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22:クリストフとの生活
しおりを挟む「そうだ。自己紹介がまだだったね。僕はクリストフと言うんだ。長いしクリスと呼んでね。君の名前も教えてくれるかい?」
「クリスさん……僕はハルミといいます。あの、本当にお世話になって良いのですか? 僕、精一杯がんばってみますが役に立てること、本当に少ないと思います」
クリストフに連れられて、クリストフの住む家に向かって歩きながら春海は最終確認をしてみた。
今まで誰の役にも立ってこなかったし、紹介してくれると言う仕事だって足手まといを連れ帰っても、と不安になったのだ。けれどクリストフは首を緩く振って否定してくれた。
「ダメなら始めから誘わないよ。それから、さっきはああ言ったけど、君は子供だから無理に働く必要はない。将来的に職を探すのなら、当然僕が紹介するけど、とりあえずゆっくりしたら良い」
「そんなわけには、というか僕は子供じゃ」
「いいからいいから」
緩い態度でそう言われ、春海は何も言えなくなった。
オレンジの煉瓦の道から逸れて路地裏に入り、今度はグレーの煉瓦の道になって、活気付いていた店も人通りも少なくなった。
「着いたよ。ここが僕の家」
「わあ」
路地裏の、少し薄汚れた扉をクリストフが開けると、中は外からは想像できないほどに広々とした空間が広がっていた。
「少し魔法で空間をいじったんだ。便利でしょう?」
「はい、すごいです」
本当に、まるで物語のようなことが目の前で起こっていて、春海は感嘆の声を上げ続けた。
「この家はね。許可なきものは何人たりとも立ち入れない。だから、誰がハルミ君を狙ってきてもこの家が守ってくれるよ」
「え」
「僕は人よりも少しだけ魔法が得意なんだ。ハルミ君も魔法に興味があるなら、時間があるときに家庭教師をしてあげよう」
「良いんですか?」
「もちろん」
そう言って微笑んだクリストフはまた、春海の頭を優しく撫でてくれた。
それからクリストフは当然のように春海に、一番日当たりの良い部屋を与えてくれて、そこにベッドや勉強机や本棚を準備してくれた。宣言通り魔法を教えてくれるし、魔法薬やそれ以外の勉強も満遍なく教えてくれた。
クリストフはなんでも知っていた。なんでも優しく教えてくれた。
食事はクリストフが自ら作ってくれて、それを一緒に食べるのが日課になった。
(もしかしたら、家族ってこんな感じなのかな)
クリストフの家に来てから、ちょうど1年が経とうとしていた。
クリストフと過ごす時間は、心が暖かくていつも穏やかな気持ちでいられた。
だから春海はクリストフを父親のようだと感じていた。
そんな穏やかな日々を過ごしていたある日、朝に届けられる新聞にディクソン侯爵家のことが書かれていた。
『ディクソン侯爵家 違法魔力体所持 及び 作製により逮捕』
1面を飾っているその見出しで、春海はやっとディクソン侯爵家のことを思い出したくらいだった。いや、ユリウスのことは毎日のように思い出し、会いたいと願っていたが、どうしてだかディクソン侯爵家のことはすっぽりと頭から抜け出ていたかのように、思い出すことがなかったのだ。
「ああ、それ。ひどい事件だよね」
新聞を読んでいた後ろから、クリストフがその内容を覗き込み、小さく息を吐いた。
「クリスさん……はい。本当に」
「でも、魔力体は保護されているんだよ」
「え」
「数年前から街に現れ出した魔力体は、自我もない様子で、ただ人を襲っていたけれどね、最近は人間と見分けがつかないくらいになっていたんだ。侯爵家が巧妙に隠していて、その真実は公になっていなかったけれど、魔法省が動き、解決に至った。その過程で明るみに出た事実というのが1つある」
「な、なんですか……?」
クリストフは、春海が分からなくてもいつも噛み砕いて優しく教えてくれる。
そのおかげで、ここにいる間に、春海にもできることも知っていることも沢山増えた。
だから以前よりも少しだけ前向きにもなれた。
クリストフは、新聞の1ブロックを指差してトントンと指し示し、話を続けた。
「それはね。魔力体は侯爵家に利用されただけの魂たちだということだ。器を作り、そこに魂を呼び込む。器が魂に合えばよし。そうじゃなければその魂は自我を失い暴れ狂う」
「そんな」
「国も魔力体が最初に現れたときは、見つけ次第処分対象にするしかなかった。けれど、今は違う。魔力体にも人権が認められたんだよ」
クリストフは、そう、なんでも知っているから、春海がたとえ言ったことがない話だとしても、知っているのだろう。だから、春海が魔力体だということもきっと、最初から分かっていた上で、今まで一緒にいてくれていたのだろう。
そして、春海がたとえ何者であったとしても、クリストフの態度は変わらないと確信していた。
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