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第九章
その雫は風に乗って⑤
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「中国艦よりミサイル発射!! 第三波来ます!!」
幸か不幸か、第二波よりはミサイルの数は少なかった。いよいよ向こうも手詰まりなのだろうか? だが「てるづき」が防空戦に加われない今、それは何の気休めにもならない。
ジャミングとイージス艦のスタンダードミサイルによる防御網を突破したミサイル群が猛然とこちらに向かってくる。
「あきづき」他、各艦から迎撃のESSMとシースパローが次々と発射されていく様子を、夕陽が祈るような気持ちで見つめている時だった。
「ジーク05、何をしている!?」
CICがざわつく。その声で夕陽が視線をスライドさせると、敏生のライトニングが「てるづき」の四キロメートルほど先に布陣していた。
え……?
〝見りゃ分かんだろ、俺がミサイルを引き付ける。その代わり逃した残りはお前ら全て撃ち落とせよ?〟
まるでピクニックにでも行くかのような、明るい彼の声に夕陽が固まる。
ちょっ…敏生…今何て……?
〝ガイア!! そんなことして何になる!? 退避しろ!!〟
勝野の声だ。
〝悪いな、オッサン。あいにく俺は不器用でね。これしか思いつかねぇんだよ〟
〝てめぇふざけんな!! お前が死んだらイデアはどうするんだよ!?〟
それはいつもクールな〝アッシュ〟刑部の初めて聞く怒鳴り声。
ようやく状況を飲み込めた夕陽は、慌てて立ち上がると司令席に駆けつけ、尾澤の手元から構わずマイクを奪った。
「何やってるの!? 敏生やめて!!!」
だが、彼からの応答はない。
そんな……、まさかそんな……ッ!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お願い敏生逃げて!! 逃げてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
取り乱し絶叫する夕陽を周りの幕僚達が慌てて取り押さえにかかる。それを振り解こうとしながら夕陽はマイクに向かって叫び続けた。
イヤフォンを通して聞こえてくる愛しい女性の悲痛な叫び。だが、敏生にはもはや逃げるなどという選択肢はなかった。
「いずも」の身代わりになろうとしている「てるづき」には二〇〇名、旗艦の「いずも」には五〇〇名の乗組員が乗っている。そしてその中には最愛の君も含まれているのだ。
ごめん、夕陽。
音速でこちらに向かってくる、防御を突破した六発の対艦ミサイル。
敏生は残った四発のAAM5をそれぞれにロックオンすると、一斉に発射した。
AAM4と異なり対戦闘機戦闘用のミサイル故、これで撃ち落とせるかは疑問だったが、デコイにはなるかもしれない。
そして幸運にもその内の一発は敵ミサイルを撃ち落とした。
だが、敏生にはそれを確認することはできなかった。
最期に脳裏に浮かんだのは、初めて出会ったときの不機嫌そうな夕陽の顔。
ごめん。
彼の目から涙が零れたが、それが頬を最後まで伝うことはなかった。
敏生のライトニングは三発の対艦ミサイルを引き付け、
南洋の空に散華した―――――
「ジーク05、ロスト…!!」
レーダー員の悲痛な叫び声に夕陽の頭の中は真っ白になった。レーダースクリーンからは敏生のライトニングが消えている。
残りの二発のミサイルは「てるづき」と「いずも」のCIWSがそれぞれいとも容易く撃ち落としたのだが、喜ぶ者は誰もなくCICの中はシンと静まり返っていた。
「…神月!?」
夕陽は突然、弾けたように駆け出すと、片山の呼び止める声にも振り向くことなく、CICを飛び出し甲板に向かった。
そうだよ、
敏生が…
日本最強のファイターパイロットが、
優しくていつもあたしのことを考えてくれる彼が
あたしを置いて行くわけないじゃない
きっと撃墜される前に脱出して……
階段を駆け上がりドアを乱暴に開けて甲板に出ると、強い海風に夕陽は息をのんだ。
辺りを見回すと、敏生を慕っていた若い甲板員達が座り込んで泣きじゃくっている。その中の一人が夕陽を見つけると、
「神月三尉…!! 門真二尉が……トシさんが……!!」
と号泣しながら叫んだ。
うそ…だよね……?
