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第9話 放課後のハンバーガーショップ

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 女子高生ばかりだった。耳をつんざく高音の笑い声が、プラスチックな店内に響いていた。紙コップに入れられたコーヒーを手にしたまま、僕は困りだした。丸山さんと話したかったから、ここにしたのに、これでちゃんと話せるのかな……。

 学校近くのマクドがこうなる時間帯だというのは知っていた。近くにある女子高のだべり場であり、もう少し時間が遅くなると、僕がいた高校の生徒が入り込んでくる。

 店の中を見渡す。席、あるのかな……。あ、あった。あわてて向かう。そこは2人が向い合わせで話せるだけの小さな席だった。机にピッタリくっつけられた低い壁がある。その上に置かれた偽物の観葉植物には、うっすら埃が積もっていた。

 温かいコーヒーを両手で抱えたまま、僕はあたりの声に耳を傾けていた。

 専門用語でずっと男性アイドルの話しをしてる。
 VTuberの動画をみんなでのぞき込んで笑っている。
 だるそうに何か楽しいことを探している。

 隣の席の女子高生が、向かいの席にいる子へつまらなさそうにたずねた。

 「もうすぐ春休みだけど、どうする?」

 そうだね。もう3月だし。僕には関係なくなったけど……。

 僕は高校を辞めた。
 結局、姉さんの負担になるのなら、辞めるしかなかった。
 説得には松浦さんの助けを借りた。たいへんだった。姉さんは行けなくなった高校に未練があり、僕にそんな後悔をさせたくないと何度も言っていた。でも、これは自分の決めたことだ。後悔なんてない。

 でも……。
 僕は、僕にはなれなかった隣の女子高生が、少しだけうらやましかった。
 少しだけ、だけど……。

 「よっ、ふっちー」

 着崩した制服姿のいかにもギャルな丸山さんが、僕の前に経っていた。

 「ごめん、呼び出しちゃって」
 「いいって。川上のときは助かったし」

 向かいの席に座ると、丸山さんは不機嫌に言い出す。

 「で、なんで、辞めたん? 学校のことでなんかあんなら、言ってくれたら私がなんとでも……」
 「家庭の事情、なんだ」
 「何それ」
 「姉さんから離れて、いま別の人の家で暮らしている」
 「ああ、それで」

 丸山さんは僕の姿をちろちろと見る。まだ肌寒いからグレーの薄いニットに、春色のカーディガンを重ねていた。スカートはふわりとした春らしいロングスカートにしてみた。
 品定めが終わったのか、丸山さんは僕を見ながらにんまりとする。

 「似合ってんじゃん。最初に会ったときより落ち着いてる。なんか、毒気が抜けた感じ」
 「毒気、って」
 「でで。今日呼び出した相談って何? 学校のことじゃないんでしょ?」
 「そうなんだ。どうしたらよくわからなくて。聞いてもらえる?」
 「うんうん。この頼れるお姉さんに聞かしてみ?」

 僕は姉さんと別れてからの話をした。家を出たこと、松浦さんのところへ逃げたこと、いまは松浦さんちで暮らしていること……。そして気持ちが揺れていることも。

 姉さんに言われてから、松浦さんを困らしたいから、ご飯が食べたいから……、僕にとって女装はそういうものだった。
 でも、いまは……。

 何のために女の子の格好をしているのか、わからない。
 僕はどうしたらいいのだろう。
 悩んでいたら「他の人に聞いてごらん」と松浦さんに言われた。自分でわからないものは他人に聞くしかないらしい。だから、僕は……。

 「それって、恋バナ?」

 丸山さんが目を細めながら、ふふんと笑いかける。
 僕はそれを否定したかった。それを認めたら、迷惑がかかるから……。

 「ふっちー、また逃げてる」
 「違うよ、僕はただ……」
 「だって、どう考えても、その松浦というのとラブじゃん」
 「わかんないんだよ……」
 「キスしたいとか、ヤリタイとか、そういう感情はあるの?」
 「わかんな……くもない」

 僕はスカートの裾をぎゅっと握る。

 「うはー。これは応援がいるわ。玉っちも呼んでいい? 恋バナは数多いほうがいいよ」
 「ちょ、ちょっと!」

 スマホを手にした丸山さんが電話しようとするのを、僕は必死に止める。恥ずかしすぎる。だから丸山さんだけに聞いてみようと思ったのに、これじゃ……。
 でも、無情に画面は押される。

 「あ、あれ」

 着信音がそばで聞こえた。丸山さんが立ち上がる。

 「玉っち、いた! ……あ」

 あちゃーという顔を丸山さんがしていた。僕も立ち上がる。低い壁の向こうに、玉川さんと川上が座っていた。

 「玉っち、今日は親戚の子と買い物行くとか言ってなかったっけ?」
 「もー! まるー!」
 「ごめんごめん。デートの邪魔して悪かったって」
 「ち、ちが……くはないけど」

 顔を真っ赤にして玉川さんは目をそらす。川上はうつむいて、テーブルをじっと見ている。

 「でさ、そっち行っていい?」
 「えー、なんでよー」
 「そっち、4人座れるし」
 「だから、なんでって!」
 「恋バナしたいんだよ」
 「誰の?」
 「ふっちーの」

