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第七章

ハイレートクライム②

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 五時間前の母艦いずもの出航の様子を伝えるテレビ画面を、「いずも」戦闘飛行隊の面々は厚木基地のブリーフィングルームで静かに見つめていた。対潜哨戒飛行隊は一足先に飛び立っている。
「時間だ。行くぞ」
 戦闘飛行隊長の勝野かつの英之ひでゆき二等海佐がおもむろに立ち上がって声をかけると、配下のパイロット達も次々と立ち上がり、お互いハイタッチを交わして行く。そんな中、敏生は席を立とうとしなかった。
「敏生……?」
 仲間達と一通りハイタッチを交わし終えた夕陽が心配そうに敏生を覗き込むと、彼はどことなく不貞腐れたような表情で電源を落としたテレビ画面を見つめていた。
「ほらトシ、行くぞ。立て」
 未だ座り込んだままの敏生を勝野がポンと肩を叩いて促す。敏生を「いずも」に引っ張ったのは新田原の飛行教導隊長だった勝野だ。そして、その前所属の飛行教導隊に引っ張ったのも勝野だった。
 巡回指導で百里基地を訪れた際に、実戦部隊配属一年目で類稀たぐいまれなセンスを持ち合わせた敏生に惚れ込み、百戦錬磨のパイロットしか入れない飛行教導隊に異例の大抜擢をした。
 もっとも当の本人は当時、喜ぶどころか首都圏から離れると女の子が減る、と言ってだいぶゴネたものだが。
「……こんなもんですか、人間って」
 その敏生の言葉に夕陽の胸が締め付けられる。
〝最後まで人間を信じたい〟
 何かに縋るように絞り出したあの日の彼の言葉。それがこの国は流されるまま、いともあっさりと戦争の道を選んでしまった。まるで最初からそれを望んでいたかのように。
「神月、先に行ってろ」
 勝野の静かな命令口調には逆らえず、夕陽は敬礼すると後ろ髪を引かれる思いで仲間達の後を追った。
「……あいつ、外してもらえませんか?」
 夕陽がブリーフィングルームを出て行くと、敏生が顔も上げずボソリと呟くように懇願した。
「聞き捨てならんな。神月はお前にとって公私共に大切なウィングマン僚機だろうが」
「だからですよ。あいつ、すごくいいやつなんです。他のやつらには無愛想だけど、本当は可愛いぬいぐるみが大好きで、料理とお菓子作りが得意な普通の女の子なんです。生身の人間と戦うなんてあいつにはできない。絶対に土壇場でためらうんだ」
「俺達は宣誓をした幹部自衛官だ。お前の今の言葉を聞いたら神月が悲しむと思わんか?」
 語気を強める敏生をさほど気にした様子もなく、勝野が淡々と受け止める。敏生はその上官の問いには答えず、ぷいっと顔を逸らした。
「男社会の中で歯を食いしばって、必死に喰らいつく女にお前はベタ惚れしたんだろうが。その女の全てをお前は否定するのか?」
「違う! ただ…こんなの……あんまりですよ」
 守りたい女が共に戦場に向かうという理不尽な現実。敏生の言いたいことは勝野にも痛いほど理解できた。
「…だったら、何があってもあいつを守りぬけ。そして必ず二人で生きて帰るんだ。それがお前の戦う意味だ」
 その言葉に驚いた様子で、敏生が勝野を見上げる。
「いいんですか、隊長がそんな事言って」
「俺とお前の仲だ。あんなちっぽけな島と、クソみたいなやつらの面子のために死ねるか」
 幹部自衛官とは思えないその相変わらずの暴言に、敏生はたまらずクックと笑うと、両手でパシンと膝を叩いた。どうやら吹っ切れたようだ。安堵した勝野が再び促すようにポンポンと肩を叩くと、敏生がゆっくりと立ち上がった。
「そう言えば隊長、この間の休み、御殿場のアウトレットで何買ったんすか?」
 隊舎の出口に向かって歩きながら、敏生が思い出したように訊ねた。
「おっ? 聞いてくれるか? グッチでサイズぴったりのすごく安いスーツを見つけてな。十六万のものが八万だぞ? これでようやくアオキのスーツから卒業だ。あれに袖を通さんと死んでも死に切れん」
 よくぞ聞いてくれたとばかりに自慢げに語る勝野に、敏生は失笑した。
「なんだよその夢のねぇ話は……」
「ガキがいるとそっち優先になるんだ。いずれお前にも分かる。だからさっさと神月と子供作っちまえ」
「さり気なくセクハラだな、おっさん。夕陽の前で言うなよ」
 二人は笑い合うと拳を握り締め、ガツンと腕を合わせた。
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