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3.残酷な世界
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ずっと部屋の隅で佇んでいた看守が急に動き出した。2人のうち1人は私の隣へ歩いてきて、懐から一枚のカードを取り出して、私の前にある机に置いた。
「いきなり何だ? これ」
「タロットカードですよ。『秘密の聖戦』参戦者の皆様に渡してあります。主催者の僕も一枚持っています」
そう言って取り出したカードには、21という数字とTHE WORLDの文字、そして何だか芸術的な絵が見えた。
「僕のは【世界】のカードです。僕は戦いませんけど、一応聖戦に『参加している』ようなものなので」
「何だそりゃ。あんたも戦えよ」
「いやぁ、無理です。戦闘能力はまったくないので」
困ったようにユニスが笑った。
参加しているようなもの……一体、どういう意味なのだろう。戦わないのなら、参加なんてしていないように思えるが。
「私のカードは……【審判】か。このカードが聖戦とやらに関係してくるのか?」
「ええ、聖戦において必要にはなってきます。ですが、どちらかと言えば聖戦の裏事情に関係してきますね。『賭け事』にしても20名以上もの人間の名前をいちいち覚えていられないですから、便宜上皆さまを大アルカナになぞらえて呼んだりとか」
「賭け……ね。何となく、その裏事情とやらを察した気がするぜ」
やはりこんな大掛かりなデスゲームをただの趣味で終わらしてはいないだろう。大方、上流階級を相手にした賭博のようなものか。それにしたって大掛かりではあるのだが、偉い人や金持ちのやることなんて大体、庶民からすれば想像を絶するほど大掛かりで贅沢なことだろう。
しかし、このタロットカードが聖戦にどう影響してくるのだろう。材質はプラスチックで簡単には破れない。もしかしたらチップカードの類だろうか。
聖戦主催者のユニスも持っているのは何故だろう。ユニスに用途を聞いてみても「自分で考えるのもデスゲームの醍醐味ですよ。といっても、そこまで重要なアイテムではありませんが」なんて返答してくる。それに、わざわざタロットカードなのも不明だ。確か占いで使うカードだが、何かを暗示しているのだろうか。それとも大した意味なんてないのだろうか。
カードを片手間にいじっていると、突然後ろからガコンッと音がする。
驚いて振り向くと、もう1人の看守が床のマットに隠されていた地下への隠し扉を開いていた。
「いつの間に!? ってか、そんなとこに扉が……」
「上手く隠されているでしょう? そこから『インフェルノ』へ行けます。聖戦開始まではまだ時間がありますが」
心臓が高鳴った。
まさか、この部屋から地下へ行くとは思っていなかった。僅かに艶めいている床に現れた、正方形の穴は不気味で、穴のふちで風が低くうなっているような音がする。看守の1人が穴の中へ入り、梯子を伝って降りていった。もう1人はじっと立っている。
「【審判】……それが、この聖戦におけるあなたの名前です。頑張ってくださいね」
「……じゃあ、あんたのことは【世界】って呼ぶのか?」
「名前で呼んでも構いませんが、今は【世界】が良いですね……カッコいいじゃないですか」
「厨二っぽいなぁ」
「『復讐鬼』が言うことですかそれ?」
「待て待て、それ私が名乗ったわけじゃないだろ」
「あはは」
喋りながら、穴の前に立つ。迷うことはない。既に死ぬ覚悟をしてきた身だ。
取り付けられた梯子に足を掛けて、少しずつ入っていく。ユニス──【世界】の方を見ると、穏やかにじっと見つめ返してきた。まるで最期を看取るかのように静かだった。
「……んじゃ、行ってくるよ」
返事はなかった。無視したというより、これ以上話すのが無粋だという感じだった。
***
暗い中、ゆっくりと梯子を降りていく。
梯子は20メートルほどの高さで、四方をコンクリートの壁に囲まれてライトもないため踏み外さないかヒヤヒヤした。
梯子を降りるとだだっ広い空間があった。点々と小さなライトが設置されていて、まるでトンネル内部にいるみたいだ。
「……ここから先はエレベーターを使う。ついて来い」
先に到着していた看守がそう言った。
今になって話し出すとは。軽く驚いた。
「あんた喋れたんだな……ずっと無言だったのに」
「……まあな」
……そんだけ?
