彼は俺を好きにならない (旧題 彼の左手薬指には)

いちみやりょう

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病院

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目が覚めたら病院のベットの上で点滴を繋がれていた。
昨日のは夢じゃなかったのか。
優しい猟師さん、本当にすみません。

でもどうしよう。俺、貯金は全部寄付してきたから1円も持っていないのに。
病院のお金払えないや。

とりあえず、払えもしない病院にこのまま居続けるわけにはいかないな。
点滴だって俺よりちゃんと必要な人に使われるべきだ。

「っ」

点滴の針を引っこ抜くと少しだけ痛みが走った。

そのままの格好で俺は扉に向かう。
「ふふ。元警察官のくせに、病院のお金を踏み倒すのか……俺。やっぱり最後まで最低な人間だな」

おまけに昨日助けてくれた猟師さんの顔も見ずに俺はまたあの森に帰ろうとしてる。
どこまで行ってもクズはクズだ。
ドアを開けようとして手をかけたら勝手にドアが開いた。

「せ、仙石さん……」
「西。お前ェ、何してる」

凶悪な顔の仙石さんが立っていた。
かなり疲れている様子の仙石さんに心配になる。

「あ……えっと、ちょっとトイレに」
「そこの尿瓶にしろ」
「や、でも」
「あ?」
「あ、あー、おしっこ引っ込みました」
「そうか。ならベットに戻れ」
「仙石さん、俺、お金なくて、入院費払えないんです」
「俺が払った」
「え」
「お前ェ、あんな森で何してた?」
「あ……ぇと」

否定しないと。すぐに否定しないと。
仙石さんは俺が自殺しようとしていたことに気がついているのかもしれない。
だめだ。仙石さんの幸せな結婚に水をさしてしまう。

「実は、あの、あそこに仕事がうまく行くという神社があるらしくて……お祈りしに行ったんです。だけどちょっと道に迷ってしまって」
「西。あそこにそんな神社なんてねぇよ。そんな噂もねぇ」
「場所、間違えちゃってましたかね、へへ」
「西。俺は記憶が戻ったんだ」
「ぁ……、ぇっと、俺、すみませんでした」

謝ったところでどうにかなる問題じゃない。
早く、仙石さんの前から消えないと。
仙石さんの記憶が戻ったならなおさら。

「何に対して謝ってんだ」

仙石さんが静かにそう言った。

「ぇっと」
「言え」

仙石さんを傷つけたくせにのうのうと生きててすみません。
今だって仙石さんの幸せな結婚を邪魔するようなことになってしまって、ケチをつけてしまうようなことになって、すみません。

そう言いたいのに、言ってしまったらまた仙石さんが責任を感じてしまうかもしれない。

「おれ、すみません」
「……はぁ~」

仙石さんが大きくため息をついた。

完全に嫌われてしまったのかもしれない。
だけど違った。仙石さんはポツリポツリと話し出した。

「俺ァよ、生まれた時からゲイなんだ。まぁゲイだって完全に自覚したのはお前ェと付き合ってからだけどな……。だからお前ェが、男だからって卑下するこたぁねぇよ。俺ァ、昔から女には割とモテたけどよ、まぁ、話すのは楽しいんだがずっと恋愛対象にはできなかった。だから俺ァ、春香と結婚する前からずっと結婚指輪を着けて女を牽制してた」

