彼は俺を好きにならない (旧題 彼の左手薬指には)

いちみやりょう

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移動願い

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次の日、俺は移動願いの書類を手に出勤した。

「おはようございまーすっ」

ドアから入って近くにいる人から挨拶しながら自分の席に向かう。

「西……」

席に座った瞬間隣から静かな声で呼ばれた。

「せ、仙石さん。おはようございます」
「おはよう」

ニコッと笑って仙石さんが答えた。
え、え、笑顔、素敵すぎる。やっぱりかっこいい。
というか怒ってないのか? 

いや完全に怒ってるなこれ。
そりゃそうだ。だって強姦されたんだもん。
笑顔の後ろで物凄い怒りのオーラが立ち込めてるもん。

「せ、仙石さん、これお願いします!」

俺は怒りを鎮めてほしくて移動願いを提出した。
さすがにこれを見たら怒りを鎮めてくれるだろう。

「移動? なんで?」
「あ~、えっと、そろそろ実家の方に帰ろうかと思いまして~」
「あー、実家かぁ。そりゃいいなぁ。って嘘つけ。お前ェの実家この辺だろうが」
「あ、と、まぁそうなんですが」

目をそらすと仙石さんは小さくため息をついた。
何ですぐ受理してくれないんだよ。
俺がいない方がいいだろ。

「西、これを受理するかどうかは明日決める。お前ェ、今夜うちに飲みに来い」
「え」
「なんだ」
「いや、行っても良いんですか」
「あ? ああ。その代わり、いろいろ覚悟決めてこいよ」
「覚悟……?」

覚悟って何のですか。
別れ話の覚悟? そんなのとっくにできてますよ。
でも、お願いします。
俺から言わせてください。
仙石さんから要らないと言われるのは、俺は耐えられない。

って本当俺ってわがままばっか。

その夜、仙石さんと一緒に仙石さんの家に行った。
道中、コンビニでつまみやら酒やら買った。

「お、お邪魔しまーす」
「……おう」

つまみを開けて、ビールを1口飲んだ。
もう1口飲んで俺は息を吐いた。
仙石さんは無言だ。

「仙石さん、俺と別れてください」
「何で?」
「えっ? なんでって」

逆に何でそんなこと聞くんですか。

「西。なんで別れたい?」

もう一度、仙石さんは静かな声でそう聞いた。

「俺、一回寝たらなんか違うなーって気が付いたって言うか、やっぱり仙石さんは俺の憧れだけど、そう言う意味じゃなかったなぁって。それに飽きたっていうか」

精一杯笑顔で伝えた。
声が震えないように必死だった。
俺が仙石さんに飽きるまで。
俺が飽きたら終わり。でしょ? 仙石さん。

「一回寝たら終わり? 飽きただァ? ふざけるな。俺は別れねぇぞ。お前ェ、ここまで覚悟してから来いって俺ァ言ったよな?」 
「せ、仙石さん?」

仙石さんは身も竦むような怖い目で俺を見てきた。
もしかして俺、殺されるの?

「西、俺ァな、あんな生温いセックスはしねぇよ? お前がやめろって言っても止めてやらねぇ」

そう言って仙石さんは俺を抑えてきた。

「何で! だって俺、聞いてたんです。仙石さんが市原さんと話してるの。仙石さん、言ってた。付き合うのは俺が飽きるまでだって」
「っ! お前ェ、聞いてたのか。だがその様子じゃ、その続きの話は聞いてねぇんだろ?」
「続き……?」
「確か、あん時俺ァ、あいつが飽きるまでの話だって言ったな」
「そう、それです! だから俺は」

だから、俺は諦めた。一年近くも俺の身勝手な理由で仙石さんを煩わせたから。

「だが、俺はその後に続けた。『あいつが飽きるまでの話だ……そう、思ってたんだがなぁ』ってな」
「う、嘘だ」
「嘘じゃない」
「だって、仙石さんは俺じゃ勃たないでしょう! キスすらしたことない。俺が誘っても、何回も交わされた。仙石さんは優しいから、俺に情が移っただけで俺のことがそう言う意味で好きなわけじゃないでしょう!」
「不安にさせて悪かった。俺ァちゃんと西が好きだよ」

その言葉は嘘でも嬉しい。でも……。

「そんなわけない」
「西……」
「仙石さんが俺のことを好きになるわけない」

俺は腕を押さえつけてくる仙石さんの手を振り払った。
ダッシュで玄関に行ってドアを開けようとした。

後少しでドアが開いて俺はここから出るはずだった。
でも、後ろから伸びてきた手が俺を覆うような体勢でドアを押さえつけて逃げられなくなった。

「西、俺から逃げられると思うな」
「仙石さん、何でこんなことするんですか」
「好きだから」
「もうそれは良いですって」
「お前、良い度胸だな」
「え」
「お前ェがそう言う態度なら俺ァ、遠慮しねぇぞ。俺がやりたいようにお前を抱く。まぁこの間、俺も好き勝手されたからな。お互い様だろ? なぁ?」

そう言ってニヤリと笑った顔はカッコ良かったけど、凶悪だった。
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