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藤野宮家

女帝

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「だっははははっ!」

「Fooooo!!」

 男達もそろそろいい感じに酔い始めたようだ。
 特に海堂チームは声量が凄い。

 座敷に入ると、慎也と目が合う。

『持ってきた』と言う私のサインをスルーして、慎也は気まずそうに『合図』を送っている。

 その合図の元凶は幸田だ。

 泥酔して麗を抱き寄せている。
 上手くやっているな………と思ったが、とんでもない事になっていた。

 麗が幸田の腕の中で、ブチきれる寸前の面持ちだ。

 慎也が幸田の空になる寸前のグラスを取り、酒を取りに来た。

「ウィスキー入りマース!」

 結局焼酎だけじゃないのかよ。
 慎也の陽気な声色。
 グラスに酒を注ぎながら。

 だがほんのわずか、一瞬だ。
 顔色が変わる。

「おじゃんッスね。
 姐御、向いてないっすわ…」

 そう言い戻って行った。
 麗を見ると、俯いてカチカチに硬まり眉間にシワがよっている。
 不穏な空気を感じる。
 ゲームはどうするのか………?

「幸田さーん!持ってきましたよ!」

「おー、慎也ぁ!お前気が利くな!
 女も手が早いか?
 この女どうだ?」

 幸田が悪ノリした笑みで麗を慎也に突き出す。
 幸田も麗の不機嫌な感情は読み取っているようだった。セクハラ寄りの虐め……と言うところか。

「ソレは幸田さんの獲物じゃないっすか!」

「大漁!大漁だな!」

 海堂が下世話な顔で手を叩いて笑い出す。
 鯛組、牡丹も合わせるように笑うだけだ。

「海堂くーん、大漁じゃないでしょお?
 だってさぁ、若い子この子だけだモーン!
 」

「うはははは、しょうがねぇだろう!」

「慎也くーん、誰か持ってきてよー。お酒みたいに!」

「無理っすよ!俺、幸田さんほど人脈も金も無ェすもん!」

「そだな!だはははは」

「あはははは」

 素面で見ていると、一歩引いてしまうのは分かるが…。麗も……もっと何かアピールはないのか…?

 そこへ竜子さんが空になったビール瓶を集めそばへ来た。

「あのね…。

 麗ちゃん、よく居酒屋で見るってお客様から噂で聞いてたから…こんな雰囲気は見慣れてるだろうと思ったのだけれど…」

 そういう理由なら完全に采配ミスだ。
 麗は仏頂面な上に、思考回路に柔軟さが無い。カッチカチだ。
 というか……麗はキャンパスでは上手くやれているのだろうか?美クールと言えば聞こえは良いが、このまま歳をとったらぶっきらぼうで愛想も悪い。大丈夫なんだろうか?

「ここに来てすぐに幸田に捕まってね…。
 突然胸を掴まれて…………それからずっとあの調子なのよ…」

 まさに天は二物を与えずだ。
 頭では理解していても、嫌悪感が先に出てしまうのだろう。
 怒りん坊の麗。
 手や口先が出ていないだけでも冷静でいるつもりなんだろうが………。

 だが、ここに来るからには。
 それくらいはされる事を視野に入れていて欲しかったな…。

「竜子さん。竹下さんのような、酒絡み出身の方って他にも居ますか?年配でも構いません」

「えっ………?
 居るには居るわ。でも……皆もう過去の事。
 好きでやる人と、そうでない人が居るように………だからうちのお屋敷に来た人や、良い男性と落ち着いた人の生活に水を差すような事は……。
 女性なら分かるでしょ?
 ごめんなさい。それだけは…」

「女性としてのプライドですか…?
 それを私が請け負いますので」

「……………何を言っているの?それは一体……」

「つまりですね」

 どう説明しようかという時、声がかかった。

「竜子さん、その子をこちらへお連れして」

 大広間の部屋の端。
 酒が並んだ卓の側に座り酒瓶を片す私達の側の襖。
 それを隔てて女性の声がしたのだ。
 凛とした吹雪のような冷たい声色。
 竜子さんが一瞬、戸惑ったように見えた。

「は、はい。かしこまりました!」

 小声で応え、竜子さんが私を強引に掴み上げて大広間の座敷から廊下へ出す。

「今の声の人は……?」

「お義母様よ……」

 藤野宮 紫織。
 この屋敷の黒幕か!
 襖越しに大広間の様子を観察していたのか。全く佐伯次長顔負けの糸引き屋だな。
 是非会いたいものだ!

