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20:お面を忘れて

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今日のユリウスはやたらはっきりと見える。
いつにも増して、顔立ちが良い気がした。

「ユリ……お、にいさま」

自分も、あの家族団欒の中に入りたかったという思いから、春海はそう呼びかけていた。
けれど、ユリウスは不愉快そうに眉をしかめた。

「人違いしていないか? 私の弟はここにはいない」
「っ」

ひゅっと喉が引きつった。

「あの……すみ、すみません」

(そうだ。僕は、ユリウス様の弟にはなれない。分かってた。分かってたのに)

心のどこかでユリウスなら受け入れてくれると勝手に思っていた。
心臓がギュッと締め付けられて、息が上がった。
やはり、自分はユリウスに甘えた気持ちがあったのだ。
ユリウスが優しいから、春海は特別だと勘違いしてしまうところだった。
いや、十分に勘違いをしていた。

(僕の役目が終わってて良かった。僕はここから出ていくから、これ以上勘違いして迷惑かけずに済む)

「別に謝らなくても良い。恥ずかしい話だが、実は私も昔教師を父上と呼んでしまったことがあるんだ。まあなんだ。そういうことは誰にでもある。ところで君は使用人の子か?」
「……え」

ユリウスは春海と初対面かのような対応をしている。
なぜ、と思ってから思い至った。

(お面、忘れてたんだ)

いつもはエリーゼが念を押すように着けろと言うのに、今日は春海に構っている暇などないというように、忙しそうにしていたので、お面を着けるのを忘れていた。

(だからいつもよりはっきりユリウス様が見えるんだ)

「怖がらせてしまったか。すまない。昨夜から不愉快なことがあって少し気が立っていたんだ。君に怒っているわけではない」

黙っている春海が怖がっていると勘違いしたらしいユリウスは、柔らかい口調でそう言ってくれた。

(やっぱり、ユリウス様って優しい)

「怖がってなんてないです。今まで出会った人の中で、あなたは一番優しい人です」
「……そうか。それは大変なところで育ってきたんだな」
「今まで気がつかなかったけど、もしかしたらそうなのかもしれません。今まで両親や兄さえも僕を愛してはくれなかった。だから僕、家族に憧れているんです。ここを出たら絶対、僕と家族になってくれる人を探すんです。だって、世界中の何処かには、僕を愛してくれる人がいるはずだって教えてもらったから。今はまだそうは思えないけど、そう教えてくれた人を信じたいから」
「そうか」

ユリウスは穏やかに話を聞いてくれた。
春海はここから出ていくから、ユリウスの邪魔にはならないと伝えておきたいと思った。
春海はユリウスに話しているうちに、何だか1週間もこの屋敷にいるのはもったいない気がしてきていた。自分を愛してくれる人を探す旅は、きっと途方もない時間を要するだろう。
目的への可能性の低いこの場所に1日でも長く留まっている必要などない。

「あの。ユリウス様、短い間でしたが、本当に、本当にお世話になりました。ユリウス様に出会えて本当に良かった」
「……君は……もしかして」

春海はユリウスに目標を宣言して、なんだか無敵になったような気分だった。

今なら、何者にでもなれるような気分だった。

春海は何か言いたそうなユリウスに頭を下げて一目散に部屋まで戻り、エリーゼから受け取った偽物で居た間の給料を懐に入れて、屋敷を飛び出した。勉強していた甲斐があって、給料袋の中のお金が、平民が数日生活できるだけのお金しかないことはわかっていた。
けれどもそれで構わなかった。

(だって、ここにいる間、僕は結局何の役にも立ってない)

幸いなことに、今の春海には魔法がある。
旅をしながら魔法で物の修理などをして稼ごう。

もう二度とユリウスには会えないかもしれない。
それだけはとても嫌だったけれど、ユリウスに迷惑がかかるよりは会えない方がマシだと思えた。
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