙って俺を嵌めたんだろうが!」
呆れたものだ。
この男は口先とおつむはいいのだろうが、人間性と自分保身に走る詰めの甘さがある。
「…………鬱病、か。
おめぇ、ここに来た時診察室三番に行ったろ?」
三番………?
いや。一番だったよな?
「三番ではないです。手前の一番ですよ。
丁度幸田さんくらいの年齢の医者でしたけど」
「は?嘘だろ?
爺むせぇ老人だろ?」
「いえ。本当に」
「……………雨宮は診察室まで来なかったのか?」
「あいつ!!
あいつ私が診察中、うちの両親ほったらかして冬野と帰りましたよ!」
幸田は紙スプーンを置くと、少しの間額を撫で考え込んだ。
「…………油断したのか………?」
「鬱病のチェックシートまでやらされて、私このままじゃ本当に診断がついちゃうんじゃないかと思って……!」
「そもそも、なんで医者に連れてこられた?」
「それは……」
松野島のクリニックに不眠の治療の為初診を受けた。
帰宅したら改ざんした残業の書類を持った雨宮と冬野が自宅に来ていた。
それを幸田に話す。
だが、出田の事は言わなかった。必要ないだろう。
「今まで労災だのなんだのってーと、必ず通されんのは第三診察室の医院長のとこだったんだよ。俺もそう」
そういえば……佐久間をここへ運んだ時、確か処置をしたのは老人だった記憶がある。
「つまり、何か影響あるんですか?」
「第一診察室にいるのは医院長の息子だよ。夏野に加担してる噂は聞かねぇ。
もし若様がマトモなら、治療が終わり次第退院させてくれると思うぜ」
「医院長が止めるんじゃ………?」
「若様は新海建設の若手共の方に付き合いがある。つまりどっちかっていうと、藤野宮家側ってことだ。あくまでどっちと聞かれればだぜ?」
じゃあ、藤野宮家に知れれば助けてもらえる…………?
いや、あの御老女がそんなまどろっこしいことなどしないだろう。
第一私には直ぐに出てもらわなければいけない!と言う理由がない。
「ただな。その医者が言った通り。体重も激減して不眠が続いて………しかも就職先がエンゼルと知れたら、診断をつけてでも傷病休暇を取らせようとするのが普通じゃねぇ?
係長一人消えて回らねぇ現場ってどうなんだよってそりゃ正論だぜ」
「でも現状、それが厳しいのは貴方は知っているはずです」
「知ってるよ?
でも、医者は知らねぇって事」
「そんな………」
「エンゼルから逃げる逃げねぇじゃない。
俺、敵だとか関係なしに正直に言うと………お前はさっさと転職しちまった方がいいと思うぜ……」
「逃げるという事だよ……」
「いいや、違うね。
お前は初めからエンゼルの派閥争いの対象者じゃない。自分の正義感振りかざして、自ら争いに関わって行ったんだ。
お前の同期は二百人いるんだぜ?皆関わらない。それは臆病だからじゃない。
派閥争いが無益な争いだからだよ!」
「くっ…………」
「D棟にでも行って、平々凡々と言われた作業をパートのババアと飴玉食いながらでもやってりゃ、こんなことにならずに済んだんだよ」
出来なかった。
同じ班で仁恵が嬲られている事を知っていながら……土井が周囲から無理難題を突き付けられ挙句ドヤされている環境も。
私には見て見ぬふりをして、冬野にヘラヘラとついて行く気など起きなかった。
更には秋沢が有能であった事もだ。
もしも秋沢が冬野ほどのボンクラならば、私も転職や中立組に異動願いでも考えたかもしれない。
「まぁ、突っ込んじまったもんはしょうがねぇ。
現にお前、仁恵も土井も…………救ってる訳だからな。
俺が言うのもおかしいが、精々頑張んな」
「いや。本当によく貴方がそんなこと言えますね……!」
「ははは」
その時、力なく笑う幸田のそばを看護師数人が足早にかけて行った。
看護師の一人が入口の鍵を開ける。
「なんだぁ?急患かあ?」
「急患……」
普通の病院なら急患って、手術をしたり薬を投与したりするんだよね?
階段の下からストレッチャーが現れる。
横たわった男は何か呻き声を上げながら、身を捩って激しく抵抗している。
「あのおっさん、またか。隔離行きだなありゃ」
あのベッドの男を知っている。
あの声の男を知っている。
「あれは…………火守さん………………?!」
「知ってんのか?
暴れる度にここに収監されんだよ。慣れっこだろうよ」
暴れる…………?
最近はほぼ落ち着いたと聞いていたのに?
自分の中でもしやと言う気持ちの波が押し寄せる。
焔華さんに重ねて、自分にやたらと執着していた男。
タイミングが良過ぎないか?
「どのくらでここに来るでしょう?」
「さぁ?二日もあればおさまるんじゃねぇの?」
二日か。
その時あの三階の時のように取り乱さなければいいが……。
「琴乃さん」
入口から別の看護師が現れる。
「面会ですよ」
面会…………?
そうだ。
ズボンを持ってきてって頼んだんだった。
「今行きます」
気が重い。
母は……来ていないだろうな。
「こっちのセリフですけど」
幸田………さっき『また明日』と言ったよな?