仙石さんが大きく息をついた。

「お前ェの話をな、佐々木警視長から聞いた。俺に謝っても許されないくらいひどいことしたんだって?」

仙石さんが真剣な顔で俺の目を見た。
俺は体がガクガクと震えるのを抑えられなかった。

「お、お……俺、春香さんと同じこと、仙石さんに、し、しました」

すみませんと言った自分の声は小さすぎて仙石さんに伝わったか不安になった。

「春香とお前ェは全然違ェ。そもそも、俺はあんなぬるいセックスはしないとお前ェに告げたはずだ」
「でも、仙石さんは、したくなかったのに、おれ……、俺の都合で……。仙石さんは、優しいから、許してくれようとするけど、俺」
「俺ァ優しくねぇよ? それに……お前ェのは無理やりじゃなかったろ。お前ェのは俺ァ、抵抗できる状況だったろ。春香の時とはまるで違ェんだよ。勝手に勘違いしてんじゃねぇ」
「違う! 仙石さんは優しいから抵抗できなかっただけだ! 俺はそれにつけ込んだんだ!」
「おい、怒鳴るな。落ち着け、病院だぞ、アホ」
「すみません」
「春香はな、精神異常者だった。俺ァ、薬盛られて縛られて一つも身動きできない状況で、あ、ぅお”えぇ!!」
「仙石さんっ!! 言わなくていいです! すみません! 大丈夫ですか」

俺は急に吐いてしまった仙石さんの背中をさすりながら声をかけた。
仙石さんは嫌なことを思い出して顔面蒼白になっている。

「仙石さん……本当に。そんなに思い出すのも辛いことを俺に言わなくていいんです。もしも、この先、言えそうだと思ってそして言いたいと思った時言ってくれてもいいし、一生言わなくてもいい。俺は仙石さんが辛いのは嫌なんです」
「いや、俺ァ、お前がまた勘違いして暴走してもらっちゃ困るから、俺から離れてもらっちゃ困るから言わなきゃならない」
「俺、仙石さんが望むならそばにいますから、無理して言わないでください」
「とにかく、お前ェと春香は全然違ェ。俺ァ、西が好きだ。愛してんだ」

また責任を感じているんだ。

「言っとくが俺ァ何かに責任感じて、西と居たい訳じゃねぇ」
「え」
「西。俺のことが好きなんだったら、少しは俺のことを信じてみちゃくれねぇか」
「仙石さん……」
「俺と、ずっと一緒にいてくれねぇか」
「プロポーズみたいなこと、簡単に言わないでください」
「おう、今度ちゃんとしたプロポーズしてやっから」
「そう言う意味じゃなくて。仙石さん、結婚するんでしょう?」
「ああ、あれな。しない」
「仙石さん。お相手の居ることなんですから、誠実に向き合ってください」
「ちげぇよ。最初から言ってんだろ。俺はゲイなんだよ。お相手の女性も同性愛者だ。親がうるせぇからってとりあえず結婚すっかってなっただけだ。ここに来る前に話つけてきたから」
「そんな」
「西……、言ってなかったけど、俺もすまなかった。事故とはいえ西のことを忘れてしまった」
「そんなこと、仙石さんが謝ることじゃないです」
「でも、寂しい思いも悲しい思いもさせただろ。ごめんな」
「いえ、俺の方が仙石さんにたくさん申し訳ないことをしたんですから」
「わかった。じゃあ、償ってくれないか」
「俺にできることならなんでも」

死ねって言われても従いますよ。
心の中で付け足した。
だけど仙石さんは優しい顔をして優しい声で……。

「じゃあ、一生俺のそばに居てくれ」

「そんなの、償いにならない。だって俺にばかり都合がいいじゃないですか」
「何言ってんだ。俺の方が都合がいい。なぁ、償ってくれるよな?」
「…………はい。俺、嬉しいです。ありがとうございます」

俺、死ななくてよかった。
仙石さんが迎えにきてくれてよかった。
こんな幸せなことが起こるなんて、本当に現実世界なのかな。
俺はひょっとして、まだあの森にいて、死ぬ前に都合のいい夢を見てるんじゃないかと怖くなった。

「西」
「はい」
「もう一つお願いがあるんだが」
「何ですか。何でも言ってください」
「俺ァな、縛ったりするのが好きなんだよな。たまにでいいから俺の趣味に付き合ってくれるか?」

ニヒと笑った仙石さんに俺は一気に現実に引き戻された。

「なっ、何言ってるんですか!!」
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