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ーーごほっ、ごほっ
花を吐く。嘔吐中枢花被性疾患、通称花吐き病。
俺がそんな病気になったのは、一年ほど前のこと。
たまたま知り合いの見舞いに行った病院で、たまたま花吐き病を患った患者が吐いた花を触ってしまった。
そして俺はたまたま報われない片思いをしていた。
花吐き病は花吐き病患者が吐き出した花に接触して、且、その人が片思いを拗らせてと発病する奇病だ。
発病すると、花を吐くようになる。本来体にあるはずのないものを吐き出すこの病気は、片思いを拗らせ続けるとおよそ2年ほどで体が衰弱していって死に至るそうだ。
直す方法は2つ。きれいさっぱり諦めるか、片思いの相手とうまくいくか、だ。
片思いの相手と両思いになって、相手から好きだって言われたら最後に白銀のゆりを吐いて完治するらしい。
まぁ、花吐き病に感染するくらいだ。そのどちらも難しいのが現実だ。
俺は……。
俺の好きな人は、俺のことを好きにならない。
だから俺に残された道は、綺麗さっぱり諦めるか、1年後に死ぬかしかない。
俺の好きな人は会社の1年上の勝己先輩だ。
大学から一緒の先輩で俺は大学の頃からずっと好きだった。
一緒の会社になったのは本当にたまたまだったけど、すごく嬉しかった。
ぶっきらぼうだけど誰に対しても優しくて誠実で、かっこいい。
「ごほっ、ごほっ、はぁ、はぁ」
「要、告白してみたら? 断られても玉砕したら諦められるかもしれないよ?」
会社の同期の杉田が心配そうに言ってきた。
俺の片思いと片思いの相手と病気を杉田だけが知っている。
以前会社で吐き気に耐えきれなくなって給湯室まで駆け込んで吐いた時に、心配で様子見にきてくれた杉田に花を吐くのを見られてしまったことがきっかけだった。ちなみに今も給湯室にいる。
「無理だ。断られても諦められなかった」
「え? 告白したの?」
「こほっ、ごほ、したよ。大学生の時にね」
「ダメだったんだ」
「悪いって言われたよ。でも俺は断られたのにもかかわらず諦めきれずに、こんな病気を発病してしまった」
「そうか、適当なこと言ってごめんな?」
「いいって」
そう笑うと、杉田もホッとした顔で笑った。
「何してる。仕事もどれ」
「ぁ、勝己先輩……、すみません、すぐ戻ります」
もしかして……
聞かれてた?
「勝己さん、要は具合が悪いようなので仮眠室で休ませたほうがいいと思います」
「杉田!…………勝己先輩、俺具合悪くないんで、大丈夫ですから!」
「いや、確かに少し青い顔をしているな。今日はもういいから早退しろ。しっかり休んで体力を回復させなさい」
「そんな、俺元気ですから」
「そうは見えないな。ほら、杉田は早く仕事にもどれ」
「あ、はーい。んじゃあ、要、お大事にな!」
「杉田!!」
ニヤリと笑らって出て行った杉田は恋のキューピットにでもなったつもりなのだろうか。
だけどそんなのには意味がない。だって俺はすでに振られてるんだから。
勝己さんの態度はいつもと同じだ。どうやらさっきの会話は聞こえていなかったらしい。
給湯室に勝己さんと二人きり。
早くここから去らなければ。
勝己さんの迷惑になりたくない。
「あ、えっと、ではお言葉に甘えて早退いたします。失礼いたします」
「待て」
勝己さんの隣をすり抜けようとした俺の腕を勝己さんが掴んで止めた。
「な、何でしょうか」
「いや……早く治せよ」
「はい、ありがとうございます」
家に帰ってから吐いた花の量はいつもより多かった。
次の日出勤すると先に出勤していた勝己さんがすぐに俺に気づいて近づいてきた。
「要、体調はどうだ?」
「はい。おかげさまですっかり良くなりました。ありがとうございました」
「そうか…………」
「? 勝己先輩?」
「あ、いや。なんでもない。じゃあ、仕事頑張れよ」
そう言って自分の席に戻って行った。
やっぱり、勝己さんは優しいなぁ。一度振った俺のことあんなに心配してくれるなんて。
勝己さんはいつも優しい。その優しさが俺にだけ向いてればいいのになんて、性格の悪いことを考えてしまったことも一度や二度じゃない。
