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5.喧嘩上等
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『インフェルノ』の地下6階を散策し始めてしばらく経った。今、私がいる場所には家具があり、床には絨毯が敷かれていて、誰かが住んでいるかのように物が散乱している。そんな部屋がいくつもあり、それぞれが何本もの通路で複雑に繋がっていた。その様はまるで廃屋のようでいて不気味であった。私は行ったことがないけれど、お化け屋敷と言えばイメージしやすいかもしれない。お化け屋敷と違ってライトが設備されているので、暗い場所が怖い人でも大丈夫だ。もっと怖い奴らがいるけど。
最初の部屋から出てどのくらい歩いたのかはわからないが、ここは思っていた以上に広く、迷路のように迷いやすかった。そして、今まで様々な部屋を行ったり来たりしているが一度も他の人と出会うことがなかった。闇雲に探し回るのも体力の無駄だと思い、今は適当な部屋でくつろいでいる。そもそも積極的に動き回る必要はあまりないだろう。【世界】は「上を目指せ」と言っていたが、時間制限があるわけではない。しばらくは誰にも見つからないように立ち回りながら、のんびりと上の階に行く階段やエレベーターなんかを探すのがベストだ。のんびりし過ぎて『追加ルール』でここを封鎖されることには気をつけておかなくてはいけないけれど。そういえば、『追加ルール』って具体的に何をしてフロアを封鎖するのだろうか。聞いておけば良かった。
このフロアにどれだけの殺人鬼が潜んでいるのかはわからないが、地下1~6階に21名の人間を均等に配置するとすれば3人か4人くらいであろう。上手くいけば誰にも会わずに上の階に行くことも十分可能だ。運悪く出会った時のために、戦う準備は万全にしておくように心がけて──……
ぐきゅるぅぅ
腹が鳴った。そういえば晩飯前に連れてこられたので、もう夜なのに何も食っていない。ここじゃ月も見えなければ正確な時刻もわからないが、腹時計から察するに20時くらいだろうか。最初の部屋に用意されていた冷凍食品でも食べておけば良かったと後悔する。あの時は緊張していて空腹をあまり感じなかったので、無視してしまった。
だが今からあの部屋に戻る必要はない。このフロアにあるいくつもの部屋の中には、冷蔵庫や調理場がある部屋もあった。きっとそこに行けば何かしら腹を満たせるものがあるだろう。
(……どうせ今まで誰にも会わなかったんだし、ちょいと出かけても大丈夫だろう)
小説や映画なら確実に面倒事のフラグが立つセリフだと我ながら思う。しかし、腹が減っては戦はできぬとも言うし、ここに敵が来る可能性だってある。じっとしているのと動き回るのとでどのくらいエンカウント率が違うのかはわからないが、さして変わりはしないだろう。なんて自分に言い訳しつつ、部屋から出ようとドアノブに触れた。
「いてっ」
空気が乾燥しているのか、パチッと静電気が起きた。幸先が悪いと思いながら、特に気にせずに外へ出た。
***
「……とんでもないことに巻き込まれちゃった」
【審判】が呑気に食料を漁りに行ったのと同時刻に、同じフロアの別の場所で1人の少女がそう独り言ちた。適当な部屋のベッドに寝転がり、オレンジの光を放つライトをじっと見上げていた。
このまま何もしないでいても、状況は悪くなるばかりだとはわかっていた。それでも動くのが億劫だった。運悪く凶悪な殺人鬼に出くわしたら、高確率で負ける……つまり殺されるだろう。自分に人を殺す才能はあっても、恐らく戦闘の才能はない。運悪く出くわしたと仮定しておいて何だが、余程運が良くなくては勝つことは難しいだろう。
それでも、戦闘力に取って代わるアドバンテージが自分にもある筈だ。そう思い、少女は胸元のポケットから一枚のカードを取り出した。上に掲げて、じっと見据える。この【恋人】のカードがどのくらい役に立つのかは定かではないが、少なくとも序盤でこのカードの使い道を理解した人は少ないと思う。こういった情報を上手く利用して、この戦いを制しよう。
力で敵わない相手ならば、知恵を使って勝とう。言うは易く行うは難しの典型例だが、それでも今はやらなければならない時だ。
「よし、休憩終わり……!」
自分に活を入れるように、少女は両頬を手でパチンと叩いて、ベッドから起き上がる。そして警戒しながら恐る恐るドアを開いた。
***
部屋から出たことを後悔してはいない。あのまま部屋にいたとすれば、待ち伏せや罠を仕掛けられる可能性もあったのだろうから。しかし、初めから『追跡』されていたというのは中々ショックが大きい。一体いつから、私は狙われていたのだろう?
