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しおりを挟む私は今でもその日の事をよく覚えている、
きっとこの先も忘れる事などないだろう。
それくらいあの日は印象に残る一日だった。
*****
その日、私はいつものように婚約者のザローネ男爵との待ち合わせ場所へと
向かっていた。ザローネ男爵との婚約に私の意思は一切関係なく決まった事で、
それは父親同士の男の友情だとかなんとかで私にはまったく理解できない
ものだった。
ただ私も家の力関係くらいは分かっていた。
ザローネ家とうちとでは差があるのだ。
いくら貴族だとは言え、そこにさえ序列というものはある。
私には断る権利なんてものは存在せず、ただ受け入れる事しか出来なかった。
だから、自分の婚約者がどんなに自分の好みでなくとも一緒にならなければ
ならないし寧ろ、こちら側から好かれなければならない状況である。
私はがんばった。
出来るだけザローネ男爵に嫌われないようにと、日々を過ごして来た。
そして今日も待ち合わせ場所に時間よりも早く来て待っていた。
当然、男爵は時間通りに来た事など一度もない。
それでも、もしもがあってはならないので私は指定された時間より早く来て、
男爵がやって来るの待つのだ。
もはや慣れたものだ、時間を潰す事などなんて事はない。
だから男爵がいつも通り遅れて来た事に何も思いはしなかったが、
ただ横に見知らぬ女を連れていたのでいつもと何か違う事は予想できた。
「いやー、参ったよ。ミラスとの約束の時間をすっかり忘れていたよ」
いつものよく分からない言い訳をしながらやって来た男爵。
基本的には彼の言う事は聞き流すのがいいと、今までの経験で学んでいる私は
特に反応はしない。
「今日は居てくれてよかったよ。君に話さないといけない事があるんだが、
聞いてくれるかい? 」
「ええ、もちろんです」
選択肢なんてないのだが……
私はいつものように彼の望むように会話を成立させる。
「そうかい、君が望むのなら話すとしよう。僕はね、前々からずっと思って
いたんだよ。君と僕とじゃ釣り合わないってね。だってそうだろ?
どこからどう見たって僕の横に居るべきは君じゃない、居るべきは彼女だ! 」
そう言うと男爵は横に居る女を私に紹介してくれた。
「彼女はミラルダ。彼女は僕の運命の人なんだよ。
見てくれれば分かると思うけど、この容姿。君とは大違いだろ?
それに彼女は君と違ってとても気が利くし、
僕の事をよく理解してくれているんだ! 」
「まあ、男爵様ったら。そんな言いすぎです。私は当たり前の事をしているだけで」
ミラルダは男爵の言葉に謙遜してみせるが、顔が完全に私を見下していた。
「だからミラス。君との婚約は破棄しようとおもう。これは仕方がない事なんだよ。
君なら分かってくれるだろ? 」
私はその言葉を聞いて、もう我慢できなかった。
だってそうそうでしょ? 今まで男爵の我が儘に散々付き合って来た私。
父親の立場の事を考えてこれまずっと耐えて来た。
それが今やっと花開く。
やっとコイツから解放されたのだ。
だから私は心の奥底からこの言葉が出て来た。
「シャー! 」
言葉とともにガッツポーズも出てしまった。
こんなにうれしい事はない。
私の望みが叶ったのだから仕方がない。
「フ~、最高だ! 私、超ツイてる! マジヤベーわこれ。うわー、なんだこれ。
テンション上がってキターーーー!
もう、このクズと会わなくていいなんて最高じゃないか!
うわああああ、もう我慢しなくていいんだー! 」
だからついつい近くを歩いていた人に抱き着いてしまった。
ぎゅーっと抱きしめた後に、私はその人についキスをしてしまった。
「ははは、最高! 」
「おい、貴様! 何をしている! 離れろ! 」
お付きの人に思いっきり剥がされたが、私はそんな事などどうでもよくって。
ただただうれしくて仕方がなく、それからどうやって家に帰ったのかも
覚えてはいなかった。
*****
その日の夜、私は父親にボロクソに罵られた。
仕方がないので、甘んじて受け入れる。
「ちょっとあなた、来てくれる! 早く、早く、急いで! 」
「何だ! 今、ミラスに話をしている最中だぞ! 」
父親は怒鳴りながらも母親の元へ行ってしまったので、
私はしばしの休憩タイムに背伸びをした。
きっと戻って来てからもまた、ぐちぐちと言われるのだろう事は想像に難くない。
「ミラス! ちょっと来なさい!」
意外とすぐに戻って来た父親に呼ばれて、行ってみるとそこには何故か
甲冑を来た兵隊がズラリと並んでおり、
真ん中には私がついキスをしてしまった人が立っていた。
「ミラス、貴女、一体何をしたの? 」
母親は信じられないものを見る目で私をみるが、
私のやった事を考えればまあその通りなので、仕方がない。
「我が名はドリアーノ・ボロ・ロロス。ミラス、私と結婚して欲しい」
「「「えええ!!!!!!!」」」
私達親子は声をそろえて叫んだ。
それは当然だと思う、だってそう言って大きな花束を私に差し出す彼は、
この国の王子様だったのだ。
*****
お忍びで街を訪れていた王子と奇跡的な出会いをした私は
今こうして王家の一員として迎えられて、幸せに暮らしている。
今思い返しても、あの時の私はどうかしていたと思うが、
でもそのおかげて今があるのだから、人の人生とは分からないものである
おわり
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