せっかく口を開いたと思ったら、また黙りこくって歩き始めた。仕方ないので後をついていく。足音が反響して、落ち着かなかった。もう少し、【世界】のとこで時間を潰しておけば良かった。
しばらくの間このトンネルのような地下道を歩いていくと、無機質で頑丈そうな扉が見えた。このエレベーターに乗るのだろう。看守はエレベーターに取り付けられた電子ロックを解除して、扉を開く。重々しい音を立てて、地獄の釜の蓋が開く。
看守が話し始めた。
「エンカウント率の調整のため、聖戦に参加する殺人鬼は階層をバラけさせて配置することになっている。お前の乗るこのエレベーターは最下層の地下6階行きだ」
「それって、何人かはもっと上の階からスタートできるってことかよ。ちょっとズルくないか?」
「……お前は一応、危惧されていたからな。殺人の動機が敵討ちや正義感であるならば、残酷に殺し合う聖戦には消極的になるのではとな。だからいざという時、否が応でも殺し合わせるために下層に配置されたんだろう。結果的にお前は怒りに任せて人を殺すタイプの殺人鬼だったようだが」
「あー……あの質問って、そんな意図があったのか?」
『殺したいから殺した』と、曖昧に答えたことを思い出す。【世界】はあの時に私の本質を見定めていたのだろうか? 回りくどい奴だ。
そもそも、敵討ちはともかく正義感からの殺人であるならば、私は世界中の強姦魔を殺すべきだ。そして私の殺人が姉さんの復讐であることは紛うことない真実なのだが、肉親をこんな目に遭わされてぶち切れていたのも事実である。要するに、むしゃくしゃして殺った。
敵討ちと怒りに任せての殺人に一体どれほどの違いがあるのかは定かではないが、あいにく私は運営サイドが心配するような優しさや甘さは持ち合わせていない。お人好しでなく人殺しだし。
「あくまでエンカウント率の調整だから、適当に配置した奴の方が多いがな。それに下層が不利とは限らない。お前の例は逆に言えば、聖戦に積極的な奴は上層に配置されているとも言える」
「確かに……」
私が下層にいる間に上層で大勢が争って、大勢が死ねばその分楽になるだろう。無論、下層にも敵がいるのだろうから私も戦うことにはなるし、下層に凶悪な殺人鬼がいないとも限らないが。
看守は話し終えると、懐から小さな鍵を取り出した。
次に私の手を取り、手首に取り付けられていた手錠を外した。鎖が私の手首を滑り、けたたましく音を立てて地面に落ちた。
「ここから先は1人で行け」
「……良いのかよ? こんなところで両手自由にしちゃって。逃げようとするかも知れないぜ」
「無駄だ。例え俺を殺そうがこの地下からはもう出られない。そういう仕組みになっているんだ」
看守は何の感情もなくそう言う。どうやらこれ以上話すことも、話す気もないようだ。
エレベーターの方へ向き直り、中を見つめる。まるで安っぽいホテルにあるような、何の変哲もない陳腐な内装だ。しかしそれが今はとても恐ろしく感じられる。
だが、私は生憎ここで怖気付くようなキャラじゃない。上等だ。自分を奮い立たせて、私は無遠慮にエレベーターに乗り込んだ。
ゴウン……ゴウン……ゴウン……
重く低い音を立てて、扉はゆっくりと自動で閉まった。エレベーターは少しずつ、少しずつ、地下深くまで降りていった。
「いきなり何だ? これ」
「タロットカードですよ。『秘密の聖戦』参戦者の皆様に渡してあります。主催者の僕も一枚持っています」
そう言って取り出したカードには、21という数字とTHE WORLDの文字、そして何だか芸術的な絵が見えた。
「僕のは【世界】のカードです。僕は戦いませんけど、一応聖戦に『参加している』ようなものなので」
「何だそりゃ。あんたも戦えよ」
「いやぁ、無理です。戦闘能力はまったくないので」
困ったようにユニスが笑った。
参加しているようなもの……一体、どういう意味なのだろう。戦わないのなら、参加なんてしていないように思えるが。
「私のカードは……【審判】か。このカードが聖戦とやらに関係してくるのか?」
「ええ、聖戦において必要にはなってきます。ですが、どちらかと言えば聖戦の裏事情に関係してきますね。『賭け事』にしても20名以上もの人間の名前をいちいち覚えていられないですから、便宜上皆さまを大アルカナになぞらえて呼んだりとか」
「賭け……ね。何となく、その裏事情とやらを察した気がするぜ」
やはりこんな大掛かりなデスゲームをただの趣味で終わらしてはいないだろう。大方、上流階級を相手にした賭博のようなものか。それにしたって大掛かりではあるのだが、偉い人や金持ちのやることなんて大体、庶民からすれば想像を絶するほど大掛かりで贅沢なことだろう。
しかし、このタロットカードが聖戦にどう影響してくるのだろう。材質はプラスチックで簡単には破れない。もしかしたらチップカードの類だろうか。
聖戦主催者のユニスも持っているのは何故だろう。ユニスに用途を聞いてみても「自分で考えるのもデスゲームの醍醐味ですよ。といっても、そこまで重要なアイテムではありませんが」なんて返答してくる。それに、わざわざタロットカードなのも不明だ。確か占いで使うカードだが、何かを暗示しているのだろうか。それとも大した意味なんてないのだろうか。
カードを片手間にいじっていると、突然後ろからガコンッと音がする。
