彼の理想に

いちみやりょう

文字の大きさ
上 下
20 / 21

19 サプライズ

しおりを挟む
「おい! 具合悪いのか!?」

椅子に座って俯いて固まっていた桜介に声がかかった。
そして、その声は嫌でも聞き覚えのある声だった。

「蓮……さん?」
「ああ。お前の計画してた場所回ってもいねぇし、だが、チェックインはまだしてねぇだろうしって思って探すの時間かかっちまった! くそ。どこが具合悪いんだ? 病院行くぞ」

慌てた様子の蓮に桜介の頭は追いつかない。

「蓮さん……なんでここに……?」
「仕事終わってから、サプライズで俺も来ようと思ってたんだよ」

そう良いながら蓮は桜介の体を軽々と抱え上げ、横抱きにした。

「わっ、ちょ、俺自分で歩けるからっ。具合も悪くないし! お、降ろして」
「だめだ。病院行かねぇとどこが悪いのか分からねぇだろ」
「どこも悪くないってば! 降ろしてよ」

旅館のロビーということもあり、2人はヒソヒソ声で言い合った。

「どこも悪くねぇやつが旅行中にロビーで俯いてたりしねぇよ」
「それは……」

ここであの女性を見たことを言ってしまったら、もう蓮とは別れることになってしまうのだろうか。いや、そう覚悟していたじゃないか。いや、いっそのこと、桜介に好きな人が出来たことにして別れを切り出した方がいいのだろうか。桜介は心の中でこれから来る別れを考え葛藤した。

「それはなんだ?」
「……話すから、とりあえず降ろしてよ。もうチェックインできる時間になったはずだから部屋の中で話そう」
「分かった。だが本当に具合は悪くないんだよな?」
「うん」

そうして2人はチェックインを済ませ、部屋に入った。
机の上に置いてあったお茶セットでお茶を入れ蓮の前に置く。

「ありがとう」

蓮がお礼を言って受け取って1口飲むのを見届けてから、桜介は重い口を開いた。

「俺、この1年ほんと幸せで楽しかったよ」
「? 俺もそうだ」

蓮は桜介の言葉にはてなの浮かんでいそうな顔で答え、その後にわずかにハニカんだ。

「蓮さんには……悪いと思うんだけどさ、俺、好きな人ができたんだ」

桜介は静かな声で告げた。
桜介に好きな人ができたと知れば、蓮は安心して別れられるだろう。

「…………は?」

けれど蓮はポカンとした顔をして、その顔は徐々ににショックを受けたようになった。

「俺、その人の家に住むことにしたからさ、ここから帰ったらあの部屋は出ていくよ」
「……誰だ」
「え?」
「その好きな人ってのは誰だ。一緒に住むってことはもう相手もお前のことが好きってことか」
「え、あ、うん」
「じゃあなんでお前はあんな風に項垂れてた」
「ちょっと疲れちゃっただけだよ。別に項垂れていたわけじゃない」
「具合が悪くないってんなら、何か辛いことがあったんだろ?」
「ないよ、何も」

桜介は勤めて明るく笑顔で答えた。
けれどそんな桜介の体を蓮が優しく抱きしめた。
ふわりと蓮の香りがする。
こんな状況でも桜介はその香りに落ち着いた。

「なぁ」

いつもより低い声が耳元から聞こえた。蓮の体と密着している部分にはその声の振動が伝わるほどだ。

「なぁ、桜介。俺は別れる気はないからな」
「な、なんで」
「なんで? なんでもクソもあるか。俺が愛せるのは桜介だけだからだ。お前は違ったみたいだが」

桜介を蔑むようなその声音に、カッと怒りが沸いた。

「俺しか愛せないなんて、そんなの嘘じゃん」

気づけばそんなことが口から溢れていた。

「なに?」

蓮の体はぴくりと動き、地を這うような低い声で言われれば、桜介は本能的な恐怖で震え始めてしまった。
蓮はその震えに気がついたのか、わずかに腕の力を弱めたが桜介を腕の中から開放しようとはしなかった。

「……彼女が、いるんだろ」
「彼女?」
「蓮さんは、やっぱり女の方がいいんだろ。俺のことなんか気にすることないよ。だって俺にだって好きな人ができたんだ、から」
「ちょっと待て。まじで何言ってんだ」
「……分かってたんだ、俺。最近蓮さんの様子がおかしいって。来客があっても俺に見られないようにすぐに玄関まで走って行くし、ポストに入った郵便物もチェックしたら怒るし、デートだってしてくれなくなった。それで今日は……旅行に、朝、家でてから家の前まで戻って、それで」
「ああ。見てしまったのか」

蓮がボソリとそう言って桜介はズキっと胸が痛んだ。
蓮はもう彼女の存在を隠す気がなくなってしまって、そして桜介と別れるのだ。

けれど、桜介を抱きしめる蓮の腕の力は強まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

俺に告白すると本命と結ばれる伝説がある。

はかまる
BL
恋愛成就率100%のプロの当て馬主人公が拗らせストーカーに好かれていたけど気づけない話

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...