そして女神は……

菫川ヒイロ

文字の大きさ
上 下
34 / 42
そして女神は……

しおりを挟む





 そして女神は舞い降りた。


「何をしているの、いい加減目覚めなさい! 」
 

 そう言って寝起きの俺の頬を打つ女の事を俺は知っているような気がした。
 でも誰なのかが思い出せないのだ。確かに知っているはずなのに思い出せないと
 いうこの気持ち悪さをどうすればいいのだろうか? それとこのジンジンする頬
 の痛みもどうすればいいのか教えて欲しい。
 
 
「ちょっとどうしてそんな顔をしているの? まだ思い出せないの? まったくど
 うなってるのよこの世界は。知らない内に変わっているし、誰も私の事を知らな
 いなんてふざけているのかと思ったわマジで」
 
 
 なんら悪びれる事も無く話続けるこの女はきっと碌でもない奴なのだろうと決め
 つるには十分なはずなのに、どうしてもそれが出来ないのは何故なのか? 心の
 どこかで拒否反応がでているようで俺は一体この女とどういう関係だというのだ
 ろうか? 誰か教えて欲しいのだ。
 
 
「いつまでたってもアンタは帰って来ないし、そのせいで文句は言われるしで最悪
 な気分だったんだから謝ってくれないかしら。ほんと、毎日こんな気分で過ごす
 ってどういうものかアンタには分からないんでしょうね」
 
 
 確かにそれはそうなのかもしれないと思えてしまったのは毎日温泉に入って食っ
 て寝るという最高の生活をしている俺にはそんな気分になるなんて事がないとい
 う確信があった。
 
 
「ごめんなさい」


 別に謝る事ぐらいならどうって事はない。
 謝るという行為で俺は何も失ったりはしないのだ。今まで散々謝ってきたのだか
 らその行為に何の感情も含まれない、空っぽのままで謝る事が俺には出来るのだ
 と何故か俺は知っていた。
 
 
「謝ればいいってもんじゃないのよ。私が何も分からないとでも思っているのなら
 それは随分とナメられたものね。あまり私を怒らせないで欲しいわ。怒るのにだ
 ってそれなりに体力を使うし、そもそも私は怒りたくなんてないの。でもアンタ
 は怒らないと分からないから仕方が無く怒っているの、分かる? 」
 
 
 何を言っているのかは分からない。
 でも何故かこの感覚は知っている気がするのだ。この理不尽に理不尽を重ねてく
 る絶対的自己中な発言をするような奴を俺は知っている。そうあれはいつの事だ
 ったか? 俺のミスではないのに強引に俺がミスしたことにされたという記憶が
 俺にはあって……あの時のクソ女の名前は……名前は……
 
 
「エルトロヴィーネ! 」


「なに、やっと思い出したの? じゃあ何か忘れていない? 」


 やっと思い出した相手に対して言う事がこれとは……嗚呼、そうだった。この女
 は、この女神はこういうやつだった。今まで俺が忘れていたという事など関係は
 なく、俺が取った行動に対しての罰を与えるのがエルトロヴィーネという女神の
 やり方なのだ。
 
 
「す、すいませんでした! どうやら記憶を操作されてしまっていたようでしてま
 だ何も出来ておりません! こうしてわざわざお手を煩わす事になり誠に申し訳
 なく思っております。すぐに魔王を討伐させますのでもう少しだけお時間を頂け
 ませんでしょうか? 」
 
 
「そう。それで、何か忘れてない? 」


 向けられる笑顔は完全に怒っている証拠である。
 この女神の笑顔はただの仮面でしかないのだ。でもまだ何かを忘れているだろう
 か? 女神からの命令は転移した勇者に魔王を殺させる事だったはずで、それ以
 外に何か言われていたか必死に頭を動かすがまったく思い出せないのだ。
 
 
 そもそも今しがた記憶を取り戻したばかりである。
 もう頭の中は滅茶苦茶で何が何処にあるのかさえ分からないぐらいとっちらかっ
 ているのだ。こんな場所から探し物をしないといけないとはなんという罰なのだ
 ろうか。もう少し部下を労わって欲しいと思うのは傲慢だとでもいうのだろうか。
 
 
「なに、まだ分からないの? この頭の中には何が詰まっているのかしら? ねえ、
 思い出してみなさいよ。アンタが、アンタごときが私の事を呼び捨てにしたとい
 う事実を。いつの間にアンタは私を呼び捨て出来るほど偉くなったのか言ってみ
 なさいよ! 」
 
 
 俺は女神に頭を鷲掴みにされ、振り回される。
 力は当然天使よりも上、ならば抵抗する事など無意味だし、そんな事をすれば余
 計に怒りを買うだけだ。だから今俺に出来る事といえば、
 
 
「すいませんでしたエルトロヴィーネ様、どうかお許しを」


 吐き気を催しつつも許しを請う事しか俺には出来ない。これが絶対的な主従関係
 というものなのだ。俺に自由なんてものは存在しないし、命令は絶対。逆らうな
 んて事を考えるだけでも許されないのだ。
 
 
「もういいわ。アンタはさっさと天界へ帰りなさい。ここからは私がやるから」


 何故か女神様が後始末を代わってくれるというあり得ない事を口にした。
 あの女神様が、エルトロヴィーネ様が後始末などするだろうか? そんな心がこ
 の女神にあるとしたらもしかしてここに居るのは偽物なのでは? と疑いたくな
 ってしまう気持ちを抑え込む。
 
 
「帰ってもパパに余計な事は言わないのよ、いいわね」


 なるほど、どうやら女神の父上であるゴットに怒られたらしい。だからその分の
 腹いせも追加されていたのだろう。気晴らしには丁度よかったというだけの事で
 どうやらそこまで怒ってはいない、おこぐらいである。そうと分かれば言われた
 通りすぐに帰ろう、この機嫌がいい内に気持ちが変わらない内に帰るのだ。
 
 
 温泉にもう一度入ってから。
 
 











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

バスト105cm巨乳チアガール”妙子” 地獄の学園生活

アダルト小説家 迎夕紀
青春
 バスト105cmの美少女、妙子はチアリーディング部に所属する女の子。  彼女の通う聖マリエンヌ女学院では女の子達に売春を強要することで多額の利益を得ていた。  ダイエットのために部活でシゴかれ、いやらしい衣装を着てコンパニオンをさせられ、そしてボロボロの身体に鞭打って下半身接待もさせられる妙子の地獄の学園生活。  ---  主人公の女の子  名前:妙子  職業:女子学生  身長:163cm  体重:56kg  パスト:105cm  ウェスト:60cm  ヒップ:95cm  ---  ----  *こちらは表現を抑えた少ない話数の一般公開版です。大幅に加筆し、より過激な表現を含む全編32話(プロローグ1話、本編31話)を読みたい方は以下のURLをご参照下さい。  https://note.com/adult_mukaiyuki/m/m05341b80803d  ---

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

【R18】淫魔の道具〈開発される女子大生〉

ちゅー
ファンタジー
現代の都市部に潜み、淫魔は探していた。 餌食とするヒトを。 まず狙われたのは男性経験が無い清楚な女子大生だった。 淫魔は超常的な力を用い彼女らを堕落させていく…

オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】

ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。 ※ムーンライトノベルにも掲載しています。

処理中です...