恋愛倉庫

菫川ヒイロ

文字の大きさ
上 下
180 / 425
四丁目の交差点の角のタバコ屋の二階に住んで居るレイチェル

しおりを挟む




 また始まったと思った。
 俺はただ傍観していた、タバコ屋の店番をしながら事の成り行きを見守るのも
 俺の仕事だったからである。
 
 
 レイチェルはその容姿からは想像が出来ないくらいに口が悪い。
 どうしてそんな事になってしまったのかはまあ足が動かないという事も影響して
 いるのだろう。だから彼女は鳥籠の中の鳥のようにあそこから出る事は出来ない
 のだ。そんな彼女が外との交流するにそれぐらいしかなかったからなんて理由
 で納得できるかは人次第だろうけど。
 
 
「お前なあ、あんまりやり過ぎるとどうなるか分からないぞ? 」


 彼女の部屋へ食事を持っていった俺は彼女に注意をする。
 
 
「何よ、バイトの癖に! よくそんな偉そうに言えたものね、この私に」


 そして彼女はいつだってそう言って自分との立場の違いを強調するのだ。
 俺はここで雇われているだけで、彼女はここの店主の孫である。
 でもこれは俺の仕事に含まれているので、俺も言うのを止めない。
 そもそもここら辺がそんなに治安がいい場所ではないから余計に言っておかない
 といけないのだ。
 
 
「だいたい私はここで干からびて死ぬ運命なんだから、どうなったって平気よ」


 そしていつもの捨てゼリフ。
 彼女だってそのくらいは分かっているけど、それでも外に憧れてしまうのだろう。
 でも彼女をここから連れ出してくれるような王子様はこんな所に立ち寄ったりは
 しないのだ、残念ながら。
 
 
 だからせいぜい俺程度の奴が一応居るという状況を作り上げるぐらいが店主の
 悪あがきだった。正直俺一人で何が出来るなんて事はないのだが、居ないよりも
 居た方がマシだという程度のお守りにすら劣るバイトだった。


 いつものと常連の客が金と一緒にそういうから俺はいつものようにタバコを渡す。
 
 
「後、これ。祭りのチラシを張っておいてくれるか? 」


 そう言って用事をさっさと済ませて行ってしまう常連の名前を俺は未だに知らな
 が、それでもその常連に言われた通りにチラシを張ろうとして目に留まったのは
 歌謡コンテストの文字。いつもあれだけ文句を言っているのだから、こう言うの
 でストレスを発散させるのも悪くないだろうという安易な考えだった。
 
 
「おい、レイチェル。歌とかに興味はないか? 」


 そう言って見せたチラシ。
 興味無さげに見ながら彼女は言う。
 
 
「馬鹿ね、私がどうやって会場に行くっていうのよ。忘れたの? 私、足が動かな
 いのよ? 」
 
 
「そんなもの、俺がどうにかする。出るか出ないかだけを言えよ」


 俺の事を訝しげに見ながらも外への憧れは抑える事が出来ない彼女の選択は
 

「じゃあ、出る」


 だった。だから俺も彼女をどうやって連れて行くのかを考える。
 取り敢えずはコンテストにエントリーをしないといけないし、彼女が座る椅子を
 確保しないといけない。なにやらいろいろとやる事があるけど、それでも彼女の
 為ならとやる気が出せる俺はきっと彼女の事が好きなのだろう。
 
 






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います

きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で…… 10/1追記 ※本作品が中途半端な状態で完結表記になっているのは、本編自体が完結しているためです。 ありがたいことに、ソフィアのその後を見たいと言うお声をいただいたので、番外編という形で作品完結後も連載を続けさせて頂いております。紛らわしいことになってしまい申し訳ございません。 また、日々の感想や応援などの反応をくださったり、この作品に目を通してくれる皆様方、本当にありがとうございます。これからも作品を宜しくお願い致します。 きんもくせい 11/9追記 何一つ完結しておらず中途半端だとのご指摘を頂きましたので、連載表記に戻させていただきます。 紛らわしいことをしてしまい申し訳ありませんでした。 今後も自分のペースではありますが更新を続けていきますので、どうぞ宜しくお願い致します。 きんもくせい

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...