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愛されない者
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『可愛げのない子供だな。少しは弟を見習いなさい』
『ああ、うるさい。あなたには何も期待していないのよ。テストが100点だったからって、何て言って欲しいのよ』
村上瑞歩の両親は口を開けば瑞歩が傷つくような言葉を簡単に吐いた。
「お兄ちゃんはどうしてそんなに鈍臭いの? だからみんなから嫌われるんだよ」
可愛らしい笑顔を振りまき無垢で元気で誰からも愛される弟は、兄である瑞歩の前だけでは違った。
弟は瑞歩の鈍臭さにイラつくのだと、両親のいない場所で瑞歩を痛めつける。
もちろん、2歳年の離れた弟とまともに戦えば瑞歩が勝つ可能性もあるけれど、少しでも反撃しようものなら、家族から総叩きに合う。生まれてから16年の間に瑞歩が身をもって知ったのは、この世にはどれだけ努力しようとも愛されない、むしろ嫌われる人間もいれば、何の努力をしなくても簡単に愛してもらえる人間がいるのだということだった。
瑞歩がテストで良い点を取ろうが、事故で大怪我を負おうが、誰の関心も引くことはできなかった。
瑞歩の両親を初め、伯父や伯母、従兄弟、学校の先生に至るまで、瑞歩の人生には今まで1人だって瑞歩の見方はいなかった。
幼い頃はまだ愛されたいと願っていた。けれど、瑞歩にとってそんな大それた願いを捨てた時、まるで綿飴を水に溶かしたかのようにスッと心が楽になったのだ。
「俺、この家を出ていくことにした」
「……は?」
瑞歩の父親が、瑞歩の言葉に目を見開いて止まった様子を見て、瑞歩は、これが俗に言う鳩が豆鉄砲を食らった顔なのかなと、どこか他人事のように思った。その横で、母親も驚き過ぎて目を白黒させている。瑞歩は小さく笑った。白黒させていたとしても、目が合うのはいつぶりなのか分からないという事に気がついたからだ。
「もう働く場所は決まってるんだ。じゃあ、パーティーの邪魔をしてごめんね」
弟のテストが高得点だったことを祝うパーティーには、当然のように瑞歩の席はない。
瑞歩は肩にかけたボストンバッグを抱え直して、1秒でも早くこの家から出ようと踵を返した。
「なっ、ちょっと待ちなさい。あなた16歳よ。何を勝手なことを。家出にしても世間体が」
母親が我に帰ったように引き止めるのを、瑞歩はただ冷めた目で見つめた。
「大丈夫。ここから飛行機で行くくらい離れた場所なんだ。あなたたちの世間体を傷つけることはないよ。なんなら勘当してくれてもいい」
「勝手なことを言うな! たかが16歳で何ができる!? 後から泣きついて来ても助けてやらないぞ。だからそんなこと」
「泣きついたりなんてしないよ。そんなことをしたところで、誰かがだ助けてくれるとは思ってない。ただ、このままこの家に居たら、俺は真っ当な人間にはなれないと思うから」
それだけを言うと、瑞歩はリビングを出た。
父親も母親も、そして、弟も放心状態で後を追って来たりはしなかった。
けれど駅まで向かって歩いている途中、弟の声で呼び止められた。
後ろを振り返ると、遠くから走って来ているのが見える。
もう面倒な思いをしたくない一心で、瑞歩は駅に向かって走り出した。
横断歩道は運悪く赤で、その脇にある歩道橋を駆け上がる。
駅まではもう目と鼻の先だ。
「待てよ!!」
それは歩道橋を降りる時だった。
弟の声はすぐ後ろまで迫っていたことがわかった時にはすでに遅く、ボストンバッグの紐を掴まれ止められた。
けれどもう階段を降りかかっていた瑞歩の体は前のめりになり、その拍子にボストンバッグは肩から外れた。そのままの勢いで手すりに頭をぶつけ、瑞歩は階段を転げ落ちてしまった。
落ちるのを止めようと思っても、勢いのついた体は止まらなかった。
全身を鈍い痛みが襲った。
ーーああ、こりゃ確かに。弟が言うようにどんくさいかもな
