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ここ6、7年の記憶がないということ以外、先生の体に異常は見られなかったので、目覚めた日の1週間後には退院になった。先生は6、7年前頃には週一での病院勤務は行っていたそうなので、それは行うらしいし、フェロモンに対する研究機関での仕事にも今までの成果の資料などを読めば大きな影響はなく、さらに四宮さんともそれ以前からの付き合いらしいので、往診へも行けるそうで、先生の記憶が無くなってしまってショックが大きいのは俺くらいらしい。

先生がまだオメガ恐怖症の頃らしいので、俺と付き合っていたとは言えていないけど、先生が第二性別科の医師として働く以上、オメガとは仕事で多く接触しなければならない立場なので、俺は先生がオメガに慣れるために、先生が雇った家政夫なのだと説明してみると、先生は驚くほどあっさりと受け入れた。

「それで、住むところも一緒か」

退院後、先生と一緒に帰宅すると、先生は呟いた。
説明時にそれも説明したけれど、一緒に帰ってきて部屋に入ってから拒否感が出たのかも知れない。

「はい。でも最初は慣れないかもしれないから通いにしても」
「いや。それじゃ意味ないだろ。俺の記憶がなくなる前と同じにしてくれ……悪いな」
「いえ。あ、えっとここが俺が使わせてもらってる部屋です」
「そうか」

先生はやっぱり優しい。
だけど、俺が一番最初に会った時の先生と比べると、やはり俺に対して少し嫌悪感というか、拒否反応というか、そういうものがあるらしいことが、先生が隠しているつもりでも分かってしまう。

でも、先生は一度は克服しているのだから、記憶をなくしたってまたオメガを克服できるはずだ。

先生は記憶のない間の研究資料などを読みたいのか、ソファに座ってタブレット端末を操作し始めた。俺は、先生にコーヒーを入れて、昨日の夜作っておいたクッキーと一緒に出した。
脳を使うときは甘いものがいいらしい。クッキーはたまたま作っていただけだけど、ちょうど良かった。

「ありがとうな……。うん、うまい」
「お口にあって良かったです」

先生は以前と変わらずちゃんとお礼も感想も言ってくれる。だから何も辛くはなかった。
それから俺はオムライスを作った。
先生が好きな料理だ。
先生の退院の日にはオムライスを作ろうと決めていた。
料理が出来上がって先生を呼ぶと、資料を読んでいた眉間にシワのよった顔のままダイニングのテーブルまでやってきた。
その顔が、机の上のオムライスを見た瞬間ふわっと和んだ。

「お、オムライスか。俺の一番好きな食べ物だ」
「そうですか。良かった」

知ってるよ。先生。
俺は笑ってキッチンに戻った。
まだ一緒の机でご飯を食べるのは先生のストレスになるだろう。
そう思ったのに先生が呼んできた。

「おーい。まだかー?」
「先生? あ、もう食べちゃってください。冷めちゃうから」
「お前の運んでくるんだと思って待ってたんだが」
「あ、あー。すみません、すぐ行きます!」
「早くしろよ~」

先生はまだオメガ恐怖症なんだなと思う時もあれば、本当にオメガ恐怖症なのか分からないほど、平気そうな態度の時もある。
もしかしたら、克服間近の大事な時期なのかも知れない。
俺はキッチンで食べようと思っていた自分の分の食事を持って、急いでダイニングのテーブルまで運んだ。

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