20 / 30
第七章
ハイレートクライム④
しおりを挟む
「ちょっ! 敏生!? みんな見てるってば!!」
突然、赤ん坊のように縦抱きにされた夕陽が真っ赤になってポカポカと敏生の頭を叩く。
「いいさ。あいつら全国ネットだろ? 見せつけてやろうぜ」
そう言うなり敏生は報道陣に見せつけるように夕陽の唇を塞いだ。美男美女のパイロットカップルによる突然のラブシーンに、報道陣のカメラが一斉に二人を捉える。
いきなりの展開に戸惑ったものの、次第に唇から彼の想いが痛いほど伝わってきて、やがて夕陽も彼に応えるように舌を絡めた。それは敏生の、そして夕陽の、この腐りきった世の中に対する宣戦布告だった。
「どうせ明日は俺らのキスシーンが一日中全国ネットに流れるんだぜ? 恐らくアルマゲドンの音楽付きで」
唇を離した敏生が夕陽と額を合わせ、笑いながらそっと呟く。
「そっか。じゃあ、あたしはリヴ・タイラーのようにキスを返せばいいのね」
夕陽もまた悪戯っぽく笑うと、敏生の頬に両手を添え、今度は自分からキスを落とす。
やがて、いつまでも終わらない二人のキスに痺れを切らした仲間とその家族達が乱暴に間に割って入り、皆ではしゃぐように二人を小突き回した。死地に赴く者たちとそれを見送る者たちの悪ふざけ。元が空自出身の彼ら、ノリの軽さは折り紙付きだ。おかげでその後の女性防衛大臣によるありがたい訓示は全くもって締まらないものとなった。
そして彼らにもいよいよ出発の時が来る。
「いずも航空隊戦闘飛行隊、出発します!!」
隊長の勝野が防衛大臣に直立不動で敬礼すると、背後で肩幅に足を開き、後ろ手を組んで整列していたパイロット達が、一斉に姿勢を正し大臣に敬礼する。それがこの式典のクライマックスシーンだった。
「搭乗!!」
勝野のかけ声でパイロット達が愛機に向かって駆け出す。
夕陽の愛機の下には機付長の谷口美鈴士長が満面の笑みで待ち受けていた。パンと手を合わせると、美鈴は夕陽の耳元に口を寄せた。
「素敵でしたよ、お二人のキスシーン」
「もう、言わないで!」
美鈴のからかいに真っ赤になりながらタラップを上る。飛行前点検は式典の前に済ませていた。
「後から行きます! お気をつけて!」
整備小隊の面々は全ての機を送り出した後、輸送飛行隊のオスプレイで「いずも」に向かうことになっている。
夕陽は美鈴に向かって親指を立てると、ヘルメットと酸素マスクを装着し、キャノピーを閉じてエンジンを起動させた。グラウンドクルーの誘導に従いタキシングを開始すると、ふと、見慣れたはずの基地の外の風景に惹きつけられる。
月明かりに浮かび上がるハンバーガーショップやショッピングモールの看板。愛する人と共に暮らした綾瀬の街並み。自分は果たして生きてここに戻ってくることができるのだろうか?
〝どうせまた切ないこと考えてるんだろ? イデア〟
茶化すような無線が目の前を行く敏生から入る。
……ちぇっ、全てお見通しか。
〝どうせまたって何よ?〟
拗ねたように返すと笑い声が聞こえてきた。
〝俺たちが最初の離陸だ。景気づけにアレ行くぞ〟
〝はいはい、イデア了解。編隊長の仰せのままに〟
滑走路の端に辿り着くと、門真機の左斜め後方に待機する。
〝Run Way01 Cleared for takeoff.....こちら管制、我々はあなた達を誇りに思います。どうか、ご武運を!!〟
離陸許可の後に感極まったのか、涙声の女性管制官が日本語で付け加えた。
〝Roger, cleared for takeoff.....Thank you, We should meet again!!〟
編隊長の敏生が管制官に照れ臭さそうに返答した後、こちらに向かって左手を上げたのを確認すると、夕陽はアフターバーナーのスロットルを開いた。ジェットエンジンの爆音が夜の街に鳴り響く。
あたしはあなたに付いていく。その行き着く先がたとえ地獄であっても。
静かに滑り出した二機のライトニングがあっという間に離陸速度に達し、その機体が浮き上がる。夕陽は瞬時に車輪を収納すると、一気に操縦桿を引いた。
見送りの人々や報道陣からワッと歓声が上がる。
ピッタリと息の合った、ド派手なハイレートクライムによる見事な編隊離陸。
ほぼ垂直に上昇していくその姿は、まるで二人が慣れ親しんだ街への未練を断ち切るようにも見え、二機のライトニングは見送る人々に切ない余韻を残して夜空の向こうに消えていった。
突然、赤ん坊のように縦抱きにされた夕陽が真っ赤になってポカポカと敏生の頭を叩く。
「いいさ。あいつら全国ネットだろ? 見せつけてやろうぜ」
そう言うなり敏生は報道陣に見せつけるように夕陽の唇を塞いだ。美男美女のパイロットカップルによる突然のラブシーンに、報道陣のカメラが一斉に二人を捉える。