しかも仕事を教えるのもうまいし、後輩のミスをさりげなくフォローしてくれるし、どこまでも完璧な人なのにホラー映画が苦手だったり、ウサギが大好きだったりギャップもあって。そんな人がモテないはずもなく、いつもどこどこの課の誰々が振られたとか、誰々と一緒にお昼食べたとか、聞こうと思わなくても噂が回ってくる。
俺はまた吐き気を催して、始業時間にはまだ少し時間があったのでトイレに向かった。
「ごほっ、こほ、はぁ、うへぇ」
ああ、今日は特に多いな。
発病してからは常に持ち歩いている袋に吐き出した花は、赤や白、黄色などカラフルな色で溢れかえっている。
「ごほっ、ごほっ、は、ぁ、つら、うっ!!」
あ、ダメだ。喉に詰まってる。
俺、死ぬかも。
とりあえずトイレから出て誰かに助けを……、いや花吐き病のことがバレても面倒だ。
いやそんなこと言ってる場合じゃないし。
せめて杉田がいれば……。
俺は、朦朧とする意識の中で杉田にメールして、個室の鍵を開けた。
誰かがトイレに駆け込んできたのが分かった。
「す、ぎ、たす……け」
「おい! しっかりしろ! 要! くそ!」
杉田はそう言うと俺の背中を叩いて俺が喉につまらせている花を取ろうとしてくれたけど、つっかえているのか中々出てこない。
「おい! 口開けろ! 直接取る!!」
杉田は俺に口を開けさせて手を突っ込もうとしてきた。
「だ、めっ、だ、うつ……る、ぁ」
だけど杉田の声がなんだか勝己さんの声みたいに聞こえるんだ。
もしかして俺ここで死ぬから幻聴でも聞こえているのかな。
だんだんと力が入らなくなってきた体で、俺はそんなことを思っていた。
目が覚めると白い天井が見えた。
俺、生きてたのか。
誰かが俺の手を握っている。
俺を助けてくれたのは杉田だから、病院まで杉田が付き添ってくれたのかな。
でも俺は顔に色々つけられてるみたいで、首を動かせないから手のあたりにいる杉田を確認できない。
「杉……た。ありがとう、な」
俺がそう声をかけると俺の手を握っていた手がぴくりと動いた。
「気にするな」
そう言った声はやっぱり勝己さんの声に聞こえた。
そして俺はまた眠くなって次に目が覚めた時は俺の手を握っていてくれた杉田はいなくなっていた。
「あ、お目覚めだったんですね、要さん」
扉から入ってきた看護師の女性が俺に話しかけてきた。
部屋を見渡したところ、俺は1人部屋にいるようだ。
「ええ、さっき。ところで俺……?」
「栄養失調と睡眠不足だそうです。要さん、失礼ですが花吐き病を患っておいでですよね?」
「はい」
「花を吐く関係で体から栄養などを取られて、夜中も吐くために、花吐き病の患者さんは栄養失調や睡眠不足になる傾向があるんです。要さんは、どれくらいの期間患っていらっしゃいますか?」
「1年です」
「分かりました。では担当医に伝えておきます。」
花吐き病について最低限の詮索しかされないってのはありがたい。
この手の話になるとみんな告白はしないのかとか、当たって砕けて諦めろとしか言わないから。
まぁ医療関係者がそんな軽率なことを言うわけはないんだけども。
ーーコンコン
面会時間ギリギリになり病室のドアがノックされる音がした。
誰だろう?
「どうぞ」
少し大きめの声で言うとドアを開けて入ってきた。
勝己さんだった。
「要……」
「あ、えと、お見舞いにきてくれたんですか? すみませんお忙しいのに。ありがとうございます」
随分と疲れた様子の勝己さんに俺は心配になった。
俺が1人抜けたくらいでここまでくたびれるほど忙しくならないはずだから、何か大きな仕事が入ったのかもしれないな。
それなのにこんな面会時間に間に合うような時間に来てもらって申し訳なくなった。
勝己さんはベッドの横の椅子に無言で座った。
病院で出してもらってる吐き気止めのおかげで今は少しだけ落ち着いていているのでよかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えっと、あー、何か大きな案件が入ったんですか?」
「…………いや」
「そうですか!」
うぅ、きまずい。
というか大きな仕事入ってないのになんでこんなにくたびれてるの?
