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社食遂に

社食へ

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「D棟は一番大きいっすね」

 慎也と栗本を誘い食堂へ向かう。
 既に終業のベルが鳴り四十五分間という短い昼休憩が入る。
 私が入社する前に食堂があった頃は、人手不足でメニューが減り、醤油ラーメンとカレーだけのシンプルなメニューになったと言う。
 そしてトドメは冬野が幸田に言った一言で終わった。

『そんな食堂意味ねぇし。せめてラーメン食ったらカレータダにしろよ!』

 毎日醤油ラーメンを注文する者もなく、そのテナントはひっそりと廃業となったと言う。

 冬野の肩を持つ訳じゃないが、流石に短い休憩中に外出できるところも限られている為、社食があれば何も言うことは無いのだが………。
 メニューが醤油ラーメンとカレーのみとは……………秋沢以外は誰の得でもないだろう。そのカレーが美味かったのかも謎だ。

 持参した上履きに履き替え、空いている下駄箱に三足一気に押し込む。

「おぉ。来たのか!」

 玄関は広く人で混雑していたが、壁際に出田とその車椅子を引く土井がいた。

「あ!一緒にエレベーターに乗っていいですか?」

 栗本は常にダイレクトだ。

「構わねぇぞ!ほら、全員乗れ」

 通常は来賓や監査等で外部の人間を乗せるためだけのエレベーターだ。

「玄関から廊下を見ただけでも…社員は少ないですね」

 廊下に溢れた人々はそれぞれの派遣会社支給の作業服を着ている。その中にエンゼルの作業服を着たものは十人に一人程の割合だ。

「D棟は派遣が最も多い部署だからな。
 立ちっぱなしで、大口取引で単純作業。毎日ほぼ作業内容が変化しないモノが多い」

「組み立て作業やICコネクタの製造ですね」

 朝に杉山が嘆いていたのを思い出す。

「コネクタの製造はまだ楽な方だぞ。物にもよるがな。
 逆に組み立てはキツイぞ。一体なんのパーツか分からないものを永遠作るとか毎日永遠にバーコードラベルを貼り続けるとか……………それが何の製品か誰に聞いても分からないし、完成品の現物もないし、言われたら言われた通りにやるだけの現場だな」

「聞いてるだけだと楽チンそうだけど?」

 栗本がぼんやり呟いたが、慎也は出田に視線を戻した。

「簡単な作業内容だと、つい喋ったりしちゃうんすよね……基本はおしゃべり禁止ですけど。
 しかもそれでだいたい人間関係から破綻するんすよ」

「話せば話すほど仲良くなるが、逆もあるなぁ。
 それで、だ。
 D棟の係長は派遣社員からの叩き上げなんだよ。しかも女性で統率力は抜群だ」

 直接、話したことは無いが気にはなっていた。
 その女性係長はあの大きなリストラが始まる前から役職についていた。

「春子ちゃん、今日は冬野君休みだったでしょ?」

 出田がヘラりと笑う。

「はい。なにかあったんですか?」

「弁護士と会ってるんだとさ。仁恵ちゃんの弁護士だよ。借用書を立てて、全て冬野に返済するらしい」

 それが本当なら、嬉しくもあり複雑な気持ちだ。
 そうか。
 仁恵の肩代わりしたお金か…………それで書面通りに返済したら、もう胸を張って町を歩けるのだ。
 何かを無理強いさせることも無く、恩着せがましい事を言われることも無く。 

「じゃあ仁恵さんは今日は社食に来ていないんですか?」

「来てるはずだぞ。
 弁護士と会ってるのは藤野宮家の長男坊らしい」

 ほう………。
 逃げも隠れもせず、仁恵を解放させる気か。
 なんにしてもこれで、あとから冬野が「金を出した!金額は忘れたけど」等と馬鹿な事を言い出す事はなくなるだろう。

「それよりも問題は………」

 仁恵だ。
 動画を見ていないことを祈るが、絶対に誰かが冷やかしに茶々を入れているに違いない。
 もう泣いている彼女は見たくないものだ。

 ポンっと軽快な音を立ててエレベーターが開く。

 廊下の人混みに紛れて食堂へとズラズラ移動する。
 運良く人数分の椅子をゲット。皆固まって出田の周りに寄せる。

「で、で、出田さん、な、なな何をた、た………」

「土井君悪いね!んじゃ、これで買ってきてくれるかい?ご飯物ならなんでもいいよ!」

 千年札を受け取った土井と食券機に並ぶ。
 食券を買ったら各自トレイを持ち、サービスサラダ、メイン、箸やスプーンを取り戻る。
 慎也は全員分のお冷を取りに行き、代わりに栗本が慎也の分を買いに来た。

「日替わりランチのAセットはご飯物だってさ。
 これでいいんじゃない?唐揚げ定食。
 Bセットは麺だって。今日はウドンだね」

 結局全員日替わりランチのAセットを購入。
 サービスサラダを取り、メインはそれぞれのレーンに並ぶのだが……Aセットのレーンだけが何度も折り返す程の長蛇の列になっていた。

「え、何………?この唐揚げそんな美味しいの?」

「さぁ、手際が悪い人なのかもよ?」

 そう言い、全員で厨房を覗く。

 その城で華麗に動く美しい女王は、三角巾を王冠とし滑らかに調理をこなして行く。

「各自お皿を取ったらレーンから移動してくださぁい!」

 はつらつとした仁恵の姿だった。

 とんでもない事態になっていたのだ。
 私たちの想像の遥か斜め上の状況になっていたのだ。
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