驚いて振り向くと、もう1人の看守が床のマットに隠されていた地下への隠し扉を開いていた。
「いつの間に!? ってか、そんなとこに扉が……」
「上手く隠されているでしょう? そこから『インフェルノ』へ行けます。聖戦開始まではまだ時間がありますが」
心臓が高鳴った。
まさか、この部屋から地下へ行くとは思っていなかった。僅かに艶めいている床に現れた、正方形の穴は不気味で、穴のふちで風が低くうなっているような音がする。看守の1人が穴の中へ入り、梯子を伝って降りていった。もう1人はじっと立っている。
「【審判】……それが、この聖戦におけるあなたの名前です。頑張ってくださいね」
「……じゃあ、あんたのことは【世界】って呼ぶのか?」
「名前で呼んでも構いませんが、今は【世界】が良いですね……カッコいいじゃないですか」
「厨二っぽいなぁ」
「『復讐鬼』が言うことですかそれ?」
「待て待て、それ私が名乗ったわけじゃないだろ」
「あはは」
喋りながら、穴の前に立つ。迷うことはない。既に死ぬ覚悟をしてきた身だ。
取り付けられた梯子に足を掛けて、少しずつ入っていく。ユニス──【世界】の方を見ると、穏やかにじっと見つめ返してきた。まるで最期を看取るかのように静かだった。
「……んじゃ、行ってくるよ」
返事はなかった。無視したというより、これ以上話すのが無粋だという感じだった。
***
暗い中、ゆっくりと梯子を降りていく。
梯子は20メートルほどの高さで、四方をコンクリートの壁に囲まれてライトもないため踏み外さないかヒヤヒヤした。
梯子を降りるとだだっ広い空間があった。点々と小さなライトが設置されていて、まるでトンネル内部にいるみたいだ。
「……ここから先はエレベーターを使う。ついて来い」
先に到着していた看守がそう言った。
今になって話し出すとは。軽く驚いた。
「あんた喋れたんだな……ずっと無言だったのに」
「……まあな」
……そんだけ?
せっかく口を開いたと思ったら、また黙りこくって歩き始めた。仕方ないので後をついていく。足音が反響して、落ち着かなかった。もう少し、【世界】のとこで時間を潰しておけば良かった。
しばらくの間このトンネルのような地下道を歩いていくと、無機質で頑丈そうな扉が見えた。このエレベーターに乗るのだろう。看守はエレベーターに取り付けられた電子ロックを解除して、扉を開く。重々しい音を立てて、地獄の釜の蓋が開く。
看守が話し始めた。
「エンカウント率の調整のため、聖戦に参加する殺人鬼は階層をバラけさせて配置することになっている。お前の乗るこのエレベーターは最下層の地下6階行きだ」
「それって、何人かはもっと上の階からスタートできるってことかよ。ちょっとズルくないか?」
「……お前は一応、危惧されていたからな。殺人の動機が敵討ちや正義感であるならば、残酷に殺し合う聖戦には消極的になるのではとな。だからいざという時、否が応でも殺し合わせるために下層に配置されたんだろう。結果的にお前は怒りに任せて人を殺すタイプの殺人鬼だったようだが」
「あー……あの質問って、そんな意図があったのか?」
『殺したいから殺した』と、曖昧に答えたことを思い出す。【世界】はあの時に私の本質を見定めていたのだろうか? 回りくどい奴だ。
そもそも、敵討ちはともかく正義感からの殺人であるならば、私は世界中の強姦魔を殺すべきだ。そして私の殺人が姉さんの復讐であることは紛うことない真実なのだが、肉親をこんな目に遭わされてぶち切れていたのも事実である。要するに、むしゃくしゃして殺った。
敵討ちと怒りに任せての殺人に一体どれほどの違いがあるのかは定かではないが、あいにく私は運営サイドが心配するような優しさや甘さは持ち合わせていない。お人好しでなく人殺しだし。
「あくまでエンカウント率の調整だから、適当に配置した奴の方が多いがな。それに下層が不利とは限らない。お前の例は逆に言えば、聖戦に積極的な奴は上層に配置されているとも言える」
「確かに……」
私が下層にいる間に上層で大勢が争って、大勢が死ねばその分楽になるだろう。無論、下層にも敵がいるのだろうから私も戦うことにはなるし、下層に凶悪な殺人鬼がいないとも限らないが。
看守は話し終えると、懐から小さな鍵を取り出した。
次に私の手を取り、手首に取り付けられていた手錠を外した。鎖が私の手首を滑り、けたたましく音を立てて地面に落ちた。
「ここから先は1人で行け」
「……良いのかよ? こんなところで両手自由にしちゃって。逃げようとするかも知れないぜ」
「無駄だ。例え俺を殺そうがこの地下からはもう出られない。そういう仕組みになっているんだ」
看守は何の感情もなくそう言う。どうやらこれ以上話すことも、話す気もないようだ。
エレベーターの方へ向き直り、中を見つめる。まるで安っぽいホテルにあるような、何の変哲もない陳腐な内装だ。しかしそれが今はとても恐ろしく感じられる。
だが、私は生憎ここで怖気付くようなキャラじゃない。上等だ。自分を奮い立たせて、私は無遠慮にエレベーターに乗り込んだ。
ゴウン……ゴウン……ゴウン……
重く低い音を立てて、扉はゆっくりと自動で閉まった。エレベーターは少しずつ、少しずつ、地下深くまで降りていった。
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