だけど、しばらく無言でいた勝己さんは決心がついたと言うように”はぁ”と息をついた。
「要。俺は要が好きだ。以前断っておいて勝手だと思うかもしれないが、付き合ってくれないだろうか」
「え?」
「好きだ。要」
嬉しい。本当だろうか。
こんなに夢みたいなことがあっていいのかな。
ーーコンコン
「要さーん、面会時間終了ですよー」
扉を開けて看護師さんがそう言うと勝己さんは椅子から立ち上がった。
「要、明日もくるから、返事はまた明日教えてくれ」
「あ、は、はい」
勝己さんが出て行って俺はしばらく放心状態だった。
「ごほっ、ごほっ」
あ、白銀のゆりを吐けるのかな。それで俺は完治するのか。
「なんで……」
俺の吐いた花は今までと変わらず、赤や黄色などカラフルで俺は戸惑った。
だけど、両思いになったのにも関わらず、俺が白銀のゆりを吐けない理由は一つしかない。
杉田っ!!
俺は急いでスマホを取り出した。
杉田にLIMEを送る。
ーー杉田。お前、もしかして勝己先輩に俺がまだ勝己先輩のこと好きだって言った? 俺が花吐き病だって言った?
ーーおー、悪いな。すごい剣幕で聞かれたもんだからさぁ。あの給湯室の時、勝己さん俺たちの話聞いてたみたいなんだよ
ーーなんで言っちゃうんだよ
ーーでもあんな剣幕で聞いてくるくらいだから勝己さんも要の事好きだったんじゃねぇの?
「違う。勝己先輩は俺のことなんて好きじゃない。俺の吐く花がそれを証明してんだよっ!!」
俺は憤る気持ちを抑えられずにそう叫んだ。
一人部屋でよかった。でもこれ以上騒いだら看護師さんたちが来てしまうな。
明日は勝己さんが返事を聞きに来てしまう。
勝己さんには杉田から話を聞いたことを伝えよう。
白銀の花を吐いたから付き合ってくれなくてもいいのだと伝えよう。
俺が勝手に勝己先輩のことを好きになっただけなのに、勝己先輩が責任を感じて俺と付き合う必要なんてないんだから。
そして、1年分くらい慎ましく暮らせば働かなくても生きていけるくらいの貯金はある。
だから仕事を辞めてどこか違う場所で安いホテルにでも泊まりながら過ごそう。
どうせあと1年くらいしか生きられないのだから、わざわざ、勝己先輩の心を煩わせてまで仕事をする必要なんかないんだ。
次の日、約束通り勝己先輩が訪ねてきた。
「要、体調はどうだ?」
「はい、おかげさまで昨日の夜白銀のゆりを吐きましたし、体調もいいです。ありがとうございます」
「そうか、それは良かった」
勝己先輩はホッとした顔をした。
「では、昨日の返事は俺と付き合ってくれると言うことでいいんだよな?」
勝己さんは優しい顔でそう聞いてくれた。
本当は俺と付き合うなんて嫌なはずなのに、後輩を見捨てられない優しい人だから。
俺は勝己さんを安心させるように微笑みを浮かべた。
「勝己先輩、俺は白銀のゆりを吐いたので、完治したんです。だから俺と付き合う必要はないですよ。本当にありがとうございました。これからは健康に生きられそうです」
ーーコンコン
「面会終了でーす」
今日も時間通りに看護師さんが来てくれてうまいこと話を終わらせることができた。
もうあとほんの少しでも長く話していたら、微笑みを崩して、泣き出してしまうところだった。なんで俺のことを好きになってくれないのかと勝手なことを喚き散らすところだった。
最後に俺のそんな姿を大好きな勝己先輩に見せる羽目にならなくて本当に看護師さんに感謝しかない。
勝己さんは椅子から立ち上がった。
「要、何を勘違いしているのか知らないが、俺は本気で要と付き合いたいと思っている。明日も来るからな」
そう言って去って行った。
これ以上、勝己さんの時間を無駄にさせるのは申し訳ない。
俺は明日退院しよう。
そして会社に電話して、病気を理由にこのまま退職しよう。社会人としてあるまじき辞め方だと分かっている。だけど、このまま花吐き病が治ったと隠し通しながら働くのは無理だと思うし、どうせ1年後には辞めることになるのだ。
勝己さんは仕事が終わってから真っ先にここに来てくれるだろう。
無駄足を踏ませるのは申し訳ないけど、勝己さんのこの先の時間を縛るよりはましだと思うので許してほしい。