「いい?決して失礼があっては駄目よ!?」

「はい」

 なすがままに背を押されて入口の襖に連れられ、しゃがむ様にジェスチャーされる。
 あ、あの旅館とかで見る入り方か…。

 大広間は一番奥の座敷。
 そこへ行くまで実に二つの座敷を通るわけだが、今日は奥から二部屋目までを使用していた。

「失礼致します…」

 襖に手をかけ、そっと開ける。

 案の定、私達が酒を並べて居た卓の側に陣取り座布団の上に座っていた。

 目を惹く純白の白い髪に小さな身体。
 派手でもなく、かと言い安物でもない、美しい和装。
 ただ、その姿に似つかわしくない咥え煙草が印象深い御老女だ。

「いらっしゃい」

「お邪魔してます。琴乃 春子と申します」

「藤野宮 紫織よ。よろしくね。
 それで貴女の提案する起死回生は?どんな案なのかしら?」

 煙草を揉み消しながら私に向き直る。
 灰皿の中の吸い殻の量……。ずっとここに居たのか…。

「女性の陰湿さを利用するんです。
 一人、弱い者を作り、皆で囃子立てて虐めるだけです」

「それを麗ちゃんにやるの?」

「それは不味いんです。今回は酔っ払いの幸田が麗を気に入り絡む、と言うだけの予定でしたが…虐めるとなると、ここにいる全員が社長の処罰の対象になってしまいます」

「そうね」

「でも利点も。
 ここにいる全員が味方で、口裏合わせをすることが出来ると言う事です。

 虐められ役は私がやります。
 幸田のようなタイプは、そんな『弱者』にとても目敏いでしょう。恐らく無理難題を次から次に投げかけて来るでしょう」

 あのタイプは必ず『悪ふざけ』にはのってくる。気が大きくなっている酒の席では尚更。

「男性一人につき女性を一人付けて貰いたいんです。麗と私だけと言う違和感を軽減したいんです」

「それもそうね。コンパニオンも呼ばずに麗ちゃんだけいたのではね……まぁそれにも言い訳は用意してあったのだけれど。
 いいわ。貴女の案に従うわ。

 竜子さん!」

 入口で竜子さんが返事をし、入室。
 襖隔てて向こう側は既に人間の声とも思えぬ雄叫びまで聴こえて来る。

「はい、お義母様」

「菊池さんに連絡してすぐに電話して頂戴?」

「かしこまりました」

 竜子さんがスマホをエプロンの隙間から取り出し、どこかへ連絡をし始めた。

「菊池さんは所謂斡旋屋。あぁ、違うわね…そんなやましい感じじゃないわね。
 外国人労働者の監視者みたいなものよ」

「それは………一般の方ですか?その、市の相談員とかではなくて」

 私の問に紫織さんは口元を覆う。
 横にパッカリと開いた薄い唇が冷たく声を漏らす。

「ふふ………所詮、そんなモノ………使い物にならないわよ」

「そう………なんです?」

「機能しているところもあるのでしょうけど、この町は駄目よ。分かってるでしょ?
 貴女の所にも駅前のキムさんがいるでしょ?」

「はい。同じ現場に……」

「彼女の査定はとんでもなく低いのよ?貴女、知ってた?」

 キムの査定が?
 特に業務上、何か大きなミスをおかしたとか、そんな話は聞いていないが。

「障とく者もそう。彼らも有り得ない賃金で抑えられているの」

 障害のある社員は物流課に多いと聞いているが…。

「その障害者の親御さんは何も言わないんでしょうか?」

「…………そうね。言わないのが現状よ。お金より、しっかり働いて来る。それが大事だから………貴女も子供が出来れば分かるわよ。

 でもね。物には限度があるでしょ?
 あまりに行き過ぎる行いの場合、菊池さんを通して他の場所を紹介するの」