 玉川さんと川上が、とっさに僕へ振り向く。
 僕はあいまいな顔をして笑うしかなかった。

◆◇◆

 それから1時間ほど4人で話していた。結論はまったく出なかった。
 途中でポテトとコーラが買い足され、丸山さんと玉川さんは、それが恋なんだと、さまざまな事例付きで僕を説得していた。川上はひとりそんな様子を困ったように眺めていた。

 しなびたポテトをひとつ取り、丸山さんはため息をつく。

 「どうしたらふっちーは自信がつくのかな……」
 「だって変だよ……」
 「何が。どこが。どのへんが? こんなにかわいいのに」
 「でもさ……」
 「ああもう、めんどっちー! いいかげん、中身が女だとわかれよ」

 ふてくされて丸山さんは、ポテトを口にくわえたまま、机に突っ伏す。

 そんなことを言われても困る。それを認めたくない。だって……。

 「川上はどう? 思うこと、言ったれ!」

 そう言われて、川上は少しあいまいな目を僕に向ける。

 「まあ、なんというか……」
 「ほら、がつんと!」
 「性別とかどっちでもいいと思うけどさ。どっちかに寄って気持ちが楽なら、それでいいんじゃないかな……」

 丸山さんが起き上がる。ひきゃーという感じで、川上を褒め称える。

 「いいぞ、良く言った! さすが、玉っちに惚れられたイケメン! ふっちーにキスしかけた男!」

 川上がかわいそうに思った。顔を真っ青にしてあわてていた。玉川さんのほうに振り向いて、必死に弁明しだす。
 それにしてもいつ丸山さんに話したのか……。こうなるとは思わなかったのか……。

 玉川さんはストローでコーラを飲みながら、すまして言う。

 「私、心広いから、別にいいよー」

 ごぶごぶという音を立ててコーラを飲み切ると、玉川さんは僕に向かって話しかけた。
 
 「ねえ。このことを書いとくのはどう?」
 「書く? 何に?」
 「最近、体験談とか私小説っていうの? あれ読むのハマっててさー。ネット小説っていろいろあって楽しいんだよね。えぐいのも多いしー」
 「そんなの書けないよ……」

 僕がとまどっていると、丸山さんが腕組みしながら匠のように言う。

 「なら、『女装めし』ってタイトルはどうだ?」

 玉川さんは「いいねっ」と親指を立てながら笑う。

 みんな勝手に……。
 川上に助けを求めようとしたら、入り口のあたりを指さしていた。

 「ヤバヤバ、激ヤバ」

 その先には、紺色のカーディガンを制服の上に羽織った委員長がいた。そして隣にはスーツ姿の男がいた。
 丸山さんは、まるでやんちゃな悪役のように、声を上げた。

 「よお、委員長。男連れかい?」

 何かを察したのか、男はそそくさと逃げ出した。
 委員長はそれを振り返りもせず、薄く笑いながら僕たちのそばに来た。

 「やっぱり、ここに来るんじゃなかった。あれの言うことを聞いたのが間違いだったわね」
 「ずいぶん若いお父さんだったな。『お父さんに会いに行く』ってそういうことかよ」
 「本当の父親のときもあるわ」
 「ひでえな」
 「校則を何度も破って叱られているあなたに言われたくないわ」
 「なら校則に死ねって書いてあったら、死ぬのかよ!」

 椅子に座ったままの丸山さんと、それを見下すように見ている委員長。ヒリヒリとした空気が流れ出す。

 そこに割り込むように、玉川さんがスマホの画面をえいっと委員長に見せつけた。

 「写真撮ったから!」

 その手は少し震えていた。それでも玉川さんは委員長にきっぱりと告げる。

 「あなたも本音と建前がだいぶ違うんじゃないんですか?」
 「それがどうしたと言うの?」
 「みんな違うんです、外と中じゃ……。誰も中は見ることができない。それでもお互い歩み寄ることはできるんです」

 委員長がふっと息を吐きだし、あきらめたように言う。

 「いいわ。私が歩み寄ります。玉川さん、それでいいかしら?」
 「はい。もう、まるにかまわないでください」
 「ええ、いいわ」
 「なら、この写真はいま消します。でも」
 「でも?」
 「意見が聞きたいんです。今日の渕崎さん、どうですか?」

 委員長が僕を見て笑った。

 「かわいいわ」

 びっくりした。こんな僕を嫌っているものだと思ってた。

 「お互い良い恋愛をしましょう」

 そう言うと委員長は後ろを向いて去っていった。

 はじかれたように丸山さんが僕の肩に腕を回す。

 「ポテト大盛りつけるから付き合え! おまえの恋が実るようにお祝いだ」
 「わからないって言ってるでしょ? 本当にこれは恋なの?」
 「ばか、当たり前じゃん」

 丸山さんが僕の頬を指先でつつく。

 「ふっちーはね、ずっと自分で言ってんだよ。これはおいしいご飯を食べて、誰かに食べられるまでの恋バナだって」
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