花を吐く。嘔吐中枢花被性疾患、通称花吐き病。
俺がそんな病気になったのは、一年ほど前のこと。
たまたま知り合いの見舞いに行った病院で、たまたま花吐き病を患った患者が吐いた花を触ってしまった。
そして俺はたまたま報われない片思いをしていた。
花吐き病は花吐き病患者が吐き出した花に接触して、且、その人が片思いを拗らせてと発病する奇病だ。
発病すると、花を吐くようになる。本来体にあるはずのないものを吐き出すこの病気は、片思いを拗らせ続けるとおよそ2年ほどで体が衰弱していって死に至るそうだ。
直す方法は2つ。きれいさっぱり諦めるか、片思いの相手とうまくいくか、だ。
片思いの相手と両思いになって、相手から好きだって言われたら最後に白銀のゆりを吐いて完治するらしい。
まぁ、花吐き病に感染するくらいだ。そのどちらも難しいのが現実だ。
俺は……。
俺の好きな人は、俺のことを好きにならない。
だから俺に残された道は、綺麗さっぱり諦めるか、1年後に死ぬかしかない。
俺の好きな人は会社の1年上の勝己先輩だ。
大学から一緒の先輩で俺は大学の頃からずっと好きだった。
一緒の会社になったのは本当にたまたまだったけど、すごく嬉しかった。
ぶっきらぼうだけど誰に対しても優しくて誠実で、かっこいい。
「ごほっ、ごほっ、はぁ、はぁ」
「要、告白してみたら? 断られても玉砕したら諦められるかもしれないよ?」
会社の同期の杉田が心配そうに言ってきた。
俺の片思いと片思いの相手と病気を杉田だけが知っている。
以前会社で吐き気に耐えきれなくなって給湯室まで駆け込んで吐いた時に、心配で様子見にきてくれた杉田に花を吐くのを見られてしまったことがきっかけだった。ちなみに今も給湯室にいる。
「無理だ。断られても諦められなかった」
「え? 告白したの?」
「こほっ、ごほ、したよ。大学生の時にね」
「ダメだったんだ」
「悪いって言われたよ。でも俺は断られたのにもかかわらず諦めきれずに、こんな病気を発病してしまった」
「そうか、適当なこと言ってごめんな?」
「いいって」
そう笑うと、杉田もホッとした顔で笑った。
「何してる。仕事もどれ」
「ぁ、勝己先輩……、すみません、すぐ戻ります」
もしかして……
聞かれてた?
「勝己さん、要は具合が悪いようなので仮眠室で休ませたほうがいいと思います」
「杉田!…………勝己先輩、俺具合悪くないんで、大丈夫ですから!」
「いや、確かに少し青い顔をしているな。今日はもういいから早退しろ。しっかり休んで体力を回復させなさい」
「そんな、俺元気ですから」
「そうは見えないな。ほら、杉田は早く仕事にもどれ」
「あ、はーい。んじゃあ、要、お大事にな!」
「杉田!!」
ニヤリと笑らって出て行った杉田は恋のキューピットにでもなったつもりなのだろうか。
だけどそんなのには意味がない。だって俺はすでに振られてるんだから。
勝己さんの態度はいつもと同じだ。どうやらさっきの会話は聞こえていなかったらしい。
給湯室に勝己さんと二人きり。
早くここから去らなければ。
勝己さんの迷惑になりたくない。
「あ、えっと、ではお言葉に甘えて早退いたします。失礼いたします」
「待て」
勝己さんの隣をすり抜けようとした俺の腕を勝己さんが掴んで止めた。
「な、何でしょうか」
「いや……早く治せよ」
「はい、ありがとうございます」
家に帰ってから吐いた花の量はいつもより多かった。
次の日出勤すると先に出勤していた勝己さんがすぐに俺に気づいて近づいてきた。
「要、体調はどうだ?」
「はい。おかげさまですっかり良くなりました。ありがとうございました」
「そうか…………」
「? 勝己先輩?」
「あ、いや。なんでもない。じゃあ、仕事頑張れよ」
そう言って自分の席に戻って行った。
やっぱり、勝己さんは優しいなぁ。一度振った俺のことあんなに心配してくれるなんて。
勝己さんはいつも優しい。その優しさが俺にだけ向いてればいいのになんて、性格の悪いことを考えてしまったことも一度や二度じゃない。