背後から鋭い殺気が放たれている。心臓が高鳴り、冷や汗が出る。この殺気に気がついたのはついさっき(殺気だけに?)のことだった。
食料を探しに一度来た道を戻っている最中に、違和感を覚えた。具体的には、先程までと何かが違っていると、私は無意識に感じ取った。マットがズレていたり、開けっぱなしにしていたドアが閉じていたのに気づいて、一気に警戒心が強まった。誰かがここを通ったのか? と思ったけれど、もしそうであるならば私とばったり遭遇しても良さそうなものだ。偶然通りかかっただとか、運良く出会わなかったなどという希望的観測はするべきじゃない。
何者かに追跡されている。そう考えておくのがベターだ。
しかし相手は私が来た道をそのまま戻ることは予想していなかったのだろう。そして今、追跡していることに気づかれたとも思っていない筈だ。
このアドバンテージは活かすべきだ。
私は背後に気を配りながら、長い廊下へと歩を進める。追跡なんて私の気のせいで、誰もいなければ良いなと思っていたが、廊下へ出た途端にゾクッと後ろから視線を感じた。殺そうとしてきたのだろうか。誘い出されているとも知らずに。
コツコツと足音が響く。今のところ私自身の足音しか聞こえない。この長い廊下では追跡者は身を隠して私を追うことはできない。かといって追いかけなければ十中八九見失ってしまう。つまり追跡者は今ここで私を殺しに掛かる可能性が高い。背後から放たれている殺気に反応して、私の心臓はうるさいくらい高鳴った。
廊下の端にたどり着いた。目の前には大きなドアがあるが、開くことはせずに前に立つ。
それと同時に、背後から何かが放たれる。すわ銃でも撃ったのか、ナイフでも投げたのかと思って素早く躱す。が、ドアに当たってけたたましい音を立てるそれは、銃弾でもナイフでもない。
電極だ。
私の後をつけてきた、不気味な笑みを浮かべる男の手にはテーザー銃が握られていた。殺し合いの場に、殺さないための武器があるとは、これ如何に。いやまぁ、テーザー銃で死んでしまった人間だっているにはいるが。
なんてことを考えつつ、流れるような動作でテーザー銃と電極を繋ぐ絶縁ワイヤーを掴んで引っ張った。大した抵抗もなく男はテーザー銃を手放す。ガランと音を立てて、私の足元に転がった。あっさり手放したことを鑑みるに、一度きりの使い捨てなのだろう。
「背後から不意打ちたぁ、随分と行儀が悪いな。えぇ? おい!」
「……くくくっ」
改めて男を──敵を観察する。
まるで雨に備えるかのように白いレインコートを着て長靴を履き、フードを深く被っている。辛うじて顔が見えており、不気味な笑みは健在だった。
「今のを避けられたってことはヨォ、俺の尾行に気づいていやがったなオメー」
「あたぼうよ。つけ回すなんざ女々しい真似してないで、正面からかかってこい」
そういって中指を突き立ててやると、男はすぐさま襲いかかってきた。首目掛けて繰り出された上段蹴りを、左腕でガードする。バシンッと大きな音が響き、腕に鈍い痛みが走った。続け様に拳での打撃が顔に向かって放たれるが、私はこれを躱してカウンターを決める。上手くヒットしなかったので大したダメージにはならなかったが、男は怯んで私から距離を取った。
「驚いたなオイ、想像以上に戦えるじゃねぇかヨォ」
私は痛む左腕に目をやる。完全にガードした筈だというのに痛むだなんて、随分と強い力で蹴られたようだ。野郎、なかなか鍛えてやがる。
だが、力が強いことは認めるが私の力を大きく上回っているわけではない。最悪、腕力に物を言わせた殴り合いに発展しても問題ないだろう。それにカウンターが決められたことを考えると、体術においては私に分があるようだ。
それに加えて、斧がある。
「シッ──」
今度はこちらから攻撃した。廊下とはいえ、聖戦の舞台なだけあって、斧を振るっても問題のない広さだった。斧の厚くて重い刃を男に向けて思い切り薙ぐ。男はとっさに躱したが、そこへ追い討ちをかける。身体を回すことで縦方向に勢いよく斧を振り下ろし、男の脳天を割ろうとした。が、男は斧の柄の部分を蹴ってこの攻撃を防いだ。ちょっとでもタイミングがずれたら命取りになるだろうに、よくやるものだ。