夕陽はよろよろと二三歩進むと、一気に腰の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「うそつき……」
呆然と空を見つめる彼女の頬を一筋の涙が伝い、その雫は風に乗って彼の消えた彼方へと飛んでいった。
幸か不幸か、第二波よりはミサイルの数は少なかった。いよいよ向こうも手詰まりなのだろうか? だが「てるづき」が防空戦に加われない今、それは何の気休めにもならない。
ジャミングとイージス艦のスタンダードミサイルによる防御網を突破したミサイル群が猛然とこちらに向かってくる。
「あきづき」他、各艦から迎撃のESSMとシースパローが次々と発射されていく様子を、夕陽が祈るような気持ちで見つめている時だった。
「ジーク05、何をしている!?」
CICがざわつく。その声で夕陽が視線をスライドさせると、敏生のライトニングが「てるづき」の四キロメートルほど先に布陣していた。
え……?
〝見りゃ分かんだろ、俺がミサイルを引き付ける。その代わり逃した残りはお前ら全て撃ち落とせよ?〟
まるでピクニックにでも行くかのような、明るい彼の声に夕陽が固まる。
ちょっ…敏生…今何て……?
〝ガイア!! そんなことして何になる!? 退避しろ!!〟
勝野の声だ。
〝悪いな、オッサン。あいにく俺は不器用でね。これしか思いつかねぇんだよ〟
〝てめぇふざけんな!! お前が死んだらイデアはどうするんだよ!?〟
それはいつもクールな〝アッシュ〟刑部の初めて聞く怒鳴り声。
ようやく状況を飲み込めた夕陽は、慌てて立ち上がると司令席に駆けつけ、尾澤の手元から構わずマイクを奪った。
「何やってるの!? 敏生やめて!!!」
だが、彼からの応答はない。
そんな……、まさかそんな……ッ!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お願い敏生逃げて!! 逃げてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
取り乱し絶叫する夕陽を周りの幕僚達が慌てて取り押さえにかかる。それを振り解こうとしながら夕陽はマイクに向かって叫び続けた。
イヤフォンを通して聞こえてくる愛しい女性の悲痛な叫び。だが、敏生にはもはや逃げるなどという選択肢はなかった。
「いずも」の身代わりになろうとしている「てるづき」には二〇〇名、旗艦の「いずも」には五〇〇名の乗組員が乗っている。そしてその中には最愛の君も含まれているのだ。
ごめん、夕陽。
音速でこちらに向かってくる、防御を突破した六発の対艦ミサイル。
敏生は残った四発のAAM5をそれぞれにロックオンすると、一斉に発射した。
AAM4と異なり対戦闘機戦闘用のミサイル故、これで撃ち落とせるかは疑問だったが、デコイにはなるかもしれない。
そして幸運にもその内の一発は敵ミサイルを撃ち落とした。
だが、敏生にはそれを確認することはできなかった。
最期に脳裏に浮かんだのは、初めて出会ったときの不機嫌そうな夕陽の顔。
ごめん。
彼の目から涙が零れたが、それが頬を最後まで伝うことはなかった。
敏生のライトニングは三発の対艦ミサイルを引き付け、
南洋の空に散華した―――――
「ジーク05、ロスト…!!」
レーダー員の悲痛な叫び声に夕陽の頭の中は真っ白になった。レーダースクリーンからは敏生のライトニングが消えている。
残りの二発のミサイルは「てるづき」と「いずも」のCIWSがそれぞれいとも容易く撃ち落としたのだが、喜ぶ者は誰もなくCICの中はシンと静まり返っていた。
「…神月!?」
夕陽は突然、弾けたように駆け出すと、片山の呼び止める声にも振り向くことなく、CICを飛び出し甲板に向かった。
そうだよ、
敏生が…
日本最強のファイターパイロットが、
優しくていつもあたしのことを考えてくれる彼が
あたしを置いて行くわけないじゃない
きっと撃墜される前に脱出して……
階段を駆け上がりドアを乱暴に開けて甲板に出ると、強い海風に夕陽は息をのんだ。
辺りを見回すと、敏生を慕っていた若い甲板員達が座り込んで泣きじゃくっている。その中の一人が夕陽を見つけると、
「神月三尉…!! 門真二尉が……トシさんが……!!」
と号泣しながら叫んだ。
うそ…だよね……?
夕陽はよろよろと二三歩進むと、一気に腰の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「うそつき……」
呆然と空を見つめる彼女の頬を一筋の涙が伝い、その雫は風に乗って彼の消えた彼方へと飛んでいった。
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