「実際、それは実現していますか?」

「ふふふ、なかなかね貴女。
 そうなの。勤めた会社の規模が大きい程、その親御さんも納得しない。お金はニノ次。しっかり働けているか…環境をコロコロと変えてしまうのはどうか…迷うのでしょうね。それが現状よ…。
 だから、いつまでも扱いは変わらないまま泣き寝入り」

 紫織さんは再び煙草を咥える。

「魚市場の商業施設が出来た時は覚えてる?」

 出来た…時?
 完成した時って事か?

「いえ、その時は……」

「そう。貴女、まだ産まれていないでしょ?
 この争いごとはね。それだけ昔から続いてるのよ」

 それもそうだ。
 麗は私の二つ上。その母親と社長が婚姻関係にあった頃から確実に………佐伯次長の亡くなった上司と言うも、随分前の話のはずだ。

 たった一人の男を止めるためにここまで拗れるものだろうか?

「お義母様、五分で人数分到着出来ます」

「忙しいわね…車で今の話を説明するように言って頂戴。
 もたもたしているうちに社長が先……なんて笑えないわ」

 社長が先………か。
 それも悪くないが。

 それにしても、皆がこの老女を頼りに集まってしまうのだから………とんでもない事だ。
 人脈。環境。

「あの、一ついいですか?」

「なあに?」

「警察署が関与しない原因は何なのでしょう?」

 煙管を置くと、紫織さんは神妙な面持ちで額を撫でる。

「そう………ね。原因……。
 やっぱりお金かしら…」

「買収とか、賄賂ですか……?」

「いいえ。明るみにならずに続くと言うのは、恐らく違うやり方よ。
 例えば過剰な接待………なんかね」

 グランドホテル、そしてフロントレディの顔ぶれが脳裏をよぎる。

「署長は夏野社長の高校の先輩だったとか聞いているわ。
 医者は指定されてるんでしょ?」

「はい。他の総合病院に行くことを許されていません」

「それがおかしいわよ…。セカンドオピニオンも受けれないじゃない……」

 しかし、何故か他の病院に行くと通報されるが如く、総務にバレる仕組みになっている。
 調剤薬局が少なく、情報が流れたり噂になったりするのだろう。

「恐らくその病院にもいるのよ。夏野の蜜を吸いたい奴がね…」

 小さな町だ。
 都会に行かずに就職してしまえば、当然顔見知りが多いのは事実だが。
 ここまでとは。
 社内をどうこうで終わらないのか…………?

「元々、エンゼルはコンビニ程の敷地の小さな請け負い業者だった。
 その頃は、近所の人が壊れた電化製品を持っていくとパッと直してくれてね。評判がよかったの。

 夏野さんのところに持っていこう…夏野さんなら直せるんじゃないか?って…………最先端についていけない私みたいな年寄りからは…ヒーローのように扱われたのよ」

「それが何故、こんな事に……?」

「使い方を誤ったのね。

 町の人間から得た人徳、信頼、それらを自分で掴んだ『獲物』として見てしまったのね…『客』ではなく。

 会社が大きくなってからは、毛色が変わった…夏野社長の狂行が始まったと聞いた。

 あんな所に…………就職なんてさせなければよかったわ…」

 息子………竜子さんの主人か。

「琴乃さん」

「はい?」

「貴女の味方は沢山いるわ。
 でも、ご自分で仲良くなった…とは思わない事だわ。
 人と人の繋がりの上で、その味方は存在するの」

「はい」

 しばらく経った頃だ。
 玄関先が賑わう。
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