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転生
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「ミズホ・フォン・エルメルト! 貴様との婚約を破棄する!」
「……は?」
目を開けた時、瑞歩の前には瑞歩を指差しながら叫ぶ金髪碧眼の青年がいた。
青年の腕には瑞穂を怯えた目で見つめるピンクの髪の女性がいる。
瑞歩とは全く面識がないはずだけれど、なぜだか瑞歩はその2人の名前を知っていた。
青年の名はマルコ・フォン・ロニ王太子。女性の名は、クリスタ・フォン・エルメルト公爵令嬢。
そして、瑞歩は自分の名前がミズホ・フォン・エルメルトであることも理解していた。
ここがこの国の王が主催するパーティー会場であることも。
ここは魔法の使える世界だ。
つい先ほどまで日本で村上瑞歩として生活していたのに、日本という国が存在しないこの世界で、ミズホ・フォン・エルメルトとして生活していた記憶も混在している。
そのような状況に混乱した瑞歩は、ただただ狼狽し言葉を発することもできなかった。
ーーこれは、転生というやつなんだろうか
とても現実的ではない考えだったが、瑞歩は目の前の状況からそう仮定して考えていくしかなかった。
マルコやクリスタの突然の横暴に、周りにいた人たちも混乱し、皆んな口々に「なぜ、どうして」と繰り返す。
マルコはその声に一度大きく頷くと、また、ビシリと瑞歩を指差した。
「こいつはクズなんだ! 腹違いといえど妹をいじめるようなクズは王家には相応しくない!! 腹違いの妹を受け入れるミズホにも思うところもあるだろうと、話し合いを重ねたが、ミズホには少しも改善する気がなく、クリスタをいじめ続けた。大体、魔力をほとんど持たないミズホは、この国の王妃には向いていない。よって、俺はミズホとの婚約を破棄し、新たにクリスタと婚約を結ぶこととするのだ!」
マルコが高らかに宣言し、満足げな顔でミズホを見た。
その横で、クリスタも悲しそうに睫毛を震わせている。
「お、お兄様、ごめんなさい。私……、マルコ様のことが好きなの……。ごめんなさい」
瑞歩の目の前で始まった茶番に、“ミズホ”ならば悲しいのだろうと思う。
けれど、瑞歩の記憶も“ミズホ”の記憶も持っている瑞歩には、どうでも良いことに思えた。むしろ、“ミズホ”のことを思えば、目の前の彼らに怒りすら湧いてくる。
ミズホの過去の記憶には、クリスタを虐めた事実は1つもない。
むしろ、エルメルト家での扱いは、瑞歩の村上家での扱いよりも酷いものだった。
母親の死と引き換えに生まれて来たミズホはエルメルト家を継ぐ長男だからと、酷い体罰を与えられ育てられ、愛の1つも知らずに育ったと言うのに、父親は数年前に浮気相手とその子供のクリスタを迎え入れ、彼女たちをミズホの目の前で溺愛した。そしてクリスタの我がままでミズホはエルメルト家を跡取りの地位を追われ、当時空席だった王太子の婚約者となったのだ。
同性同士の結婚も当たり前に認められている国とはいえ、家を継ぐつもりで厳しく育てられてきたミズホは戸惑った。けれど王太子の婚約者となったのならば、自分にできることをしようとミズホは健気に王妃教育に励んだのだ。
ーーそれが、こんな終わりか
なりたくてなったわけではない婚約者という立場に、ミズホはしっかりと応えようと頑張っていた。それなのに、そんな部分には一切気がつかなかったらしいマルコが、クリスタに対するいじめ以外の明らかな冤罪の罪状をつらつらと叫び続けている。
記憶でしか知らないがミズホのことを思うと、瑞歩は胸が痛かった。
自分の記憶として存在しているミズホのことを、けれど、自分自身だとは思えない。
