彼の理想に

いちみやりょう

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「いらっしゃいませ~。って今日は一人?」
「うん」
「え!? 一人なの!?」
「だからそうだってば。聞いといて何だよ」
「いや、だってここに一人で来たことなんてなくない? どういう風の吹き回し?」
「別に。今日は一人で居たくなかっただけ」
「あ~、今日はイブイブだから?」
「そんなの、関係ないけど」
「ふーん。ま、じゃあ今日はカウンターでいいね? こちらへどうぞ~」

佐々木に案内され桜介は今まで一度も座ったことのないカウンター席に座った。

「ビールと、炒り銀杏と、他に何がいい?」
「その二つは決まってるの?」
「え? 違うの?」
「違わないけど」
「じゃ、決まりだね。残りはゆっくり考えといて」

桜介をカウンターに一人残し、佐々木はビールを注ぎに行った。
と言ってもカウンター席からはその様子が全て見える。
他にも中で作業する店員の姿が見え、桜介の心は落ち着いて来た。

「はいよっ。あとこのたこわさは俺からのサービス」
「えっいいの?」
「いいの。俺に口説かれてくれるならねっ」
「はは。それは無理だけど」
「じゃ、何でそんな暗い顔してるのかくらいは教えてよ」
「別に~。ただ振られただけ」
「え!?」

桜介の言葉に佐々木は嬉しそうに叫んだ。

「何で喜ぶんだよ。俺、振られたって言ったんだけど」
「そりゃ、口説いてる相手が振られたってなったら誰でも嬉しいでしょ」
「じゃあ、店長は世の中の人が振られるたびに喜んでるんだ」
「なにそれ。もしかして俺、手当たり次第口説いてるように見えてるってこと!?」
「違うの?」
「違わないけど。でも本気なのは桜介くんだけなんだけどなぁ」
「ははっ、それ誰にでも言ってるだろ」

佐々木が笑わせてくれるので、その日はしこたま飲んで、家に帰り着いた頃にはまぶたを上げているのがやっとの状態だった桜介は、何も考えることなく眠りについた。

数日後に蓮からメッセージが届いたときは、桜介は夢なのではないかと頬以外の体もつねりまくった。
あの日はお酒を飲んでいたからごまかされて、デートに行ってもらえないかもしれないと思っていたからだ。

『来週の、火曜日はどうだ?』

桜介はメッセージの文面を何度も見て噛み締めた後、震える指で返信した。

『大丈夫! 楽しみにしてる』

それからデート当日まで桜介の仕事は絶好調だった。
最初で最後の桜介のためだけのデートに桜介は、寂しい気持ちよりも楽しい気持ちだけを拾おうと必死だった。

ーー蓮さんの好きなタイプはずっと笑顔の人。幸せそうに笑う人。

桜介は心の中で繰り返した。
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