昼食のカレーを持ち、迷いなくそばに来た。
まぁ、元からヘラヘラとしている印象のあるやつだし、黙っていられないのだろう。
「それより幸田さん。鬱病とか………診断されない方法ってあります?」
「は?おめぇのどこが鬱病なの?笑わせんな。俺が鬱病になりてぇくらいだよ!」
「はぁ。
言っちゃなんですけど、『敵の話も聞け』はこっちのセリフです。
それを貫いていれば、あの場で社長の娘に暴言吐く事もなかったでしょ」
「言うね小娘風情が。それを狙って俺を嵌めたんだろうが!」
呆れたものだ。
この男は口先とおつむはいいのだろうが、人間性と自分保身に走る詰めの甘さがある。
「…………鬱病、か。
おめぇ、ここに来た時診察室三番に行ったろ?」
三番………?
いや。一番だったよな?
「三番ではないです。手前の一番ですよ。
丁度幸田さんくらいの年齢の医者でしたけど」
「は?嘘だろ?
爺むせぇ老人だろ?」
「いえ。本当に」
「……………雨宮は診察室まで来なかったのか?」
「あいつ!!
あいつ私が診察中、うちの両親ほったらかして冬野と帰りましたよ!」
幸田は紙スプーンを置くと、少しの間額を撫で考え込んだ。
「…………油断したのか………?」
「鬱病のチェックシートまでやらされて、私このままじゃ本当に診断がついちゃうんじゃないかと思って……!」
「そもそも、なんで医者に連れてこられた?」
「それは……」
松野島のクリニックに不眠の治療の為初診を受けた。
帰宅したら改ざんした残業の書類を持った雨宮と冬野が自宅に来ていた。
それを幸田に話す。
だが、出田の事は言わなかった。必要ないだろう。
「今まで労災だのなんだのってーと、必ず通されんのは第三診察室の医院長のとこだったんだよ。俺もそう」
そういえば……佐久間をここへ運んだ時、確か処置をしたのは老人だった記憶がある。
「つまり、何か影響あるんですか?」
「第一診察室にいるのは医院長の息子だよ。夏野に加担してる噂は聞かねぇ。
もし若様がマトモなら、治療が終わり次第退院させてくれると思うぜ」
「医院長が止めるんじゃ………?」
「若様は新海建設の若手共の方に付き合いがある。つまりどっちかっていうと、藤野宮家側ってことだ。あくまでどっちと聞かれればだぜ?」
じゃあ、藤野宮家に知れれば助けてもらえる…………?
いや、あの御老女がそんなまどろっこしいことなどしないだろう。
第一私には直ぐに出てもらわなければいけない!と言う理由がない。
「ただな。その医者が言った通り。体重も激減して不眠が続いて………しかも就職先がエンゼルと知れたら、診断をつけてでも傷病休暇を取らせようとするのが普通じゃねぇ?
係長一人消えて回らねぇ現場ってどうなんだよってそりゃ正論だぜ」
「でも現状、それが厳しいのは貴方は知っているはずです」
「知ってるよ?
でも、医者は知らねぇって事」
「そんな………」
「エンゼルから逃げる逃げねぇじゃない。
俺、敵だとか関係なしに正直に言うと………お前はさっさと転職しちまった方がいいと思うぜ……」
「逃げるという事だよ……」
「いいや、違うね。
お前は初めからエンゼルの派閥争いの対象者じゃない。自分の正義感振りかざして、自ら争いに関わって行ったんだ。
お前の同期は二百人いるんだぜ?皆関わらない。それは臆病だからじゃない。
派閥争いが無益な争いだからだよ!」
「くっ…………」
「D棟にでも行って、平々凡々と言われた作業をパートのババアと飴玉食いながらでもやってりゃ、こんなことにならずに済んだんだよ」
出来なかった。
同じ班で仁恵が嬲られている事を知っていながら……土井が周囲から無理難題を突き付けられ挙句ドヤされている環境も。
私には見て見ぬふりをして、冬野にヘラヘラとついて行く気など起きなかった。
更には秋沢が有能であった事もだ。
もしも秋沢が冬野ほどのボンクラならば、私も転職や中立組に異動願いでも考えたかもしれない。
「まぁ、突っ込んじまったもんはしょうがねぇ。
現にお前、仁恵も土井も…………救ってる訳だからな。
俺が言うのもおかしいが、精々頑張んな」
「いや。本当によく貴方がそんなこと言えますね……!」
「ははは」
その時、力なく笑う幸田のそばを看護師数人が足早にかけて行った。
看護師の一人が入口の鍵を開ける。
「なんだぁ?急患かあ?」
「急患……」
普通の病院なら急患って、手術をしたり薬を投与したりするんだよね?
階段の下からストレッチャーが現れる。
横たわった男は何か呻き声を上げながら、身を捩って激しく抵抗している。
「あのおっさん、またか。隔離行きだなありゃ」
あのベッドの男を知っている。
あの声の男を知っている。
「あれは…………火守さん………………?!」
「知ってんのか?
暴れる度にここに収監されんだよ。慣れっこだろうよ」
暴れる…………?
最近はほぼ落ち着いたと聞いていたのに?
自分の中でもしやと言う気持ちの波が押し寄せる。
焔華さんに重ねて、自分にやたらと執着していた男。
タイミングが良過ぎないか?
「どのくらでここに来るでしょう?」
「さぁ?二日もあればおさまるんじゃねぇの?」
二日か。
その時あの三階の時のように取り乱さなければいいが……。
「琴乃さん」
入口から別の看護師が現れる。
「面会ですよ」
面会…………?
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