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30:幸せなひととき

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寝る前よりも体調が良くなっているのは、春海が寝ている間にクリストフが魔力を調整してくれたからなのだろう。もしかしたら、ユリウスもそうしてくれたのかもしれない。

集中してみると指先がじんわりと暖かくて、優しい魔力が体をめぐっているのが分かった。
その上、お腹の中に食べ物が入ったからか、お腹も暖かい気がした。

「横に付いているから、眠れそうなら安心してまた眠ったら良い」
「……はい」

ユリウスは布団の上から春海の胸の辺りを、ぽんぽんと優しく叩いてくれた。
そのリズムが心地良くて、眠気が襲ってくる。

明日起きたらきっと体調は戻っていて、いつでもお出かけができるはずだ。どんな場所に連れて行ってくれるのだろう。想像するだけで楽しくなった。春海はこの世界に来てからほとんど世界を見ていない。今いる屋敷か、そこから街までの道か、クリストフの家くらいしかしらない。前世で行ってみたいと思っていたけど行くことができなかった遊園地や動物園は、きっとこの世界にはないけれど、ユリウスとならこの屋敷の中でも十分に楽しい。

(なんだか、夢みたい。明日の想像をしてこんなに楽しくなるなんて)

そうして幸せな気持ちのまま眠りについた。


朝日が入ってきて目を覚ました時、いつもより体がポカポカと暖かかった。

「……っ」

春海の布団に一緒に入ったユリウスが隣で寝ていたのだ。
春海が思わず息を飲んで身動いでも気が付かないほどぐっすり眠っているようで、疲れているのか眉間にはシワが寄っていた。

(ユリウス様、疲れているのに僕の看病してもっと疲れてるよね)

愛されるというのは、同時に責任を伴うものなのかもしれないと、春海は思った。

(僕もユリウス様が困った時は力になれるように頑張ろう)

ユリウスが隣に眠ってくれていたからか体調はすっかり良くなっていた。
自覚症状もあまりなかったけれど、魔力制御もうまくいっているようだ。
お行儀よく仰向けに眠っているユリウスを見つめていると、瞳がうっすらと開いて、それから春海を見たので目があった。

「……起きたのか。具合はどうだ?」
「おはようございます、ユリウス様。体調はバッチリです」
「そうか」

ホッとしたようにふわりと笑って、横を向いて春海を抱き寄せてくれた。
ユリウスはほんのり上品な白檀のような香りがして、安心できた。

「あたたかい」
「ふふ。そうだな」

好きな人の暖かさはこんなに幸せなものなんだと、春海はさらにユリウスにすり寄って、幸せを噛み締めた。もしも春海が猫ならば喉からゴロゴロと音が出ていたかもしれない。

「今日は午後から出勤にしてあるから、午前中はこうしてゆっくりしていよう」
「はい」
「デートはまた来週行こう」
「はい。楽しみにしています」
「……そうか。私も楽しみだ。必ず休めるように必死で働かないとな」
「ふふ。必死で働いているユリウス様、なんだか想像ができないです」

ユリウスはディクソン侯爵家の調査もしていたし、現場に向かい仕事をする人なのだと分かっているけれど、この世界では珍しい黒目黒髪で真面目そうなインテリっぽい見た目だからか、必死に働いているという場面が想像できなかった。

「私はわりといつも必死だ。アルトルが怖いからな」
「ふふ」

茶目っ気たっぷりに言うユリウスが可愛くて笑った。

「さすがにそろそろ朝食の時間だから、起きないとな」
「はい」

ユリウスの温もりからは離れ難かったけれど、春海は渋々ユリウスから離れ、ベッドから降り立った。スリッパ越しにも床がひんやり冷たいのが分かるほどに気温が低い。
着替えて、歯磨きをして、それから春海は食堂に向かう前にミヒャエルの部屋に行ってみることにした。
短い間だったけれど、その部屋に住んでいたこともある春海は、迷うこともなく向かうことができる。春海を1人にはさせたくないからとユリウスも一緒についてきてくれていた。

トントントン

「ミヒャエル様、おはようございます」

挨拶をしても当然のように返事はこない。
けれど、中からはわずかに動いたような気配がしたので、部屋の中にいて、春海の声は聞こえているのだと確信した。

「ミヒャエル様ー、一緒に朝ごはんを食べましょう」

けれどノックと声かけを数回繰り返しても、やはり中からは何の返事も聞こえなかった。

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