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静に好きだと言われてから、俺は居ても立っても居られなかった。
無性にドキドキそわそわして、こんな気持ちをもったのは初めてでどうして良いか分からなくなって、まるで中高生の恋愛のように、静と二人きりでいることが気恥ずかしくなったりもした。

けれど、今の俺は本当の俺ではない。
静は、31歳の俺を好きなのだから、その時の俺より紳士的に振る舞えていないだろう俺が、静に好きだと言ってもらうのは、未来の俺からおこぼれをもらってるようで納得がいかない。

そもそも、未来の俺は静のことをどう思っていたのだろうか。
静は、マッシュルームみたいな若者によく見る髪型で、若干のつり目気味の目が、笑うと細くなって目尻にシワがクシャっとできて、本当に可愛い。それに俺を好きだと言うくせに、オメガに恐怖心を持つ俺に気遣って一定の距離をとって接してくれるのも愛おしい。
とにかく静のことが、好きになってしまったことは、認めざるおえない。
こうなってしまったら、俺は早いところ記憶を取り戻すしかない。
俺がもし、真樹のことが好きだったのだとしたら、彼と一緒にいたら記憶が戻るのが早いかもしれない。だから、俺は真樹を誘い真樹と会うことが増えた。
けれどそうは言っても今の俺にとっては、真樹と居るのは本当に苦痛で、毎日胃がシクシクと痛んで辛かった。

そして俺は、記憶を取り戻すことだけに躍起になって、肝心の静との時間を疎かにしてしまった。自分の体を気にせずに、記憶を取り戻そうとすることは、静の心を傷つけることにつながってしまった。



十二指腸潰瘍で倒れた俺が、目を覚ました時は真樹が見舞いにきた。

「センセ、センセ! 倒れたんだって? 大丈夫? なんかストレスとかあった時になっちゃったりするんでしょ!?」
「まぁ、そういう理由のやつもいるらしいな」

まだシクシク痛んでいるような腹を抑えながら俺がそう答えると、真樹は言い辛そうに声を潜めた。

「それってさ、一緒に住んでるあのオメガの子が原因なんじゃない!?」
「おい、病院だぞ。静かにしてくれ」

言ってから、前にもこんな事をよく言っていたなと感じた。
だが、相手は真樹ではなかったように思う。
今度は腹ではなく頭がズキズキと痛み始めた。

「だってさ、先生と付き合ってもないのに、一緒に住んでるなんておかしいじゃん。俺と住んだらそんなストレス感じなくて済むと思うけど」
「静の存在はストレスになんかなんねぇよ」
「そうかなぁ」
「そうなんだよ。悪いが、出てってくれ」
「え」
「今まで出かけるのに、付き合わせたりして悪かったな。もう誘わねぇから」
「ど、どう言うこと!? 俺と付き合ってくれるんじゃなかったのかよ!?」
「病院で騒ぐなって言ってるだろう。もともとお前が提案してきたんだ。数回デートしたらお前のこと好きになるはずだから時間があったら連絡してくれって。だが、俺は真樹をどうしても好きになれなかったんでな。もう終わりだ」
「そんな! どうして俺のこと好きにならないんだよ。俺可愛いだろ?」
「ああ、見た目で言えば確かに可愛いかもな。だが、今の俺ぁ、静がタイプなんだ。静しか可愛く思えない。俺のストレスの原因が、静にあるなんて決めつける真樹じゃなくてな」

真樹はそれまで前のめりになって俺に話しかけていた体勢を戻して、ふうと息をついた。

「ふぅん。なんかセンセってつまらないんだね」
「ああ。俺ぁつまんねぇ男だよ」
「でも、ま。デートしても俺のこと好きにならなかったんじゃ仕方ないか」

真樹はそれまでのうるささが嘘のように静かになった。

「センセのこと、好きなのは本当なんだけど、俺のこと好きになってくれる人なんてやっぱいないのかな」
「いるだろ」
「即答してくれるんだ。俺のこと振るくせに」

いつになく殊勝な態度の真樹に対して、無碍に病室から追い出そうとしたことに良心がいたんだ。

「お前、そんな静かに話せるなら、なんであんなにうるさくしてた?」

静かになった真樹に困惑が隠せずに、そう尋ねると真樹は小さく笑った。

「だって、先生のとこにいるあのオメガの子が先生と話す時、いっつもあんな感じだったから。そんで、先生はいつもあの子を優しい目で見てたからさ。俺もあんな目で見てもらいたいなって思ったんだ。でもやっぱり俺には無理だったみたい」
「静の真似をしていたと言うことか?」
「そうだよ」
「いつから静を知ってた? あいつは真樹と初対面っぽかったが」
「あの子は、先生のことしか見てなかったから、俺には気がついていなかったけど、あの子も元は先生の患者だからね。病院で良く見てたよ」
「そうか」
「はぁあ~。結局、俺はあの子にはなれなかった」
「お前はそんなことしてねぇ方が、可愛いと思うが」
「はは。振った相手への優しさは残酷だよ」

笑っていたが、半分泣きそうな顔をした真樹に、俺は今まで思い違いをしていたことに気づかされた。
真樹が、本気で俺のことを好きなのだとは思っていなかった。ただの気まぐれだと思っていた。

「真樹。悪かった」
「俺こそ。先生の記憶がないって知ってたのに、騙してごめん」

萎れた真樹は病室から出ていった。

けれどなぜか嫌な予感が胸から離れなかった。

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