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第三章

幸せの予感③

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「素敵なカップルだったね~」
「俺らほどじゃないけどな」
「アハ、何それ~?」
 さがみ野の駅から敏生のアパートへの帰り道、ほろ酔い加減の夕陽が後ろ手を組みながら気持ち良さそうにふらふらと敏生の前を歩く。
 夕陽にとってはすごく楽しいひとときだった。
 まだ出会ってなかった、若かりし頃の敏生のことを色々と知れたこと。そして何より幸せそうな槙村と若葉にあてられたこともある。
 二人を見ているとおぼろげに胸に抱いていた憧憬が形となって脳裏に思い浮かぶ。
 それは意識的に考えないようにしていたことではあるのだが。
 いつか自分にも訪れるのだろうか。愛してやまない彼と一生を誓い合えるときが。
「結婚かぁ、いいな…幸せそう……」
 そう酔った勢いで呟いてから、夕陽はハッと我に返ると慌てて口をつぐんだ。
「あっ、いや、今のは催促なんかじゃないからね!? あ、あたし敏生の重荷になりたくないし、今のままで充分幸せだし!!」
 結婚の二文字は口にした瞬間、醒める男が多いので絶対に禁句だと友人達から聞いていた。
 特に遊び人の気がある男に対しては絶対要注意だと。だからこそ何度も湧き上がっては必死に封じ込めていた想い。案の定、敏生がしかめっ面をしていて肝を冷やす。
 だが、敏生の反応は予想外のものだった。
「いつ誰が重荷なんて言ったよ?」
「敏生?」
 敏生のいつになく真剣な表情に動揺する。睨みつけるような眼差しが少し怖い。
「さっきのは夕陽の本心だと思っていいんだな?」
「え?」
 敏生は立ち止まった夕陽にゆっくりと歩み寄り右手を取ると、フライトジャケットのポケットから小箱を取り出して、彼女の手のひらに乗せた。
「付き合ってまだ半年ちょっとだし、渡すのは当分先だと思ってたけど……」
 思ってもみなかった展開に、夕陽が信じられないといった表情で手のひらの小箱を呆然と見つめる。
「開けてみろよ」
 敏生に促されて恐る恐る蓋を開けると、そこにあったのは見覚えのある眩いばかりのエンゲージリング。先月のデートの際、ふらりと立ち寄ったジュエリーショップで思わず「可愛い!」と声を上げてしまった時のもので、値段は六桁は下らないはずだ。驚きのあまり夕陽が敏生を見上げる。
 敏生は照れた様子で目を逸らし、指輪を手に取ると、夕陽の左手の薬指にそっとはめた。
 そしてその手を撫でると、意を決したように夕陽と目を合わせた。
「俺、プライベートの時は夕陽とずっと一緒にいたい。夕陽と一時も離れたくない。もう俺には他の女なんて目に入らない。こんなに人を好きになったの、お前が初めてなんだ。せっかく手に入れた大切な宝物、誰にも渡したくない。俺だけの夕陽を一生束縛したい。だから……お願いです、神月夕陽さん。俺と……結婚してください」
 敏生がプロポーズの言葉を言い終える頃にはもう、夕陽の顔は涙でぐしゃぐしゃで、言葉を紡げずにただコクンと頷くと、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
 敏生はホッと息をつくと、自らもしゃがんで彼女の頭を優しく撫でる。
「どうだ、俺の方がよっぽど重いだろ?」
 夕陽は何も答えず、顔を覆いながら首を横に振った。

 秋の夜半に浮かぶ月はどこまでも清く、そして白かった。
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