上 下
2 / 14

転生

しおりを挟む
「ミズホ・フォン・エルメルト! 貴様との婚約を破棄する!」
「……は?」

目を開けた時、瑞歩の前には瑞歩を指差しながら叫ぶ金髪碧眼の青年がいた。
青年の腕には瑞穂を怯えた目で見つめるピンクの髪の女性がいる。
瑞歩とは全く面識がないはずだけれど、なぜだか瑞歩はその2人の名前を知っていた。
青年の名はマルコ・フォン・ロニ王太子。女性の名は、クリスタ・フォン・エルメルト公爵令嬢。
そして、瑞歩は自分の名前がミズホ・フォン・エルメルトであることも理解していた。
ここがこの国の王が主催するパーティー会場であることも。
ここは魔法の使える世界だ。
つい先ほどまで日本で村上瑞歩として生活していたのに、日本という国が存在しないこの世界で、ミズホ・フォン・エルメルトとして生活していた記憶も混在している。
そのような状況に混乱した瑞歩は、ただただ狼狽し言葉を発することもできなかった。

ーーこれは、転生というやつなんだろうか

とても現実的ではない考えだったが、瑞歩は目の前の状況からそう仮定して考えていくしかなかった。

マルコやクリスタの突然の横暴に、周りにいた人たちも混乱し、皆んな口々に「なぜ、どうして」と繰り返す。
マルコはその声に一度大きく頷くと、また、ビシリと瑞歩を指差した。

「こいつはクズなんだ! 腹違いといえど妹をいじめるようなクズは王家には相応しくない!! 腹違いの妹を受け入れるミズホにも思うところもあるだろうと、話し合いを重ねたが、ミズホには少しも改善する気がなく、クリスタをいじめ続けた。大体、魔力をほとんど持たないミズホは、この国の王妃には向いていない。よって、俺はミズホとの婚約を破棄し、新たにクリスタと婚約を結ぶこととするのだ!」

マルコが高らかに宣言し、満足げな顔でミズホを見た。
その横で、クリスタも悲しそうに睫毛を震わせている。

「お、お兄様、ごめんなさい。私……、マルコ様のことが好きなの……。ごめんなさい」

瑞歩の目の前で始まった茶番に、“ミズホ”ならば悲しいのだろうと思う。
けれど、瑞歩の記憶も“ミズホ”の記憶も持っている瑞歩には、どうでも良いことに思えた。むしろ、“ミズホ”のことを思えば、目の前の彼らに怒りすら湧いてくる。

ミズホの過去の記憶には、クリスタを虐めた事実は1つもない。
むしろ、エルメルト家での扱いは、瑞歩の村上家での扱いよりも酷いものだった。

母親の死と引き換えに生まれて来たミズホはエルメルト家を継ぐ長男だからと、酷い体罰を与えられ育てられ、愛の1つも知らずに育ったと言うのに、父親は数年前に浮気相手とその子供のクリスタを迎え入れ、彼女たちをミズホの目の前で溺愛した。そしてクリスタの我がままでミズホはエルメルト家を跡取りの地位を追われ、当時空席だった王太子の婚約者となったのだ。
同性同士の結婚も当たり前に認められている国とはいえ、家を継ぐつもりで厳しく育てられてきたミズホは戸惑った。けれど王太子の婚約者となったのならば、自分にできることをしようとミズホは健気に王妃教育に励んだのだ。

ーーそれが、こんな終わりか

なりたくてなったわけではない婚約者という立場に、ミズホはしっかりと応えようと頑張っていた。それなのに、そんな部分には一切気がつかなかったらしいマルコが、クリスタに対するいじめ以外の明らかな冤罪の罪状をつらつらと叫び続けている。

記憶でしか知らないがミズホのことを思うと、瑞歩は胸が痛かった。
自分の記憶として存在しているミズホのことを、けれど、自分自身だとは思えない。
それでも、兄弟に搾取される人生を、どこか自分と似た人生を生きてきたミズホに対して親近感と同時に、健気すぎるミズホのことを自分が隣にいて守ってあげたかったという気持ちが生まれていた。

だから自分であって自分ではないミズホが、瑞歩の心の奥底で深く傷ついていることが瑞歩には許せなかった。

いまだに瑞歩の前でゴチャゴチャと話しているマルコとクリスタに怒りが湧き上がる。

その時、あたりはピリとした空気に包まれた。
この世界には冷房なんてないのにも関わらず、気温もガクンと下がる。

「な、な、何が起こってるっ! おい!」
「何! なんなの!?」

マルコとクリスタが叫ぶのを、ただ覚めた目で見つめていた瑞歩は、ふと自分の体の異変に気がつき、掌を見た。

掌にはなんの変化も見られない。けれど、体の奥底から力が湧いてくるような感じと、身体中がじんわりと暖かいような、それなのに冷たい氷水に体を浸しているような、相反する空気が身体中を覆っているような感覚だった。

熱い。暑い。冷たい。寒い。
全然違う感覚が押し寄せているが、不思議と心地が良い。

「ぁ、あ……ぅぅ、止めてくれ、やめ、止めてくれ」

マルコがまるで工事現場でドドドドと音を鳴らしながらコンクリートをならしているあの機械のように震えながら、声を絞り出した。
周りを見渡せばマルコやクリスタ以外で近くにいる人たちの中には、泡を吹いて倒れている人もいる。
何が起こっているのか全く分からなかった瑞歩も、自分の体の変化と周りの現状が何か関係があることは気がついた。

ーー俺がやってるのか?

まさかそんなわけないよなと、微かに笑うとマルコと目があった。

「何、何笑ってる……っ」
「別に」
「っ!?」

冷たく答えた瑞歩に、マルコは目を見開いた。
それもそうだろう。“ミズホ”はマルコを初め両親やクリスタたちにも、今まで一切口答えもせず従順に生きて来たのだから。
けれど、日本ではすでに村上家から逃げ出す予定だった瑞歩には”ミズホ”のような従順な生活は耐えられそうになかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

目覚めたそこはBLゲームの中だった。

BL
ーーパッパー!! キキーッ! …ドンッ!! 鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥ 身体が曲線を描いて宙に浮く… 全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥ 『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』 異世界だった。 否、 腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。

蔑まれ王子と愛され王子

あぎ
BL
蔑まれ王子と愛され王子 蔑まれ王子 顔が醜いからと城の別邸に幽閉されている。 基本的なことは1人でできる。 父と母にここ何年もあっていない 愛され王子 顔が美しく、次の国大使。 全属性を使える。光魔法も抜かりなく使える 兄として弟のために頑張らないと!と頑張っていたが弟がいなくなっていて病んだ 父と母はこの世界でいちばん大嫌い ※pixiv掲載小説※ 自身の掲載小説のため、オリジナルです

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

なぜか第三王子と結婚することになりました

鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!? こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。 金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です ハッピーエンドにするつもり 長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です

処理中です...