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第九章

その雫は風に乗って③

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 その理不尽な命令に憤りを感じながら対空防御に備える乗組員達。だが、間髪入れずにやってくると思っていた第二波はなかなかやって来なかった。イージス艦のジャミングを恐れているのか、敵の制空部隊も先ほどのようには出てこない。それともこちらの反撃を警戒しているのだろうか?
 だが、その理由は数分後に判明した。大陸側から突如現れた多数のBlip。それは内陸から飛んできた旧式戦闘機の群れだった。
 対艦ミサイルのプラットフォームとしてのみの役割を担った彼ら。反撃を受けないと分かった以上、ミサイルを放って離脱すれば撃ち落とされる心配もない。そしてまたしてもレーダー画面が満天の星空に埋め尽くされる。それは明らかに第一波を上回るミサイルの数だった。
 もともとは旧ソ連が得意としたミサイルによる飽和攻撃。その思想は共産国家である中国にも受け継がれているようだ。これほどまでの飽和攻撃はこれまでの演習でも受けたことがなかったが、迎撃手順は第一波の時と変わることはない。
 ジャミングとイージス艦二隻のスタンダードミサイルによる対空防御。スタンダードミサイルは今回もまた、そのほとんどが命中したのだが、いかんせんミサイルの数が多過ぎた。
「あきづき」と「てるづき」のESSMだけでは間に合わず、全艦にデータリンクで目標が割り当てられ、そしてついに「いずも」戦闘飛行隊全機にも目標が振り付けられる。
 飛んで来るミサイルを射程に収めると、各艦・各機よりESSM、シースパロー、AAM4といった対空ミサイルが一斉に発射された。
 艦隊から三〇キロメートルの地点でぶつかり合う彼我のミサイル。
 静かで美しい南洋の空と海を穢す、人間達の創り出した恐ろしい爆発音と数多の大火球。海鳥や魚達がこの世の地獄に逃げ惑う。

 夕陽は愕然とした。レーダースクリーン上に残った敵ミサイルの数は第一波の時に比べ明らかに多い。その数は二五発、そのうち「いずも」に向かってくると思われる対艦ミサイルは十二発。各艦とも個艦防御に手いっぱいの状況だ。支援など受けられない。
 だが、「いずも」は個艦防御の点では海自艦艇の中でも最強クラスだった。艦橋の前後に配置された二基のSeaRAMシーラムから自動制御で立て続けに計二十二発の短距離艦対空ミサイルが発射される。
 現在のところ、「いずも」にのみ搭載されている最新型の近接防御システム・SeaRAMは、従来の機関砲をベースとしたCIWSでは射程二キロメートルが限界という欠点を補うために開発された、いわばCIWSのミサイル版で、最大射程は約一〇キロメートルと、艦より遠方での迎撃が可能だ。
「いずも」より八キロメートル地点の海面上で交錯する彼我のミサイル。期待通り、SeaRAMは他艦艇へ向かうミサイルまでいくつか撃ち落としたようだ。
 だが―――――
「残りミサイル二発、本艦に突っ込んでくる!!」
「総員、対ショック姿勢を取れ!!」
 森川艦長の怒号で周囲が頭を伏せる中、夕陽は一人、わけも分からず戸惑っていた。
「神月三尉!! 伏せて!!」
 横に座る顔見知りの女性電探員が夕陽の頭をつかんでグイッと抑えつける。
 え? いずもにミサイルが当たるの?
 ようやく状況をのみこんだ夕陽は目の前の計器台の端をつかみ、頭を伏せた。ふとよぎる、戦死した若葉の顔。それから脳裏を走馬灯のように様々な記憶が駆け巡る。そして思い浮かぶ愛しい彼の顔。
 敏生!! 敏生――――― !!!
「いずも」の艦首と艦尾に設置された二基のCIWSが火を噴く。一発は艦から一キロメートルの地点で撃墜したが、もう一発は猛烈な弾幕をかい潜り、「いずも」に到達しようとしていた。
「夕陽――――――!!!」
 ライトニングのコクピットからその様子を見ていた敏生は絶叫した。音速の対艦ミサイルがまるでスローモーションのように「いずも」を捉える。
 だが、「いずも」に命中したと思ったミサイルは甲板上で跳ねると、そのままの勢いで海中に没した。不発だった。
 ホッと胸を撫で下ろすも、その胸に渦巻くのは悔恨。
 俺は……俺は間違えたのか…?
 ライトニングよりも比較的安全だと思っていた「いずも」。だが、この戦場に安全な場所などあろうはずがない。
 ふと視線を眼下に向けると、敏生は蒼くなった。個艦防御に徹してミサイルを撃破し、未だ健在の「てるづき」。だが、その艦橋上部に設置されたFCS3レーダーが潰れていた。
 恐らくCIWSで破壊したミサイルの破片がぶつかったのだろうか? これでは僚艦防空どころか、個艦防御もままならないはずだ。
 この状況で第三波が来たら……次こそ間違いなく……。
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