「いやに威勢が良いじゃねぇかァ……落ち着けヨ、直ぐに殺してやるからヨォ」
「殺してやるだぁ? 上等じゃねぇか!」
吠えるように言う。
秘密の聖戦で最初の戦いが、本格的に始まった。
最初の部屋から出てどのくらい歩いたのかはわからないが、ここは思っていた以上に広く、迷路のように迷いやすかった。そして、今まで様々な部屋を行ったり来たりしているが一度も他の人と出会うことがなかった。闇雲に探し回るのも体力の無駄だと思い、今は適当な部屋でくつろいでいる。そもそも積極的に動き回る必要はあまりないだろう。【世界】は「上を目指せ」と言っていたが、時間制限があるわけではない。しばらくは誰にも見つからないように立ち回りながら、のんびりと上の階に行く階段やエレベーターなんかを探すのがベストだ。のんびりし過ぎて『追加ルール』でここを封鎖されることには気をつけておかなくてはいけないけれど。そういえば、『追加ルール』って具体的に何をしてフロアを封鎖するのだろうか。聞いておけば良かった。
このフロアにどれだけの殺人鬼が潜んでいるのかはわからないが、地下1~6階に21名の人間を均等に配置するとすれば3人か4人くらいであろう。上手くいけば誰にも会わずに上の階に行くことも十分可能だ。運悪く出会った時のために、戦う準備は万全にしておくように心がけて──……
ぐきゅるぅぅ
腹が鳴った。そういえば晩飯前に連れてこられたので、もう夜なのに何も食っていない。ここじゃ月も見えなければ正確な時刻もわからないが、腹時計から察するに20時くらいだろうか。最初の部屋に用意されていた冷凍食品でも食べておけば良かったと後悔する。あの時は緊張していて空腹をあまり感じなかったので、無視してしまった。
だが今からあの部屋に戻る必要はない。このフロアにあるいくつもの部屋の中には、冷蔵庫や調理場がある部屋もあった。きっとそこに行けば何かしら腹を満たせるものがあるだろう。
(……どうせ今まで誰にも会わなかったんだし、ちょいと出かけても大丈夫だろう)
小説や映画なら確実に面倒事のフラグが立つセリフだと我ながら思う。しかし、腹が減っては戦はできぬとも言うし、ここに敵が来る可能性だってある。じっとしているのと動き回るのとでどのくらいエンカウント率が違うのかはわからないが、さして変わりはしないだろう。なんて自分に言い訳しつつ、部屋から出ようとドアノブに触れた。
「いてっ」
空気が乾燥しているのか、パチッと静電気が起きた。幸先が悪いと思いながら、特に気にせずに外へ出た。
***
「……とんでもないことに巻き込まれちゃった」
【審判】が呑気に食料を漁りに行ったのと同時刻に、同じフロアの別の場所で1人の少女がそう独り言ちた。適当な部屋のベッドに寝転がり、オレンジの光を放つライトをじっと見上げていた。
このまま何もしないでいても、状況は悪くなるばかりだとはわかっていた。それでも動くのが億劫だった。運悪く凶悪な殺人鬼に出くわしたら、高確率で負ける……つまり殺されるだろう。自分に人を殺す才能はあっても、恐らく戦闘の才能はない。運悪く出くわしたと仮定しておいて何だが、余程運が良くなくては勝つことは難しいだろう。
それでも、戦闘力に取って代わるアドバンテージが自分にもある筈だ。そう思い、少女は胸元のポケットから一枚のカードを取り出した。上に掲げて、じっと見据える。この【恋人】のカードがどのくらい役に立つのかは定かではないが、少なくとも序盤でこのカードの使い道を理解した人は少ないと思う。こういった情報を上手く利用して、この戦いを制しよう。
力で敵わない相手ならば、知恵を使って勝とう。言うは易く行うは難しの典型例だが、それでも今はやらなければならない時だ。
「よし、休憩終わり……!」
自分に活を入れるように、少女は両頬を手でパチンと叩いて、ベッドから起き上がる。そして警戒しながら恐る恐るドアを開いた。
***
部屋から出たことを後悔してはいない。あのまま部屋にいたとすれば、待ち伏せや罠を仕掛けられる可能性もあったのだろうから。しかし、初めから『追跡』されていたというのは中々ショックが大きい。一体いつから、私は狙われていたのだろう?