しかも仕事を教えるのもうまいし、後輩のミスをさりげなくフォローしてくれるし、どこまでも完璧な人なのにホラー映画が苦手だったり、ウサギが大好きだったりギャップもあって。そんな人がモテないはずもなく、いつもどこどこの課の誰々が振られたとか、誰々と一緒にお昼食べたとか、聞こうと思わなくても噂が回ってくる。
俺はまた吐き気を催して、始業時間にはまだ少し時間があったのでトイレに向かった。
「ごほっ、こほ、はぁ、うへぇ」
ああ、今日は特に多いな。
発病してからは常に持ち歩いている袋に吐き出した花は、赤や白、黄色などカラフルな色で溢れかえっている。
「ごほっ、ごほっ、は、ぁ、つら、うっ!!」
あ、ダメだ。喉に詰まってる。
俺、死ぬかも。
とりあえずトイレから出て誰かに助けを……、いや花吐き病のことがバレても面倒だ。
いやそんなこと言ってる場合じゃないし。
せめて杉田がいれば……。
俺は、朦朧とする意識の中で杉田にメールして、個室の鍵を開けた。
誰かがトイレに駆け込んできたのが分かった。
「す、ぎ、たす……け」
「おい! しっかりしろ! 要! くそ!」
杉田はそう言うと俺の背中を叩いて俺が喉につまらせている花を取ろうとしてくれたけど、つっかえているのか中々出てこない。
「おい! 口開けろ! 直接取る!!」
杉田は俺に口を開けさせて手を突っ込もうとしてきた。
「だ、めっ、だ、うつ……る、ぁ」
だけど杉田の声がなんだか勝己さんの声みたいに聞こえるんだ。
もしかして俺ここで死ぬから幻聴でも聞こえているのかな。
だんだんと力が入らなくなってきた体で、俺はそんなことを思っていた。
目が覚めると白い天井が見えた。
俺、生きてたのか。
誰かが俺の手を握っている。
俺を助けてくれたのは杉田だから、病院まで杉田が付き添ってくれたのかな。
でも俺は顔に色々つけられてるみたいで、首を動かせないから手のあたりにいる杉田を確認できない。
「杉……た。ありがとう、な」
俺がそう声をかけると俺の手を握っていた手がぴくりと動いた。
「気にするな」
そう言った声はやっぱり勝己さんの声に聞こえた。
そして俺はまた眠くなって次に目が覚めた時は俺の手を握っていてくれた杉田はいなくなっていた。
「あ、お目覚めだったんですね、要さん」
扉から入ってきた看護師の女性が俺に話しかけてきた。
部屋を見渡したところ、俺は1人部屋にいるようだ。
「ええ、さっき。ところで俺……?」
「栄養失調と睡眠不足だそうです。要さん、失礼ですが花吐き病を患っておいでですよね?」
「はい」
「花を吐く関係で体から栄養などを取られて、夜中も吐くために、花吐き病の患者さんは栄養失調や睡眠不足になる傾向があるんです。要さんは、どれくらいの期間患っていらっしゃいますか?」
「1年です」
「分かりました。では担当医に伝えておきます。」
花吐き病について最低限の詮索しかされないってのはありがたい。
この手の話になるとみんな告白はしないのかとか、当たって砕けて諦めろとしか言わないから。
まぁ医療関係者がそんな軽率なことを言うわけはないんだけども。
ーーコンコン
面会時間ギリギリになり病室のドアがノックされる音がした。
誰だろう?
「どうぞ」
少し大きめの声で言うとドアを開けて入ってきた。
勝己さんだった。
「要……」
「あ、えと、お見舞いにきてくれたんですか? すみませんお忙しいのに。ありがとうございます」
随分と疲れた様子の勝己さんに俺は心配になった。
俺が1人抜けたくらいでここまでくたびれるほど忙しくならないはずだから、何か大きな仕事が入ったのかもしれないな。
それなのにこんな面会時間に間に合うような時間に来てもらって申し訳なくなった。
勝己さんはベッドの横の椅子に無言で座った。
病院で出してもらってる吐き気止めのおかげで今は少しだけ落ち着いていているのでよかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えっと、あー、何か大きな案件が入ったんですか?」
「…………いや」
「そうですか!」
うぅ、きまずい。
というか大きな仕事入ってないのになんでこんなにくたびれてるの?
