彼は俺を好きにならない (旧題 彼の左手薬指には)

いちみやりょう

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警察官になった理由

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『大丈夫、俺が守ってやるから』

幼かった俺を安心させるように優しく微笑みながらそう言ったあの人がとても頼もしく見えて、カッコ良くて、憧れて。
だから俺は警察官になった。

のに。
こんな人だったなんて……。

「西ぃぃぃぃ!! お前ェ、報告書どーしたぁぁぁ!!」
「は、はいぃ!!! 今すぐ持っていきます!!」

遠くの方から怒鳴り声をあげる仙石さんに俺は慌てて返事をして、たった今仕上げたばかりの報告書を提出しに向かった。

「お前ェ、いつも言われる前に提出しろっつってるだろーが!」
「はい! 申し訳ございません!!」
「ったくよ」

仙石さんは呆れたように息をついて俺が提出した報告書を確認し始めた。
赤ペンで数カ所チェックを入れて色々と書き込んだものを返された。

「おい、赤ペンのとこ直してからまた提出しろ」
「……はい」
「なんだァ? 不服か?」
「いえ!! とんでもないです! すぐに持ってきます!!」
「おう。早くしろよ」

ニカっと笑った仙石さんはやっぱりあの頃のまま。
こんな怖い一面は知りたくなかったと思う反面、仙石さんは理不尽なことでは怒ったりしないし、赤ペンで書かれた指示は分かりやすいので、憧れる気持ちはどんどん強くなってしまう。

10年前、俺が12歳の頃。母親と一緒に行った銀行で俺は銀行強盗の立てこもり事件に巻き込まれた。母親が手続きをするのに離れたところで待っていた俺は、犯人に真っ先に人質にされた。
その時、当時おそらく警察官になりたてだっただろう仙石さんがたまたま居合わせていて、俺は仙石さんに助けてもらえた。
俺の右の眉の端には当時の犯人にやられた傷が1つ残っている。
でも俺はその傷を気に入っているんだ。その傷があったから、辛い時も俺は仙石さんみたいになるんだって思った当時の記憶を思い出して踏ん張れた。
この傷があったから、今、俺は仙石さんの隣に立てているんだ。
役にはまだたってないけど。

「西ィ、今日飲み行くか? 奢るぞ?」
「本当ですか! ぜひ行きたいです!!」
「そうか、じゃあ俺の行きつけの店に連れてってやろう」

そう言った仙石さんがニタリと笑って連れてってくれたお店は、可愛い女の子と話すことができるお店だった。

「仙石さん……、ここが行きつけですか……?」
「おうっ、可愛い子がいっぱいいるぞぉ」
「そうですか」

俺はガッカリして、やっぱり仙石さんは最悪だ! と勝手な怒りを覚えた。

「何だ? 嫌か? 違う店に変えるか?」
「あ、いえ、大丈夫です!」

慌ててそう答えた。そもそも奢ってもらう立場のくせにお店にケチをつけるなんて言語道断だ。
だけど仙石さんはその店には入らずに近くにあった居酒屋に入って行った。

「ちょ、ちょっと仙石さん!? あの店に入らないんですか?」
「あ? たまにはお前ェと話してぇなと思っただけだ。女の子とはいつでも話せるだろ?」
「そ、そうですか」

俺はホッとして仙石さんのあとを付いて居酒屋に入った。
ちょうど席も空いていてすぐに座ることができた。

「お前ェ、最近よく頑張ってるな」
「そ、そうですか?」
「ああ。ビィビィ泣いてたあのガキが、まさかこんなに立派になるなんてなァ」
「泣いてはないです」
「ははっ、そうだったかもな?」
「っ、昔の話はいいんですよ!」
「っふ、そうか」

仙石さんはまるで息子を見るように穏やかに笑ってる。
仙石さんは俺を見てたまにそんな風に笑うけど、俺はその笑顔を見ると何だかムズムズとした気持ちになる。
そうして仙石さんは俺の頭を大きくてゴツゴツした手でワシワシとかき混ぜる。
仙石さんと飲みに来ると毎回そうされるのを俺は楽しみにしていた。

俺は自分のその気持ちを、ただ純粋な憧れからだとずっと思っていたんだ。
だけどあの日、気づかされた。

その日、俺は同僚たちと一緒に飲んでいて、たまたま仙石さんを見かけた。
仙石さんの横には綺麗な女の人がいた。

「おーあれ、仙石さんの奥さんかな? 綺麗な人だなぁ」
「だなぁ。うらやましいなぁ」

同僚たちはそんな風に話していた。
俺も羨ましいと思った。彼の隣にいる奥さんになりたいと思った。
明らかに同僚たちとは違う自分の感情に戸惑った。

仙石さんの奥さんが羨ましい。そう思って俺は初めて仙石さんに対する憧れは、いつの間にか恋に変わっていたんだって気がついた。

仙石さんが結婚しているのは10年前から知っていた。
彼の左手の薬指には10年前から今も変わらず、ずっと指輪が嵌められている。


仙石さんにキャバクラに連れて行かれてガッカリしたのも、逆に居酒屋に入って安心したのも、笑顔を見てムズムズするのも、頭をかき混ぜられるのを楽しみにしているのも、全部、仙石さんが好きだからなんだ。
でも俺は恋をしていると自覚する前から失恋していた。
この想いは墓まで持って行かなければならない。
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