彼の理想に

いちみやりょう

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18 一人の旅行

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分かっていた。いつかこんな日が来ることは。
それが1年という期間だったのは桜介の感覚から言えばとても短くてあっけなく感じた。

旅行の日程を決め、蓮に伝えると、ここ最近では滅多に見なかった嬉しそうな顔をして旅行の計画を一緒に立ててくれた。

1泊2日の旅行。けれどそれを大好きな蓮とは行けないのだと思うと楽しみでもなんでもない。
その上、その間蓮は何をするつもりなのだと考えれば気が気ではなかった。

「それじゃ、楽しんでこいよ」
「うん。ありがとう」

笑顔の蓮に見送られ桜介は家を後にした。
このまま駅に向かい、電車に乗って目的の旅館まで行く。
桜介が蓮に伝えたのはそんな予定だ。
けれど、桜介は自分の目で終わりを確認したかった。

家を出た後は駅の方へ向かって歩き、遠回りをしてアパートの見える位置に戻ってきた。
向かいのマンションの駐輪場に身を潜め、自分の住んでいるアパートのドアを見上げた。
ここで待っていれば、家を出る蓮が見えるはずだ。
デートに行くにしろなんにしろ、自分の目で見て納得できたら、後は後腐れなく別れてあげよう。

桜介にしてみれば短く思うほどの幸せだった1年間も、蓮にとっては途方もなく長い苦痛の期間だったのかもしれない。
蓮とずっと一緒にいたい。別れたくないけれど、何か決定的な終わりを確認したのなら桜介は笑って身を引こうと思った。自分といるのをこれ以上苦痛に思って欲しくないから。

そうしてマンションのドアを睨み付けるかのように見ていると、1人の女性がやってきた。
この位置からでは顔は確認できないけれどその女性は、白の花柄のワンピースを着てつばの大きな麦わら帽子をかぶった女性で、ソワソワした様子でうちのチャイムを鳴らした。

そこで桜介は見るのをやめた。
もう十分だと思ったからだ。

いつもチャイムが鳴れば蓮は真っ先に走って玄関に向かっていた。
今日もそうだろう。
桜介がいない部屋に、あの女性を笑顔で出迎えている蓮などはとても見ていることはできそうになかった。桜介が家にいるときは家に人を上げたことはなかったけれど、今日はあの女性を上げてしまうのだろうと思い、桜介は感情を押し殺すように唇を噛んだ。

桜介はそのままトボトボと駅に向かって歩き出した。

電車に乗り、当初の目的だった旅館を目指した。
旅館に行くまでに色々見て回る予定にしていた桜介は、しかしどこにもよる気力なんてなかったので着いたのはだいぶ早い時間になってしまった。
荷物だけ預けてどこかで時間を潰そうと思ったけれど、どうにも出歩く気にはなれずにロビーの椅子に腰掛けた。

あれこれと1年間の思い出が頭の中を巡って、悲しくなって、桜介はただ俯いてチェックインまでの時間を過ごした。

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