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■ 泉嶺二side

目を覚ました時、知らないオメガの男の子が俺の手を握り、俺を覗き込んでいた。
そんな不審な状況に警戒した俺に、男の子は安堵のため息をついた。
子供の頃、精神が不安定なオメガの叔母に襲われたことがあり、情けないがそれ以来大人になった今だって克服できずにいる俺は、オメガに近づくのが怖くて、敬遠してしまう。
だが、目の前の男の子はそんな俺の気など知らず、俺がナースコールを手に取ると、自分が押すべきだったのにと謝った。
男の子は看護師と入れ替わりで病室から出ていって、そのすぐ後に神楽坂が入ってきた。

「泉、そんな嫌そうな顔をしないでよ」
「よくそんな呑気な声が出せたもんだな。あれから1月も経っていないっつうのに」
「あれから?」

神楽坂がとぼけたような声で聞いてきた。

「お前がどこぞのオメガに走ってからだ」

一応、看護師たちに気を使い、声を抑えると、神楽坂は目を見開いた。

「俺と、泉が別れてから今は1ヶ月後?」

神楽坂は穏やかな声で聞いた。

「はぁ? そうだろ」

そう答えてからわずかに違和感を感じる。
目の前の神楽坂が俺の知ってる神楽坂より老けて見えるし、態度もあの頃より落ち着いている。
その疑問は神楽坂からすぐにもらえた。

「泉、今俺たちは31歳なんだよ」
「31……そんな、俺はまだ25だぞ……」

それなりにショックを受けたが、神楽坂が病状を説明したり、質問されて答えたりを繰り返していくうちに、冷静になっていった。

「ところで、泉は今はオメガの男の子と生活をしているんだ」
「は!? もしかしてさっきここにいた男の子か?」
「うん、そう。そのことについては彼から説明してもらうから」
「なっ……いや、そうか」

ここで神楽坂に説明してもらっても意味はないだろう。
これは俺とその男の子の話なのだから。

俺はその日、精密検査を受けたが、記憶がない以外に特に問題なく、その上、仕事に関してもなんとかなりそうだった。
翌日も見舞いに来たオメガの男の子は結城静と名乗った。
妙に聞き馴染みがあって、俺がこの子とそれなりに親しくしていたのを感じたがそうは言っても多少恐怖感は拭えない。なんでも、オメガ恐怖症を克服すべく、俺が家政夫として雇ったのが結城らしい。だからなのか結城は俺と一定の距離を保って接してくれ、安心感があった。

仕事を再開させると、一番キツかったのは週一の第二性別科での勤務だ。
苦手なオメガ相手の仕事が多い上に、大体のオメガが旧家出身だからか、やたらと高圧的で、そうでなければ、やたらと色目を使ってくる。

疲れ果てた俺の安らげる場所は、結城だった。どんなに疲れて帰っても、疲弊した気持ちになっていても、結城の穏やかな笑顔を見れば落ち着いた。
けれど、結城の薬指には指輪がはめられていて、結城は時折それを大切そうに触っていた。
それが無性にモヤモヤした気分にさせた。
彼は、オメガだ。
だから、彼に指輪を贈った人物はアルファである可能性が高い。
なのに、俺のところに住み込みで働く許可を出しているというのか。
それとも、死に別れだったりするのだろうか。
俺は暇さえあればそんなことばかり考えていた。

恐怖症を克服するためだとか、我ながらへたれにもほどがあるような誘い方で、結城をデートに誘ったりもした。
もう結城に対してだけで言えば、恐怖症などは完全に克服していると言っても過言ではなかった。

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