だけど、しばらく無言でいた勝己さんは決心がついたと言うように”はぁ”と息をついた。
「要。俺は要が好きだ。以前断っておいて勝手だと思うかもしれないが、付き合ってくれないだろうか」
「え?」
「好きだ。要」
嬉しい。本当だろうか。
こんなに夢みたいなことがあっていいのかな。
ーーコンコン
「要さーん、面会時間終了ですよー」
扉を開けて看護師さんがそう言うと勝己さんは椅子から立ち上がった。
「要、明日もくるから、返事はまた明日教えてくれ」
「あ、は、はい」
勝己さんが出て行って俺はしばらく放心状態だった。
「ごほっ、ごほっ」
あ、白銀のゆりを吐けるのかな。それで俺は完治するのか。
「なんで……」
俺の吐いた花は今までと変わらず、赤や黄色などカラフルで俺は戸惑った。
だけど、両思いになったのにも関わらず、俺が白銀のゆりを吐けない理由は一つしかない。
杉田っ!!
俺は急いでスマホを取り出した。
杉田にLIMEを送る。
ーー杉田。お前、もしかして勝己先輩に俺がまだ勝己先輩のこと好きだって言った? 俺が花吐き病だって言った?
ーーおー、悪いな。すごい剣幕で聞かれたもんだからさぁ。あの給湯室の時、勝己さん俺たちの話聞いてたみたいなんだよ
ーーなんで言っちゃうんだよ
ーーでもあんな剣幕で聞いてくるくらいだから勝己さんも要の事好きだったんじゃねぇの?
「違う。勝己先輩は俺のことなんて好きじゃない。俺の吐く花がそれを証明してんだよっ!!」
俺は憤る気持ちを抑えられずにそう叫んだ。
一人部屋でよかった。でもこれ以上騒いだら看護師さんたちが来てしまうな。
明日は勝己さんが返事を聞きに来てしまう。
勝己さんには杉田から話を聞いたことを伝えよう。
白銀の花を吐いたから付き合ってくれなくてもいいのだと伝えよう。
俺が勝手に勝己先輩のことを好きになっただけなのに、勝己先輩が責任を感じて俺と付き合う必要なんてないんだから。
そして、1年分くらい慎ましく暮らせば働かなくても生きていけるくらいの貯金はある。
だから仕事を辞めてどこか違う場所で安いホテルにでも泊まりながら過ごそう。
どうせあと1年くらいしか生きられないのだから、わざわざ、勝己先輩の心を煩わせてまで仕事をする必要なんかないんだ。
次の日、約束通り勝己先輩が訪ねてきた。
「要、体調はどうだ?」
「はい、おかげさまで昨日の夜白銀のゆりを吐きましたし、体調もいいです。ありがとうございます」
「そうか、それは良かった」
勝己先輩はホッとした顔をした。
「では、昨日の返事は俺と付き合ってくれると言うことでいいんだよな?」
勝己さんは優しい顔でそう聞いてくれた。
本当は俺と付き合うなんて嫌なはずなのに、後輩を見捨てられない優しい人だから。
俺は勝己さんを安心させるように微笑みを浮かべた。
「勝己先輩、俺は白銀のゆりを吐いたので、完治したんです。だから俺と付き合う必要はないですよ。本当にありがとうございました。これからは健康に生きられそうです」
ーーコンコン
「面会終了でーす」
今日も時間通りに看護師さんが来てくれてうまいこと話を終わらせることができた。
もうあとほんの少しでも長く話していたら、微笑みを崩して、泣き出してしまうところだった。なんで俺のことを好きになってくれないのかと勝手なことを喚き散らすところだった。
最後に俺のそんな姿を大好きな勝己先輩に見せる羽目にならなくて本当に看護師さんに感謝しかない。
勝己さんは椅子から立ち上がった。
「要、何を勘違いしているのか知らないが、俺は本気で要と付き合いたいと思っている。明日も来るからな」
そう言って去って行った。
これ以上、勝己さんの時間を無駄にさせるのは申し訳ない。
俺は明日退院しよう。
そして会社に電話して、病気を理由にこのまま退職しよう。社会人としてあるまじき辞め方だと分かっている。だけど、このまま花吐き病が治ったと隠し通しながら働くのは無理だと思うし、どうせ1年後には辞めることになるのだ。
勝己さんは仕事が終わってから真っ先にここに来てくれるだろう。
無駄足を踏ませるのは申し訳ないけど、勝己さんのこの先の時間を縛るよりはましだと思うので許してほしい。
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