背後から鋭い殺気が放たれている。心臓が高鳴り、冷や汗が出る。この殺気に気がついたのはついさっき(殺気だけに?)のことだった。
食料を探しに一度来た道を戻っている最中に、違和感を覚えた。具体的には、先程までと何かが違っていると、私は無意識に感じ取った。マットがズレていたり、開けっぱなしにしていたドアが閉じていたのに気づいて、一気に警戒心が強まった。誰かがここを通ったのか? と思ったけれど、もしそうであるならば私とばったり遭遇しても良さそうなものだ。偶然通りかかっただとか、運良く出会わなかったなどという希望的観測はするべきじゃない。
何者かに追跡されている。そう考えておくのがベターだ。
しかし相手は私が来た道をそのまま戻ることは予想していなかったのだろう。そして今、追跡していることに気づかれたとも思っていない筈だ。
このアドバンテージは活かすべきだ。
私は背後に気を配りながら、長い廊下へと歩を進める。追跡なんて私の気のせいで、誰もいなければ良いなと思っていたが、廊下へ出た途端にゾクッと後ろから視線を感じた。殺そうとしてきたのだろうか。誘い出されているとも知らずに。
コツコツと足音が響く。今のところ私自身の足音しか聞こえない。この長い廊下では追跡者は身を隠して私を追うことはできない。かといって追いかけなければ十中八九見失ってしまう。つまり追跡者は今ここで私を殺しに掛かる可能性が高い。背後から放たれている殺気に反応して、私の心臓はうるさいくらい高鳴った。
廊下の端にたどり着いた。目の前には大きなドアがあるが、開くことはせずに前に立つ。
それと同時に、背後から何かが放たれる。すわ銃でも撃ったのか、ナイフでも投げたのかと思って素早く躱す。が、ドアに当たってけたたましい音を立てるそれは、銃弾でもナイフでもない。
電極だ。
私の後をつけてきた、不気味な笑みを浮かべる男の手にはテーザー銃が握られていた。殺し合いの場に、殺さないための武器があるとは、これ如何に。いやまぁ、テーザー銃で死んでしまった人間だっているにはいるが。
なんてことを考えつつ、流れるような動作でテーザー銃と電極を繋ぐ絶縁ワイヤーを掴んで引っ張った。大した抵抗もなく男はテーザー銃を手放す。ガランと音を立てて、私の足元に転がった。あっさり手放したことを鑑みるに、一度きりの使い捨てなのだろう。
「背後から不意打ちたぁ、随分と行儀が悪いな。えぇ? おい!」
「……くくくっ」
改めて男を──敵を観察する。
まるで雨に備えるかのように白いレインコートを着て長靴を履き、フードを深く被っている。辛うじて顔が見えており、不気味な笑みは健在だった。
「今のを避けられたってことはヨォ、俺の尾行に気づいていやがったなオメー」
「あたぼうよ。つけ回すなんざ女々しい真似してないで、正面からかかってこい」
そういって中指を突き立ててやると、男はすぐさま襲いかかってきた。首目掛けて繰り出された上段蹴りを、左腕でガードする。バシンッと大きな音が響き、腕に鈍い痛みが走った。続け様に拳での打撃が顔に向かって放たれるが、私はこれを躱してカウンターを決める。上手くヒットしなかったので大したダメージにはならなかったが、男は怯んで私から距離を取った。
「驚いたなオイ、想像以上に戦えるじゃねぇかヨォ」
私は痛む左腕に目をやる。完全にガードした筈だというのに痛むだなんて、随分と強い力で蹴られたようだ。野郎、なかなか鍛えてやがる。
だが、力が強いことは認めるが私の力を大きく上回っているわけではない。最悪、腕力に物を言わせた殴り合いに発展しても問題ないだろう。それにカウンターが決められたことを考えると、体術においては私に分があるようだ。
それに加えて、斧がある。
「シッ──」
今度はこちらから攻撃した。廊下とはいえ、聖戦の舞台なだけあって、斧を振るっても問題のない広さだった。斧の厚くて重い刃を男に向けて思い切り薙ぐ。男はとっさに躱したが、そこへ追い討ちをかける。身体を回すことで縦方向に勢いよく斧を振り下ろし、男の脳天を割ろうとした。が、男は斧の柄の部分を蹴ってこの攻撃を防いだ。ちょっとでもタイミングがずれたら命取りになるだろうに、よくやるものだ。
「いやに威勢が良いじゃねぇかァ……落ち着けヨ、直ぐに殺してやるからヨォ」
「殺してやるだぁ? 上等じゃねぇか!」
吠えるように言う。
秘密の聖戦で最初の戦いが、本格的に始まった。
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