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『先生、先生』
そう呼ぶ声は誰の声だっただろうか。
まるでそう叫ばないと誰も自分の声など聞いてもらえないとでも言うように、少しでも自分に目を向けてもらえるように、俺を呼ぶその声は。
真樹が言っていたが、静は俺の患者だったのか。
だが、静は一言もそんなことを言っていなかったな。
抑制剤は常にきちんと飲んでいる様子だったが、今は他の病院に行っているのだろうか。
何はどうあれ、静はどうして俺の見舞いに来てくれない。
真樹も居なくなり、一人になった病室で俺は言い知れぬ不安に飲み込まれていた。
けれどどうしても眠くなってしまう。
薬のせいか、手術の疲れのせいか。
なかば強制的な眠りにつくと、断片的に映像が流れる。
それは俺が忘れてしまった記憶だった。
机の上に置かれた手紙とボイスレコーダー。
俺はそれを見て、とても辛くて。
誰かを探した。でも見つからない。
その後の映像は病院にいるところだ。
誰かが必死に電動の車椅子を動かしていて、ああ、俺と顔を合わせたくないんだろうと思ったんだった。車椅子をつかんで病室まで戻して、それから懺悔と告白をした。
涙で濡れた相手の顔は。
そうだーーーー。
「静」
自分の声で目を覚ますと、病室だった。
外は真っ暗で、周りもシンと静まり返っている。
「ああ、今度は俺が入院してるんだった」
全て……と言っていいのか、自信はなかったが、俺が好きだったのは静だったことははっきり思い出した。そして、静への指輪の贈り主が俺であることも。
「静……、またお前ぇ、自分が身をひけば俺が幸せだとでも思ってたりしねぇよな」
ポツリと呟く声は、誰も拾うことはなく、虚しく病室に響く。
ずっと嫌な予感がする。
また、俺の前から静がいなくなる。
それは俺が記憶を失っていたせいもあるし、記憶を失っている間に、静が誤解するようなことをしでかしてしまったせいでもあって、そのどちらだとしても、あるいは、どちらともだとしても全て俺のせいだった。
どちらかが、入院していることの多い俺たちだ。
すれ違ってばかりで、ただ、平穏で幸せな生活を送ることもままならない。
次に会える時、お互いが無事であるとも確証なんかもてない。
ただ一緒に過ごして、2人で幸せになりたいと思っているだけなのに、なぜこんなにもうまくいかない。
「くそっ」
憤りを抑えきれずに小さく毒づいて、腕に取り付けられた点滴用の針を雑に抜き取り、俺は自宅まで急いだ。
手術後は痛むが、今はそれどころではなかった。
マンションまでたどり着き、そのままの勢いで玄関の扉を開けた。
シンと冷たい空気が流れる。
誰かがいる雰囲気ではなかった。
「静……?」
俺は恐る恐る部屋の中を見て回って、膝から崩れ落ちた。
そこには静どころか、静がここに暮らしていた痕跡が一切残っていなかった。
「ぁ……静、また、俺の前から……静、静」
静、静としか繰り返せない俺の耳にガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
静が戻ってきてくれたかもしれない。急いで玄関に向かうとそこにいたのは静ではなかった。
「神楽坂……、なんでこんなとこに」
ガッカリして、ぶっきらぼうに呟いた。
けれど俺のそんな態度をかけらも気にしないのが、神楽坂だ。
「それは俺が聞きたいけどね。泉は入院患者だろ……泉、記憶戻ったのかい?」
静かな問いかけに、「ああ」と返すと、神楽坂はホッとしたように微笑み、俺に1枚の紙を手渡してきた。
そう呼ぶ声は誰の声だっただろうか。
まるでそう叫ばないと誰も自分の声など聞いてもらえないとでも言うように、少しでも自分に目を向けてもらえるように、俺を呼ぶその声は。
真樹が言っていたが、静は俺の患者だったのか。
だが、静は一言もそんなことを言っていなかったな。
抑制剤は常にきちんと飲んでいる様子だったが、今は他の病院に行っているのだろうか。
何はどうあれ、静はどうして俺の見舞いに来てくれない。
真樹も居なくなり、一人になった病室で俺は言い知れぬ不安に飲み込まれていた。
けれどどうしても眠くなってしまう。
薬のせいか、手術の疲れのせいか。
なかば強制的な眠りにつくと、断片的に映像が流れる。
それは俺が忘れてしまった記憶だった。
机の上に置かれた手紙とボイスレコーダー。
俺はそれを見て、とても辛くて。
誰かを探した。でも見つからない。
その後の映像は病院にいるところだ。
誰かが必死に電動の車椅子を動かしていて、ああ、俺と顔を合わせたくないんだろうと思ったんだった。車椅子をつかんで病室まで戻して、それから懺悔と告白をした。
涙で濡れた相手の顔は。
そうだーーーー。
「静」
自分の声で目を覚ますと、病室だった。
外は真っ暗で、周りもシンと静まり返っている。
「ああ、今度は俺が入院してるんだった」
全て……と言っていいのか、自信はなかったが、俺が好きだったのは静だったことははっきり思い出した。そして、静への指輪の贈り主が俺であることも。
「静……、またお前ぇ、自分が身をひけば俺が幸せだとでも思ってたりしねぇよな」
ポツリと呟く声は、誰も拾うことはなく、虚しく病室に響く。
ずっと嫌な予感がする。
また、俺の前から静がいなくなる。
それは俺が記憶を失っていたせいもあるし、記憶を失っている間に、静が誤解するようなことをしでかしてしまったせいでもあって、そのどちらだとしても、あるいは、どちらともだとしても全て俺のせいだった。
どちらかが、入院していることの多い俺たちだ。
すれ違ってばかりで、ただ、平穏で幸せな生活を送ることもままならない。
次に会える時、お互いが無事であるとも確証なんかもてない。
ただ一緒に過ごして、2人で幸せになりたいと思っているだけなのに、なぜこんなにもうまくいかない。
「くそっ」
憤りを抑えきれずに小さく毒づいて、腕に取り付けられた点滴用の針を雑に抜き取り、俺は自宅まで急いだ。
手術後は痛むが、今はそれどころではなかった。
マンションまでたどり着き、そのままの勢いで玄関の扉を開けた。
シンと冷たい空気が流れる。
誰かがいる雰囲気ではなかった。
「静……?」
俺は恐る恐る部屋の中を見て回って、膝から崩れ落ちた。
そこには静どころか、静がここに暮らしていた痕跡が一切残っていなかった。
「ぁ……静、また、俺の前から……静、静」
静、静としか繰り返せない俺の耳にガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
静が戻ってきてくれたかもしれない。急いで玄関に向かうとそこにいたのは静ではなかった。
「神楽坂……、なんでこんなとこに」
ガッカリして、ぶっきらぼうに呟いた。
けれど俺のそんな態度をかけらも気にしないのが、神楽坂だ。
「それは俺が聞きたいけどね。泉は入院患者だろ……泉、記憶戻ったのかい?」
静かな問いかけに、「ああ」と返すと、神楽坂はホッとしたように微笑み、俺に1枚の紙を手渡してきた。
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