階段の下に転がりついた時、意識が朦朧とする頭で思ったのは、そんな他愛のないものだった。
『ああ、うるさい。あなたには何も期待していないのよ。テストが100点だったからって、何て言って欲しいのよ』
村上瑞歩の両親は口を開けば瑞歩が傷つくような言葉を簡単に吐いた。
「お兄ちゃんはどうしてそんなに鈍臭いの? だからみんなから嫌われるんだよ」
可愛らしい笑顔を振りまき無垢で元気で誰からも愛される弟は、兄である瑞歩の前だけでは違った。
弟は瑞歩の鈍臭さにイラつくのだと、両親のいない場所で瑞歩を痛めつける。
もちろん、2歳年の離れた弟とまともに戦えば瑞歩が勝つ可能性もあるけれど、少しでも反撃しようものなら、家族から総叩きに合う。生まれてから16年の間に瑞歩が身をもって知ったのは、この世にはどれだけ努力しようとも愛されない、むしろ嫌われる人間もいれば、何の努力をしなくても簡単に愛してもらえる人間がいるのだということだった。
瑞歩がテストで良い点を取ろうが、事故で大怪我を負おうが、誰の関心も引くことはできなかった。
瑞歩の両親を初め、伯父や伯母、従兄弟、学校の先生に至るまで、瑞歩の人生には今まで1人だって瑞歩の見方はいなかった。
幼い頃はまだ愛されたいと願っていた。けれど、瑞歩にとってそんな大それた願いを捨てた時、まるで綿飴を水に溶かしたかのようにスッと心が楽になったのだ。
「俺、この家を出ていくことにした」
「……は?」
瑞歩の父親が、瑞歩の言葉に目を見開いて止まった様子を見て、瑞歩は、これが俗に言う鳩が豆鉄砲を食らった顔なのかなと、どこか他人事のように思った。その横で、母親も驚き過ぎて目を白黒させている。瑞歩は小さく笑った。白黒させていたとしても、目が合うのはいつぶりなのか分からないという事に気がついたからだ。
「もう働く場所は決まってるんだ。じゃあ、パーティーの邪魔をしてごめんね」
弟のテストが高得点だったことを祝うパーティーには、当然のように瑞歩の席はない。
瑞歩は肩にかけたボストンバッグを抱え直して、1秒でも早くこの家から出ようと踵を返した。
「なっ、ちょっと待ちなさい。あなた16歳よ。何を勝手なことを。家出にしても世間体が」
母親が我に帰ったように引き止めるのを、瑞歩はただ冷めた目で見つめた。
「大丈夫。ここから飛行機で行くくらい離れた場所なんだ。あなたたちの世間体を傷つけることはないよ。なんなら勘当してくれてもいい」
「勝手なことを言うな! たかが16歳で何ができる!? 後から泣きついて来ても助けてやらないぞ。だからそんなこと」
「泣きついたりなんてしないよ。そんなことをしたところで、誰かがだ助けてくれるとは思ってない。ただ、このままこの家に居たら、俺は真っ当な人間にはなれないと思うから」
それだけを言うと、瑞歩はリビングを出た。
父親も母親も、そして、弟も放心状態で後を追って来たりはしなかった。
けれど駅まで向かって歩いている途中、弟の声で呼び止められた。
後ろを振り返ると、遠くから走って来ているのが見える。
もう面倒な思いをしたくない一心で、瑞歩は駅に向かって走り出した。
横断歩道は運悪く赤で、その脇にある歩道橋を駆け上がる。
駅まではもう目と鼻の先だ。
「待てよ!!」
それは歩道橋を降りる時だった。
弟の声はすぐ後ろまで迫っていたことがわかった時にはすでに遅く、ボストンバッグの紐を掴まれ止められた。
けれどもう階段を降りかかっていた瑞歩の体は前のめりになり、その拍子にボストンバッグは肩から外れた。そのままの勢いで手すりに頭をぶつけ、瑞歩は階段を転げ落ちてしまった。
落ちるのを止めようと思っても、勢いのついた体は止まらなかった。
全身を鈍い痛みが襲った。
ーーああ、こりゃ確かに。弟が言うようにどんくさいかもな
階段の下に転がりついた時、意識が朦朧とする頭で思ったのは、そんな他愛のないものだった。
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