それでも、兄弟に搾取される人生を、どこか自分と似た人生を生きてきたミズホに対して親近感と同時に、健気すぎるミズホのことを自分が隣にいて守ってあげたかったという気持ちが生まれていた。
だから自分であって自分ではないミズホが、瑞歩の心の奥底で深く傷ついていることが瑞歩には許せなかった。
いまだに瑞歩の前でゴチャゴチャと話しているマルコとクリスタに怒りが湧き上がる。
その時、あたりはピリとした空気に包まれた。
この世界には冷房なんてないのにも関わらず、気温もガクンと下がる。
「な、な、何が起こってるっ! おい!」
「何! なんなの!?」
マルコとクリスタが叫ぶのを、ただ覚めた目で見つめていた瑞歩は、ふと自分の体の異変に気がつき、掌を見た。
掌にはなんの変化も見られない。けれど、体の奥底から力が湧いてくるような感じと、身体中がじんわりと暖かいような、それなのに冷たい氷水に体を浸しているような、相反する空気が身体中を覆っているような感覚だった。
熱い。暑い。冷たい。寒い。
全然違う感覚が押し寄せているが、不思議と心地が良い。
「ぁ、あ……ぅぅ、止めてくれ、やめ、止めてくれ」
マルコがまるで工事現場でドドドドと音を鳴らしながらコンクリートをならしているあの機械のように震えながら、声を絞り出した。
周りを見渡せばマルコやクリスタ以外で近くにいる人たちの中には、泡を吹いて倒れている人もいる。
何が起こっているのか全く分からなかった瑞歩も、自分の体の変化と周りの現状が何か関係があることは気がついた。
ーー俺がやってるのか?
まさかそんなわけないよなと、微かに笑うとマルコと目があった。
「何、何笑ってる……っ」
「別に」
「っ!?」
冷たく答えた瑞歩に、マルコは目を見開いた。
それもそうだろう。“ミズホ”はマルコを初め両親やクリスタたちにも、今まで一切口答えもせず従順に生きて来たのだから。
けれど、日本ではすでに村上家から逃げ出す予定だった瑞歩には”ミズホ”のような従順な生活は耐えられそうになかった。
「……は?」
目を開けた時、瑞歩の前には瑞歩を指差しながら叫ぶ金髪碧眼の青年がいた。
青年の腕には瑞穂を怯えた目で見つめるピンクの髪の女性がいる。
瑞歩とは全く面識がないはずだけれど、なぜだか瑞歩はその2人の名前を知っていた。
青年の名はマルコ・フォン・ロニ王太子。女性の名は、クリスタ・フォン・エルメルト公爵令嬢。
そして、瑞歩は自分の名前がミズホ・フォン・エルメルトであることも理解していた。
ここがこの国の王が主催するパーティー会場であることも。
ここは魔法の使える世界だ。
つい先ほどまで日本で村上瑞歩として生活していたのに、日本という国が存在しないこの世界で、ミズホ・フォン・エルメルトとして生活していた記憶も混在している。
そのような状況に混乱した瑞歩は、ただただ狼狽し言葉を発することもできなかった。
ーーこれは、転生というやつなんだろうか
とても現実的ではない考えだったが、瑞歩は目の前の状況からそう仮定して考えていくしかなかった。
マルコやクリスタの突然の横暴に、周りにいた人たちも混乱し、皆んな口々に「なぜ、どうして」と繰り返す。
マルコはその声に一度大きく頷くと、また、ビシリと瑞歩を指差した。
「こいつはクズなんだ! 腹違いといえど妹をいじめるようなクズは王家には相応しくない!! 腹違いの妹を受け入れるミズホにも思うところもあるだろうと、話し合いを重ねたが、ミズホには少しも改善する気がなく、クリスタをいじめ続けた。大体、魔力をほとんど持たないミズホは、この国の王妃には向いていない。よって、俺はミズホとの婚約を破棄し、新たにクリスタと婚約を結ぶこととするのだ!」
マルコが高らかに宣言し、満足げな顔でミズホを見た。