いきなりの展開に戸惑ったものの、次第に唇から彼の想いが痛いほど伝わってきて、やがて夕陽も彼に応えるように舌を絡めた。それは敏生の、そして夕陽の、この腐りきった世の中に対する宣戦布告だった。
「どうせ明日は俺らのキスシーンが一日中全国ネットに流れるんだぜ? 恐らくアルマゲドンの音楽付きで」
唇を離した敏生が夕陽と額を合わせ、笑いながらそっと呟く。
「そっか。じゃあ、あたしはリヴ・タイラーのようにキスを返せばいいのね」
夕陽もまた悪戯っぽく笑うと、敏生の頬に両手を添え、今度は自分からキスを落とす。
やがて、いつまでも終わらない二人のキスに痺れを切らした仲間とその家族達が乱暴に間に割って入り、皆ではしゃぐように二人を小突き回した。死地に赴く者たちとそれを見送る者たちの悪ふざけ。元が空自出身の彼ら、ノリの軽さは折り紙付きだ。おかげでその後の女性防衛大臣によるありがたい訓示は全くもって締まらないものとなった。
そして彼らにもいよいよ出発の時が来る。
「いずも航空隊戦闘飛行隊、出発します!!」
隊長の勝野が防衛大臣に直立不動で敬礼すると、背後で肩幅に足を開き、後ろ手を組んで整列していたパイロット達が、一斉に姿勢を正し大臣に敬礼する。それがこの式典のクライマックスシーンだった。
「搭乗!!」
勝野のかけ声でパイロット達が愛機に向かって駆け出す。
夕陽の愛機の下には機付長の谷口美鈴士長が満面の笑みで待ち受けていた。パンと手を合わせると、美鈴は夕陽の耳元に口を寄せた。
「素敵でしたよ、お二人のキスシーン」
「もう、言わないで!」
美鈴のからかいに真っ赤になりながらタラップを上る。飛行前点検は式典の前に済ませていた。
「後から行きます! お気をつけて!」
整備小隊の面々は全ての機を送り出した後、輸送飛行隊のオスプレイで「いずも」に向かうことになっている。
夕陽は美鈴に向かって親指を立てると、ヘルメットと酸素マスクを装着し、キャノピーを閉じてエンジンを起動させた。グラウンドクルーの誘導に従いタキシングを開始すると、ふと、見慣れたはずの基地の外の風景に惹きつけられる。
月明かりに浮かび上がるハンバーガーショップやショッピングモールの看板。愛する人と共に暮らした綾瀬の街並み。自分は果たして生きてここに戻ってくることができるのだろうか?
〝どうせまた切ないこと考えてるんだろ? イデア〟
茶化すような無線が目の前を行く敏生から入る。
……ちぇっ、全てお見通しか。
〝どうせまたって何よ?〟
拗ねたように返すと笑い声が聞こえてきた。
〝俺たちが最初の離陸だ。景気づけにアレ行くぞ〟
〝はいはい、イデア了解。編隊長の仰せのままに〟
滑走路の端に辿り着くと、門真機の左斜め後方に待機する。
〝Run Way01 Cleared for takeoff.....こちら管制、我々はあなた達を誇りに思います。どうか、ご武運を!!〟
離陸許可の後に感極まったのか、涙声の女性管制官が日本語で付け加えた。
〝Roger, cleared for takeoff.....Thank you, We should meet again!!〟
編隊長の敏生が管制官に照れ臭さそうに返答した後、こちらに向かって左手を上げたのを確認すると、夕陽はアフターバーナーのスロットルを開いた。ジェットエンジンの爆音が夜の街に鳴り響く。
あたしはあなたに付いていく。その行き着く先がたとえ地獄であっても。
静かに滑り出した二機のライトニングがあっという間に離陸速度に達し、その機体が浮き上がる。夕陽は瞬時に車輪を収納すると、一気に操縦桿を引いた。
見送りの人々や報道陣からワッと歓声が上がる。
ピッタリと息の合った、ド派手なハイレートクライムによる見事な編隊離陸。
ほぼ垂直に上昇していくその姿は、まるで二人が慣れ親しんだ街への未練を断ち切るようにも見え、二機のライトニングは見送る人々に切ない余韻を残して夜空の向こうに消えていった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

なにひとつ、まちがっていない。
いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。
それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。
――なにもかもを間違えた。
そう後悔する自分の将来の姿が。
Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの?
A 作者もそこまで考えていません。
どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる