上 下
42 / 45

39ー4

しおりを挟む
『先生、先生』

そう呼ぶ声は誰の声だっただろうか。
まるでそう叫ばないと誰も自分の声など聞いてもらえないとでも言うように、少しでも自分に目を向けてもらえるように、俺を呼ぶその声は。
真樹が言っていたが、静は俺の患者だったのか。
だが、静は一言もそんなことを言っていなかったな。
抑制剤は常にきちんと飲んでいる様子だったが、今は他の病院に行っているのだろうか。

何はどうあれ、静はどうして俺の見舞いに来てくれない。
真樹も居なくなり、一人になった病室で俺は言い知れぬ不安に飲み込まれていた。

けれどどうしても眠くなってしまう。
薬のせいか、手術の疲れのせいか。
なかば強制的な眠りにつくと、断片的に映像が流れる。
それは俺が忘れてしまった記憶だった。

机の上に置かれた手紙とボイスレコーダー。
俺はそれを見て、とても辛くて。
誰かを探した。でも見つからない。
その後の映像は病院にいるところだ。
誰かが必死に電動の車椅子を動かしていて、ああ、俺と顔を合わせたくないんだろうと思ったんだった。車椅子をつかんで病室まで戻して、それから懺悔と告白をした。

涙で濡れた相手の顔は。

そうだーーーー。

「静」

自分の声で目を覚ますと、病室だった。
外は真っ暗で、周りもシンと静まり返っている。

「ああ、今度は俺が入院してるんだった」

全て……と言っていいのか、自信はなかったが、俺が好きだったのは静だったことははっきり思い出した。そして、静への指輪の贈り主が俺であることも。

「静……、またお前ぇ、自分が身をひけば俺が幸せだとでも思ってたりしねぇよな」

ポツリと呟く声は、誰も拾うことはなく、虚しく病室に響く。
ずっと嫌な予感がする。
また、俺の前から静がいなくなる。
それは俺が記憶を失っていたせいもあるし、記憶を失っている間に、静が誤解するようなことをしでかしてしまったせいでもあって、そのどちらだとしても、あるいは、どちらともだとしても全て俺のせいだった。

どちらかが、入院していることの多い俺たちだ。
すれ違ってばかりで、ただ、平穏で幸せな生活を送ることもままならない。

次に会える時、お互いが無事であるとも確証なんかもてない。
ただ一緒に過ごして、2人で幸せになりたいと思っているだけなのに、なぜこんなにもうまくいかない。

「くそっ」

憤りを抑えきれずに小さく毒づいて、腕に取り付けられた点滴用の針を雑に抜き取り、俺は自宅まで急いだ。
手術後は痛むが、今はそれどころではなかった。

マンションまでたどり着き、そのままの勢いで玄関の扉を開けた。

シンと冷たい空気が流れる。
誰かがいる雰囲気ではなかった。

「静……?」

俺は恐る恐る部屋の中を見て回って、膝から崩れ落ちた。
そこには静どころか、静がここに暮らしていた痕跡が一切残っていなかった。

「ぁ……静、また、俺の前から……静、静」

静、静としか繰り返せない俺の耳にガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
静が戻ってきてくれたかもしれない。急いで玄関に向かうとそこにいたのは静ではなかった。

「神楽坂……、なんでこんなとこに」

ガッカリして、ぶっきらぼうに呟いた。
けれど俺のそんな態度をかけらも気にしないのが、神楽坂だ。

「それは俺が聞きたいけどね。泉は入院患者だろ……泉、記憶戻ったのかい?」

静かな問いかけに、「ああ」と返すと、神楽坂はホッとしたように微笑み、俺に1枚の紙を手渡してきた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 毎日をテキトーに過ごしている大学生・相川悠と年上で社会人の佐倉湊人はセフレ関係 身体の相性が良いだけ 都合が良いだけ ただそれだけ……の、はず。 * * * * * 完結しました! 読んでくださった皆様、本当にありがとうございます^ ^ Twitter↓ @rurunovel

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

勝ち組ブスオメガの奇妙な運命

かかし
BL
※暴力的な表現があります ※オメガバースネタですが、自己解釈とオリジナル設定の追加があります 原稿の合間に息抜きしたくて書き始めたら思ったよりも筆が乗ってしまい、息抜きを通り越してしまいました。 いつも不憫なオメガバースネタばかり書いてるから、たまには恵まれてる(当社比)なオメガバース書きたくなったんです。 運が良いとは言っていない。 4/14 蛇足以下のEXを追加しました。 9/11 大幅な加筆修正の為、一話以外を全て削除しました。 一話も修正しております。 しおりを挟んでくださった方やエールをくださった方にはご迷惑をおかけ致します! 9/21 まだ思い付かないので一旦完結としますが、思い付いたらあげるかもしれません! ありがとうございました!

好きな人が「ふつーに可愛い子がタイプ」と言っていたので、女装して迫ったら思いのほか愛されてしまった

碓氷唯
BL
白月陽葵(しろつきひなた)は、オタクとからかわれ中学高校といじめられていたが、高校の頃に具合が悪かった自分を介抱してくれた壱城悠星(いちしろゆうせい)に片想いしていた。 壱城は高校では一番の不良で白月にとっては一番近づきがたかったタイプだが、今まで関わってきた人間の中で一番優しく綺麗な心を持っていることがわかり、恋をしてからは壱城のことばかり考えてしまう。 白月はそんな壱城の好きなタイプを高校の卒業前に盗み聞きする。 壱城の好きなタイプは「ふつーに可愛い子」で、白月は「ふつーに可愛い子」になるために、自分の小柄で女顔な容姿を生かして、女装し壱城をナンパする。 男の白月には怒ってばかりだった壱城だが、女性としての白月には優しく対応してくれることに、喜びを感じ始める。 だが、女という『偽物』の自分を愛してくる壱城に、だんだん白月は辛くなっていき……。 ノンケ(?)攻め×女装健気受け。 三万文字程度で終わる短編です。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...