その横で、クリスタも悲しそうに睫毛を震わせている。
「お、お兄様、ごめんなさい。私……、マルコ様のことが好きなの……。ごめんなさい」
瑞歩の目の前で始まった茶番に、“ミズホ”ならば悲しいのだろうと思う。
けれど、瑞歩の記憶も“ミズホ”の記憶も持っている瑞歩には、どうでも良いことに思えた。むしろ、“ミズホ”のことを思えば、目の前の彼らに怒りすら湧いてくる。
ミズホの過去の記憶には、クリスタを虐めた事実は1つもない。
むしろ、エルメルト家での扱いは、瑞歩の村上家での扱いよりも酷いものだった。
母親の死と引き換えに生まれて来たミズホはエルメルト家を継ぐ長男だからと、酷い体罰を与えられ育てられ、愛の1つも知らずに育ったと言うのに、父親は数年前に浮気相手とその子供のクリスタを迎え入れ、彼女たちをミズホの目の前で溺愛した。そしてクリスタの我がままでミズホはエルメルト家を跡取りの地位を追われ、当時空席だった王太子の婚約者となったのだ。
同性同士の結婚も当たり前に認められている国とはいえ、家を継ぐつもりで厳しく育てられてきたミズホは戸惑った。けれど王太子の婚約者となったのならば、自分にできることをしようとミズホは健気に王妃教育に励んだのだ。
ーーそれが、こんな終わりか
なりたくてなったわけではない婚約者という立場に、ミズホはしっかりと応えようと頑張っていた。それなのに、そんな部分には一切気がつかなかったらしいマルコが、クリスタに対するいじめ以外の明らかな冤罪の罪状をつらつらと叫び続けている。
記憶でしか知らないがミズホのことを思うと、瑞歩は胸が痛かった。
自分の記憶として存在しているミズホのことを、けれど、自分自身だとは思えない。
それでも、兄弟に搾取される人生を、どこか自分と似た人生を生きてきたミズホに対して親近感と同時に、健気すぎるミズホのことを自分が隣にいて守ってあげたかったという気持ちが生まれていた。
だから自分であって自分ではないミズホが、瑞歩の心の奥底で深く傷ついていることが瑞歩には許せなかった。
いまだに瑞歩の前でゴチャゴチャと話しているマルコとクリスタに怒りが湧き上がる。
その時、あたりはピリとした空気に包まれた。
この世界には冷房なんてないのにも関わらず、気温もガクンと下がる。
「な、な、何が起こってるっ! おい!」
「何! なんなの!?」
マルコとクリスタが叫ぶのを、ただ覚めた目で見つめていた瑞歩は、ふと自分の体の異変に気がつき、掌を見た。
掌にはなんの変化も見られない。けれど、体の奥底から力が湧いてくるような感じと、身体中がじんわりと暖かいような、それなのに冷たい氷水に体を浸しているような、相反する空気が身体中を覆っているような感覚だった。
熱い。暑い。冷たい。寒い。
全然違う感覚が押し寄せているが、不思議と心地が良い。
「ぁ、あ……ぅぅ、止めてくれ、やめ、止めてくれ」
マルコがまるで工事現場でドドドドと音を鳴らしながらコンクリートをならしているあの機械のように震えながら、声を絞り出した。
周りを見渡せばマルコやクリスタ以外で近くにいる人たちの中には、泡を吹いて倒れている人もいる。
何が起こっているのか全く分からなかった瑞歩も、自分の体の変化と周りの現状が何か関係があることは気がついた。
ーー俺がやってるのか?
まさかそんなわけないよなと、微かに笑うとマルコと目があった。
「何、何笑ってる……っ」
「別に」
「っ!?」
冷たく答えた瑞歩に、マルコは目を見開いた。
それもそうだろう。“ミズホ”はマルコを初め両親やクリスタたちにも、今まで一切口答えもせず従順に生きて来たのだから。
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